カルカス第二王子
「お越しになったみたいね〜」
シャルロッテ王女の言葉に目を向ければ、道の向こうから馬が数騎駆けてくるのが見えた。
ここはシャルロッテ王女の居城。
私とジルはここに数日滞在して、エルテシア王国第二王子カルカス殿下をお待ちしていた。
常勝将軍と呼ばれる彼がなぜか私を探しているそうなのだ。
本来ならば平民である私がカルカス殿下の元へ赴くのが正しい。
けど私は行きたくなかった。
カルカス殿下がどのような人なのかは知らないけど、私から聖女の位を奪い追い出したエルテシア王家の人間なのだ。
『そりゃそうだ。絶対ロクでもない話に決まってる』
ジルもそう主張したので、シャルロッテ王女がカルカス殿下に返事を送り、この居城へ来るよう頼んでくれたのだ。
普段は多くの兵を引き連れて各地の戦場を転々としているというカルカス殿下だけど、今回はさすがに少数の騎兵と馬車だけだ。
「そういえば、ジルはカルカス殿下にお会いしたことあるの?」
「いや、俺は社交の場には顔を出さないからな」
「私もないのよね〜」
「姉上も?」
「ええ。カルカス殿下はいつも戦争で飛び回っていて、私が何度かエルテシアを訪問したときも不在だったわ」
すごいな。
まるで戦うために生まれてきたみたいな人だ。
いったいどんな人なんだろう。
考えている間に騎兵と馬車が城門を潜ってきた。
その先頭にいかめしい鎧に身を包んだ大柄の男の人がいた。
ガリアードさんより大きいんじゃないだろうか。
もしかしてこの人がカルカス殿下?
私は慌てて頭を下げ礼をする。
あれ、でもおかしいよね。
カルカス殿下は、私と同い歳のセウェルス殿下の弟だ。
この人はどう見ても歳下には見えない。
それに王子が馬車じゃなくて先頭の馬に乗っているのはおかしい。
なんて思っていると先頭の男の人が馬から降りて馬車に駆け寄り扉を開いた。
「よっと」
中から出てきたのは男の子と呼んだほうがいいような小柄で童顔の少年だった。
ええー!
まさかこの子供が常勝将軍!?
城の応接室に場所を移して、私たちは話し合いを始めた。
「改めてお招き感謝するよ、シャルロッテ王女」
「こちらこそ、初めてお目にかかり光栄ですわ〜」
カルカス殿下はお子様な見た目に似合わずそつない所作で王女に挨拶する。
いやいや騙されてはいけない。
殿下は私やジルと二歳しか違わない。
こんな幼い外見でも歴戦の英雄なのだ。
「そちらはジル第五王子かな。どうぞよろしく」
「……よくご存じで。こちらこそ」
警戒した様子で答えるジル。
それもそもはず。正妻の子供ではないジルの存在は公にはなっていない。
外見だって魔法学園に通い続けて正体がバレなかった程度には知られていないのだ。
それを即座に見抜くなんて……。
『そちらの情報はいろいろつかんでいるぞ』と先制攻撃されたみたいだ。
「そして、君がアリシアだね。会えてよかった」
「……っ」
カルカス殿下の涼しい笑顔が私を向く。
絹のようにさらりとした金色の髪やインディゴライトみたいな青色の瞳はセウェルス殿下とよく似ていた。
「聖女の即位式にまつわる話は聞いている。兄がとんでもないことをしでかしたみたいだね。代わりにはならないかもしれないけど、弟として謝罪するよ」
「そんな……っ!」
見ればカルカス殿下は私に向かって頭を下げていた。
私はとっさに言葉が出てこない。
第二王子が謝罪するということはそれなりに重い意味がある。
しかもこの場にはロミア王国の第一王女と第五王子までいる。
私が受け入れればこの謝罪は正式なものになってしまう。
その影響力の大きさを、私はこの場で把握し切ることはできなかった。
「いえ、その……恐れ多いことです」
なので私はなんとかそう答えを返す。
「当人の謝罪じゃなきゃ受け入れないってさ」
「ちょっと、ジル!?」
庶民の私がいろいろ考えて配慮したのに王族のあなたがなんてこと言うの!?
しかしカルカス殿下は軽く笑ってそれを受け流す。
「それはそうだね。失礼した」
ううう、緊張する。
そもそもなんでただの平民の私が、三人も王族がいる場に同席しているのでしょうか?
「さて……本題に入ろうか。アリシア」
「は、はいっ」
しかも話題の中心は私なのだ。
「最初に言っておくと、君を探していたのはエルテシア王室ではない。聖女の力が目当てということもない。だから安心してほしい」
「そうなのですか……?」
「油断するなよアリシア。あとからどんな条件が飛び出してくるかわかったもんじゃないぜ」
ジルの言葉にカルカス殿下は肩をすくめて見せる。
「すっかり疑われてしまっているね。まあ、それも無理ないけど……うん、じゃあはっきり言ってしまおう。ボクがアリシアを探していたのは友人に頼まれたからだ」
「友人?」
エルテシア王国第二王子の友人に私の知り合いなんていないと思うけど。
「君を探しているのはね、アリシア。宮廷魔導師団のリゼルだよ」
「……リゼル!?」
その名前を聞いたとたん私の中に懐かしい記憶が一気によみがえる。
孤児院で一緒だった少し歳上の少年。
聖女に憧れていた私に魔法の学び方を教えてくれて、王立魔法学園へ通うという道を示してくれた。
幼くして宮廷魔導師団にスカウトされていった彼が、私のことを?
「リゼルとは国境付近に出現する魔物の調査を何度か一緒に行ったことがあってね、気があってよく手紙のやりとりをしているんだ。いつも沈着冷静な彼から文字の荒れた手紙が届いてね。ほら、これだよ」
カルカス殿下が差し出した手紙を受け取る。
たしかにところどころインクが飛び散っているくらい急いで書いたものだけど、その几帳面な文字には見覚えがあった。
魔法の話をするとき、木の枝で地面に書きつづっていたリゼルの文字だ。
「友人のこんな必死な頼みは断れないよね。各地で情報収集をしていたら、シャルロテ王女の領地を出発した聖女がカザハン王国で魔物を退治して大活躍しているなんて話が聞こえてきた。もしかしてと思ってやってきたわけ」
「でも、どうしてリゼルは私に……?」
「単純に君のことが心配みたいだよ。即位式の日以降行方不明っていう扱いになっているからね」
それもそうか。
ジルに誘われて誰にもなにも告げずに王都を去ったのだから。
私のことを気にかける人なんてあそこにはいないと思っていたけど。
そんなことはなかったんだ……。
「だから、どうかな。リゼルに会って安心させてやってくれないかな」
「あ、でも……」
王都に戻るのにはやっぱり抵抗があった。
あの日の記憶がまだ生々しく私の中に残っている。
「リゼルは今ロミア北端、エルテシアとの国境近くのザレスという街に向かっているそうだよ。君がいいならボクがそこまで同行しよう」
「そういうことならいいんじゃねえか? ザレスなら次に向かう予定の砦の通り道だ。さっさと会って、その幼馴染を安心させてやれよ」
「ジル……ありがとう」
ジルに背中を押され、私はカルカス殿下に頭を下げる。
「よろしくお願いします、殿下」




