アリシアとジル
赤い竜と化したジルは魔獣を押し返した。
魔獣は後ろの建物を巻き込んでひっくり返る。
ジルは起きあがろうとする魔獣にその隙を与えず、巨大な爪の生えた足で踏みつけた。
そして手(前足?)から巨大な炎魔法を生み出す。
とんでもない大きさだ。
前にジルがカザハン王国で魔獣を倒したときの十倍はあるんじゃない?
「マズいぞ……あれが爆発したら」
「アリシア! 下がって!」
ザインとカルカス殿下が声をあげるけど、私はその場から動かなかった。
正直に言うと見惚れていた。
その魔法は荒々しく、術式も乱れていたけど、それでも私には美しいと感じた。
それに危険はないとも思った。
ジルは私を巻き込んだりしないって。
――ギアアアアアアアア!
魔獣が抵抗する。
けれどジルは構うことなく魔獣に炎魔法を叩き込む。
その瞬間、巨大な炎の球が急に凝縮されて小さくなったかと思うと魔獣の体内に吸い込まれるようにして消えた。
そしてゴォ! という音とともに魔獣が内側から破裂するように弾けた。
黒いチリと火の粉が混ざり合ったような不思議な破片が周囲に舞っていく。
すごい熱気が風となって吹いてきた。
「倒した……のか」
「そうみたいだね……」
え、本当に倒しちゃったの?
私まだなにもしてないけど。
聖女と竜王の伝説っていうのはなんだったの?
けどまあ無事解決したんだったらそれでいい。
私はジルに向かって呼びかける。
「ジル、ありがとう。今リゼルが竜化を治すアイテムを作ってくれてるから心配いらない――」
「グオオオオオオオオオッ!」
「きゃあ!」
突然ジルが身を大きく振った。
私は尾に弾かれてひっくり返りそうになる。
「聖女殿!」
ザインが後ろから支えてくれた。
「あ、ありがとう……」
「いい。それよりこれは」
「どうやら魔法を使ったことで竜化が促進されてしまったみたいだね」
カルカス殿下が言う。
「さっきのジルはアリシアを守るっていう意思があったように見えたけど、今はそれを感じられない。せっかく魔獣がいなくなったのに、今度は彼が王都を破壊しかねない」
え?
ちょっと待って。
「アリシア、離れて。これ以上被害を増やすわけにはいかない。兵を呼んでジルを……ドラゴンを拘束する」
「ダメです! そんなことしたらジルは……!」
たしかに今のジルはさっきと違って見える。
私のことも分かってなかったみたいだし、自分が誰なのかも忘れてしまっているみたい。
でも……。
ダメだ。
今ジルを攻撃したりしたらジルは私たちを敵だと思ってしまう。
そうなればジルはもう二度と元に戻れなくなる。
そんな予感がした。
「私に時間をください。絶対にジルを正気に戻してみせますから」
私はカルカス殿下に頭を下げる。
むちゃくちゃなことをしているのはわかっている。
王都を守ろうとしている王子に、それを待つよう言っているのだ。
この場で斬られても文句は言えない。
けど、カルカス殿下は応えてくれた。
「……わかったよ。ただし兵は集めておく。君が失敗したらすぐジルへの攻撃を行う」
「はい……っ! ありがとうございます!」
私はカルカス殿下にそう言うと、ふたたびジルに向かう。
理解した。
聖女と竜王の伝説で、聖女の役割はここからなんだ。
竜王が魔獣を倒し、そのあと暴走する竜王を聖女が止める。
魔獣を滅ぼすだけでなく、平和をもたらすために両方が必要なんだ。
「グオオオオオオオオオオオ!」
ジルが近づく私に向かって威嚇するように吼える。
けれど私は怯えることなく歩いていく。
だって相手はジルだ。
怖がる必要なんてどこにあるだろう。
ねえジル。
誰も彼もに見捨てられて、世界中に一人ぼっちになってしまった私に声をかけてくれた。
私の話を聞いて自分のことみたいに怒ってくれた。
いく場所のない私に居場所をくれた。
そんなあなたに私も同じことをしたい。
たとえどんな姿になっても。
皆がその姿に怯え、逃げ出したとしても。
私はあなたのそばにいる。
あなたの隣が私の居場所で。
私の隣があなたの居場所だから。
絶対に離れたりしない。
前と変わらないシトリンのような金色の瞳を見て私は手を伸ばす。
ジルは暴れることはなく、その手は赤色の硬い鱗に触れた。
その色は彼の髪と同じ色。
その温かさは何度も触れたそれと同じ温かさ。
なにも変わったりなんかしない。
その後、すぐにリゼルが加工を終えた竜骨石を持って駆けつけてきてくれた。
私がそれに魔力を流し、ルーがジルの身体に向けて放出する。
ジルの体内で荒れ狂っていた竜の魔力が制御されて、ジルは元の姿に戻った。
どんな姿になってもジルはジルだけど。
やっぱりこの見た目のほうが隣にはいやすいかな。
私はホッと息をつきながら言った。
「おかえり、ジル」
ジルは笑みを浮かべて答えてくれる。
「ただいま、アリシア」




