魔獣襲来
「ジル!」
竜の姿と化して空に飛び立っていったジルを、私はただ見上げることしかできない。
ジルの姿はあっという間に小さくなってしまった。
「どうなってるの!?」
誰に向かってかもわからず私は声を上げる。
答えたのはザインだった。
「わからない……だが彼の中に眠る竜王の力が魔獣に反応したのかもしれない」
あれが竜王の力……?
それじゃジルは世界を救うためにあんな姿になったってこと?
「どうにかならないの……? ジルを元に戻す方法は……リゼル?」
「方法は……ある」
リゼルの言葉に私は笑みを浮かべる。
けどすぐに、彼の表情がどこか重苦しいままなのに気づいて笑みが消えた。
「竜化を制御する方法はある。ただ、それにはあるアイテムが必要なんだ。簡単に手に入るものじゃない。こんな状況じゃなければ探し求めることもできただろうけど、彼がああなってしまっては……」
「そんな……」
方法はわかっているのにどうにもできないなんて。
「待って。王宮の宝物庫にあるかもしれないよ。そのアイテムってなに?」
カルカス殿下が問いかける。
けどリゼルは小さく首を横に振る。
「そう思って宝物庫のリストを調べてみましたが見つかりませんでした。さすがのエルテシア王国も竜骨石は保有していなかったようですね」
「ドラゴンの骨を加工した魔力を有する石か……たしかに稀少すぎる品だ」
カルカス殿下もあきらめたように小さく息をつく。
エルテシア王国さえ持っていない稀少アイテム。
そんなものどうにもできない……。
…………待って。
竜骨石?
私は慌てて服のポケットからそれを取り出した。
「リゼル、これ……」
「ん? なにアリシア――これ、竜骨石じゃないか!」
表面に紋様が刻まれた、白くて透明感のある不思議な石。
ドランからもらったものだ。
「これがあればなんとかなる?」
「ああ! 大丈夫――僕がなんとかしてみせる」
よかった……。
それじゃあとはあの魔獣をなんとかしなきゃね。
ジルを元に戻すための竜骨石の加工をリゼルに任せて、私とカルカス殿下、ザインは魔獣の元へ向かった。
その途中でクリスティナが倒れているのを発見した。
「クリスティナ――これは」
私は思わず息をのむ。
舞踏会のときにでも着るような派手なドレスが破れてみぞおちのあたりの肌がのぞいていた。
そこに毒々しい色で輝く宝玉のような石が埋め込まれている。
石からは木の枝のようなものが伸びて彼女の身体を蝕んでいた。
「ひどい……」
「魔力を奪う魔道具だね。魔物を倒すために力を使いすぎてこうなったんだ」
カルカス殿下が部下に命じてクリスティナを運ばせる。
「セウェルス殿下はどこ? 一緒にいたはずなのに」
「一人で撤退したんじゃないかな。兄上だけじゃ魔物と戦えないだろうし。そういうときの判断は早い人だからね」
彼女を置いて?
私は兵士に抱えられ運ばれていくクリスティナを見た。
あんな状態でも意識は残っているらしく彼女は虚空を見つめながら小さくつぶやいていた。
「セウェルス……様……」
そんな彼女の姿にはもう怒りもなにも湧いてこない。
ただただ哀れだった。
「行こう、アリシア」
「……はい」
カルカス殿下に呼ばれ私は彼女から視線をそらす。
そうだ、今大事なのは魔獣を倒すこと、そしてジルを助け出すことだ。
王都のはずれまで来ると迫る魔獣の姿がより巨大に見えた。
その巨体が日光を遮って、私たちも周りの建物もすっぽり陰に収まってしまう。
本当にこんなの倒せるの?
絶望的な気分になる。
けどここまできたらやるしかない。
でもどうやって?
私とルーの浄化の力では、ザインが言う「魔物と魔獣の中間の存在」さえ倒せなかった。
今王都に迫っているのは真の魔獣。
きっと私じゃ歯が立たない。
「アリシア、来るよ!」
カルカス殿下の声に目を向ければ、魔獣が一気に急降下してくる。
ああもう!
悩んでいるヒマもない!
「ルー、行くよ!」
『わかった!』
私はルーに魔力を送る。
ルーはそれに清浄の力を与えて放出する。
その魔力を私は魔獣に向かって撃ち出す。
前は周りの魔物を一気に倒すために広範囲に魔力を放ったけど、今回は一点に集中させてみた。
きっとその分効果も強いはず。
飛んでいった魔力球が魔獣にぶつかる。
どう!?
――ギアアアアアアアア!
ダメね……。
全然効いてない。
「マズいね」
「え?」
「今ので僕たちに気づいたみたいだ」
カルカス殿下の言うとおり魔獣は完全にこちらに目を向けていた。
翼を羽ばたかせ、向きを微調整して、たしかに私たちのほうに真っ直ぐ突っ込んでくる。
「ルー!」
私は連続して魔力の球を撃ち出す。
けどやっぱり魔獣には全然効果がない。
「いったん退け! このままでは――」
ザインに腕を取られ引っ張られる。
けれど少しタイミングが遅かった。
すさまじい速度で急降下してきた魔獣が一気に迫り、その巨大な口が私を捕らえようと大きく開く。
「っ!」
悲鳴さえも恐怖で喉から出てこない。
漆黒の闇のような魔獣の口腔が私の視界を埋め尽くす。
私は思わず目を閉じる。
そのときだ。
「ぐおおおおおおおおおおっ!」
どん! という衝撃音が目の前で響いた。
私は恐る恐る目を開く。
目の前に迫った魔獣を、全身を赤い鱗に覆われたドラゴンが受け止めていた。
変わり果てたその姿を、けれど見間違えるはずがない。
「ジル!」
私はその名前を叫んでいた。




