クリスティナの魔法
「ど、どういうことだ? 魔物だと?」
王宮内に魔物が出現したという兵士の報告にセウェルスはさすがに動揺を隠せないようだった。
「詳しいことはなにも……王宮の敷地のあちこちに魔物が出現して……原因は不明です」
「どうなっている! なんなんだ!」
セウェルスは苛立たしげに頭を抱え部屋を歩き回るだけ。
兵士に指示を出そうともしない。
私はそんな王子を冷えた頭で見ていた。
……ああ、ダメだこの人。
私は兵士に呼びかける。
「ねえ、魔物が出現したのはどこ? そこに案内して」
「は? し、しかし……」
兵士は困ったようにセウェルスのほうに目を向ける。
ああもう!
この緊急事態に命令系統とかどうでもいいでしょ!
「早く! 私なら聖女の力で魔物を倒せる! 被害が大きくなる前に!」
「わ、わかりました!」
兵士は飛び上がるように部屋を出る。
私も後に続いた。
「ま、待てアリシア!」
セウェルスも我に返ったようにして後からついてきた。
兵士が案内してくれたのは王宮の中庭だった。
そこには大量の魔物がいた。
兵士や宮廷魔導師らしい魔法使いが中庭の周りを取り囲んで魔物を逃がさないようにしているけど、数の差がありすぎていつ破られるかわからない。
それに王宮のほかの場所にも魔物が出現しているらしく、皆どこから対処していいかわからない様子だ。
「殿下!」
「すでに東の宮殿は魔物に埋め尽くされてしまいました!」
「王都にも魔物が現れたとの報告も!」
「殿下! ご命令を!」
兵士たちが現れたセウェルスに気づいて指示をあおぐけど、セウェルスは口ごもるばかりでなにも決断をくだせない。
しまいには、
「こ、ここは国王陛下のご判断を……」
なんて自分が幽閉した父親に頼ろうとする始末。
ああもう!
こいつのことはどうでもいいけど、このままじゃ王宮や王都の人たちに被害が出てしまう。
私は前に出ると聖なる精霊に呼びかけた。
「ルー、お願い」
『うん。任せて』
清浄の魔法を発動――させようとしたそのときだ。
「お待ちなさい」
そんな声が割り込んできた。
私を押し退けるようにして中庭に現れたのは、場違いなほどに豪奢なドレスを身にまとったクリスティナだった。
「クリスティナ? なにをしている。君は屋敷での謹慎を命じたはずだ」
セウェルスがそんなことを言う。
しかしクリスティナはそれを無視するように声を放った。
「セウェルス様。このような下賎な女に頼る必要はございません。真の聖女たるこのわたくしが魔物を滅ぼしてご覧に入れますわ」
「なに……?」
クリスティナは兵士や魔法使いたちの間を縫って魔物の群れに近づく。
そして両腕を大きく掲げた。
その瞬間。
「っ!」
まばゆい光が彼女を中心に生み出された。
その目を射るようなまぶしさに、思わず手で顔を覆う。
「……おお!」
誰かがあげた声に目を向けると、魔物たちが消滅していくところだった。
まるで酸の沼かなにかに溶かされていくように、身悶え、苦しみながら消えていく。
「すごい……」
「さすが聖女様」
「精霊と契約できなかったという噂は嘘だったのか……?」
そんな声が上がる。
クリスティナは賞賛の声を背に受けながらセウェルスに向き直って言う。
「本当にお待たせしました、セウェルス様。どうやらようやく聖女の力に覚醒することができたようです」
「そう、なのか……?」
戸惑うようなセウェルスに手を伸ばし、クリスティナは笑みを浮かべる。
「さあ参りましょうセウェルス様。わたくしがすべての魔物を滅ぼします。セウェルス様とわたくしで王都を救うのです」
「あ、ああ……」
どうやら目の前の事態が夢ではないと気づいたらしいセウェルスはとたんに余裕を取り戻してクリスティナに微笑みかけた。
「ああ……よかった、クリスティナ。誤解しないでほしい。君に辛くあたったのは君が憎いからではない。君のためを思って――」
「わかっておりますわ、セウェルス様」
セウェルスの白々しい言葉をクリスティナは疑いもせず肯定した。
そして二人は兵士に案内され中庭を立ち去っていった。
去り際にクリスティナは私を見下すように目を向けて得意げに鼻を鳴らしていく。
しかし私はそんなことを気にしてはいられなかった。
どういうこと?
聖女の力は私が持っている。
クリスティナは精霊と契約できなかった。
魔物を消滅させる浄化の力も使えないはずだ。
いつの間にか精霊がクリスティナのほうに移ってしまった?
そんなことを思ってルーを呼んでみるが、ルーは普通に姿を現した。
『ありえないよ。ボクたちはあの人間には力を貸していない。今はアリシアと契約してるんだもん。それに……さっきの力、なにかおかしかったよ』
「おかしい?」
『うん。よくわからないけど……なんか嫌な感じ』
言われてみれば、さっきのクリスティナの魔法は、刺すような強い光といい、解け崩れるような魔物の消滅の仕方といい、私の浄化魔法とはちょっと違う感じだった。
けど、今は悩んでいる場合じゃないか。
どんな力にせよ、どんな理由にせよ、クリスティナは魔物を倒して人々を助けようとしている。
私もできることをやろう。
と思ったのに。
「そこまでだ、動くな偽聖女アリシア」
兵士がやってきて私を取り囲む。
この格好はたしか国王直属の近衛兵?
今はセウェルスの命令で動いているはずだ。
「セウェルス殿下と聖女様の命令によりお前を拘束する。偽の聖女の力で人心を惑わした罪だ」
……あの二人は!
もはや怒りを通り越して呆れてしまう。
なぜこんな緊急事態にまで、自分の見栄や保身を優先してるの?
無視してしまいたいところだけど、相手は王宮を守る精鋭の兵士たちだ。
戦って勝てる相手じゃないし、攻撃魔法だと手加減できない。
どうしよう……と思っていると。
「彼女を放してくれないかな」
「カルカス殿下!」
中庭に駆けつけてきたのはカルカス殿下にジル、ザイン、そして――リゼルだった。
無事だったのね!
「牢から脱走しているところをたまたま発見してね。いろいろと話したいことがある――だから、早く彼女を解放しろ」
カルカス殿下は近衛兵に向かって静かに言い放す。
普段の軽いものとはずいぶん違うその口調は、声を向けられたわけじゃない私まで背筋が寒くなった。
「し、しかしこれはセウェルス殿下の命令で……」
「いいのかな。そんなことを言っている間に――王都が滅ぶよ」
「なにをおっしゃいますか。魔物なら今聖女様が……」
カルカス殿下の言葉に近衛兵がそう反論しようとしたそのときだ。
――遠くで雷鳴がとどろいた。
全員の視線が自然とそちらに向く。
王宮の建物の向こう。
北の空に巨大な黒雲が出現していた。
そしてその雲の中から漆黒の翼を広げた異形の怪物が姿を見せた。
なにあれ……?
ドラゴンの実物を見たことはないけど、それとは明らかに異質な存在だとわかる。
この世の生き物ではないような、禍々しい存在感。
「なんだ、あれは……」
近衛兵の一人がポツリとつぶやいた。
カルカス殿下はそれに応えるように言う。
「あれがザインが言っていた悪しき魔物……世界を危機に陥れる真の魔獣だよ」




