前兆
「大丈夫か、アリシア」
「うん……なんとか」
巨大な魔物に襲われ、崖下へ転落した私とジル。
ジルが抱きしめるように守ってくれたので私は怪我をしないで済んだ。
「ジルは……ジル!?」
起き上がった私は悲鳴を上げる。
ジルの軍服の腕の部分が大きく切り裂かれ、血で真っ赤に染まっていた。
転がり落ちるときに木の枝か岩で切ったのだろう。
「待って。すぐに治癒魔法を――」
「いや、それより先にあっちをなんとかしたほうがよさそうだぜ」
そう言ってジルが目を向けるさきに私も目を向ける。
「……グルルルルル」
私たちに襲いかかってきた巨大な魔物がいた。
一緒に転がり落ちてきたらしい。
魔物は漆黒の身体で、形はどことなく熊に似ているけど、ずっと異様で禍々しい。
さっきまで私たちが戦っていた魔物たちよりも数倍も大きい。
こんな巨体にあんなに接近されるまで気づかなかったなんて……。
でも、魔物相手なら私にだってできることはある。
「お願い、ルー!」
『オッケー!』
ルーに魔力を流し込む。
ルーがそれに清浄の力を付与し放つ。
まばゆい光が魔物を包み、一瞬にして消し去……らない!?
なんで!?
「グオオオオオオ!」
「どうなってるの、ルー!?」
『わからないよー! けどこの魔物には浄化の魔法が通じないみたい!』
そんな……!
どうすればいいの?
「…………」
「ジル!?」
私がパニックに陥りそうになっていると、ジルが無言で私の前に立った。
腕からは相変わらず大量の血が流れ出している。
「ジル、ダメだよ! そんな怪我で……」
「いや、心配いらない」
「え……?」
ジルのあまりに力強い声に私は引き止めようと伸ばした手をおろしてしまう。
なぜかジルなら大丈夫な気がした。
怪我をして、足取りもフラフラとしているのに。
その姿が、目の前の魔物より何倍も大きく見えた。
「なんでだろうな……お前を守らなきゃって思ったら……力が湧いてきて」
ジルは荒い呼吸の合間からそんな言葉を放つ。
彼の身体の周囲に、チリチリと火の粉が舞っていた。
「――誰にも負ける気がしねえ」
ジルが剣を一振りする。
周囲が真紅に染まる。
巨大な炎の渦が巻き起こってゴウ! と音を立てながら魔物を飲み込んだ。
「ギエエエエエエエ!」
絶叫を上げて燃え上がる魔物はあっという間に黒いチリとなって消えた。
「すごい……」
私は息をのんでその赤々と燃える魔法の炎を見ていた。
「へっ……どうだ、デカブツ……」
「ジル!」
ふらりと倒れ込むジルに慌てて駆け寄り身体を支える。
ひどい熱だ。
これって……。
『前と同じだね。魔力が体内で暴れ回っているよ』
やっぱり!
しかも今度は怪我までしている。どうすればいいの!?
「殿下! アリシア様!」
そこへ崖上からジルの護衛兵の人たちが駆けつけてきた。
その中に応急処置をできる人がいたのでジルの怪我を診てもらう。
「心配ありません。止血すれば問題はないかと」
よかった……。
じゃあ私はジルの魔力の暴走を抑えるのに集中すればいい。
「大丈夫、大丈夫だからね、ジル」
担架で運ばれるジルに付き添いながら祈るようにそうつぶやく私は、けれどさっきの光景を思い返さずにはいられなかった。
ジルが放った巨大な炎魔法の渦。
こんなことを言うとジルは嫌がるかもしれないけど。
あれは……前にドランが放った炎の渦とどこか似ていた。
あれから一週間ほど経った。
前と同じようにルーの力を借りて、ジルの魔力の暴走を抑え込むことができた。
そのあと私の治癒魔法で腕の怪我を治した。
ジルはすぐに元通り。
あっという間に魔物討伐作戦は再開された。
残っていた土地の魔物もほどなく退治することができた。
私たちはカザハン王国の兵士の皆さんに後を任せてロミア王国への帰路に着いた。
私たちにできることはここまで。
魔物が荒らした農地はこれからカザハンの人々が再生していかなければならない。
私たちはそれがうまくいくように祈るだけだ。
「おかえり〜、ジルちゃん、アリシアちゃん!」
居城に戻ってきた私たちを出迎えてくれたシャルロッテ王女。
今度は馬車から降りてきたジルと私を二人ともぎゅむぎゅむと抱きしめてくる。
うーむ、相変わらず柔らかくて気持ちいい……。
私たちは城内に移動しながらお互いの状況を報告した。
竜人族の土地に流れ込んだダラスの仲間は無事発見された。
数日前までほかの遊牧民の人たちと一緒にこの城に滞在していたけど、カザハン国内の魔物討伐完了の知らせを受けて、フロベール子爵が送り届けているところだという。
ドランはダラスたちを竜人族の土地から送り出したところで、自分の村に戻っていったらしい。ちゃんと挨拶をしておきたかったんだけど、それはまた今度かな。
なんにしろ、これで竜人族との揉め事と、カザハン王国の一件は解決かな。
もっともジルはこれからも、竜人族との交渉を続けていかなければいけないんだろうけど。
「それにしても二人とも無事でよかった。ジルちゃんが怪我したって報告を聞いたときは心配したんだから〜」
報告が一区切りつくと、シャルロッテ王女はほっと息をつくようにそう言った。
「すみません、私が油断したせいで……」
「はっ、あんなの大したことねえって」
ジルはそう言うけど、あれは私のミスだ。
浄化し損ねたうえに接近に気づけなかったのだから。
「それを言うなら俺だって探知魔法使ってたのに見逃したんだ。俺のせいでもある」
ジルはそんなふうに言ってくれるけどね……。
「いえ、あれは誰もせいでもないの。しょうがなかったのよ」
そう告げるシャルロッテ王女に私とジルは顔を見合わせる。
なぜそんなにキッパリと言い切れるのだろう。
「いま、各地でそういう特別な魔物の報告が増えてきてるの。これまでの探知魔法に引っ掛からなくて、通常の威力の魔法では倒せない、強力な魔物。区別のためにそいつらは『魔獣』と呼ばれているわ」
「魔獣……」
いったいなにが起こっているんだろう。
そもそもカザハン王国での魔物の大量発生もこれまでにはなかった異常事態だ。
加えて、強力な魔物――魔獣の出現。
それにジルの魔力暴走の件もある。
気になることが多すぎて混乱してきたよー!
ところが、さらにもう一つ、私を混乱させる出来事が待ち構えていた。
「ところで、アリシアちゃんのことを探している方から手紙が届いてるわよ」
「私を……?」
「ええ。カザハン王国での活躍の噂が広まっているみたいね。まだロミア王国内に留まっているみたいだけど、あの方は戦争で各地を飛び回っているからそういう話を聞きつけるのは早いみたいね」
戦争で各地を飛び回っているような人が私を探している?
まったく心当たりがないんですけど……。
「あの、私を探しているというのはどなたなんでしょう?」
シャルロッテ王女はその人物から送られてきたらしい手紙を差し出してきた。
そこには、学園生活時代に何度も見かけた紋章があった。
「常勝将軍と名高い、エルテシア王国第二王子カルカス殿下よ」




