勘違い
「座ってもいいかしら」
私の部屋に現れたシャルロッテ王女は椅子を指し示して聞いてくる。
「は、はい。もちろんです、殿下っ」
慌ててそう答えた。
ベッドに腰を下ろしていた私は急いで床に降りて頭を下げる。
「ああ、待って待って。そんなかしこまらないで。ちょっとおしゃべりしたかっただけなの。元のとおり楽にしてて」
シャルロッテ王女がそう言ってくる。
そんな失礼なことは……と固辞したくなるけど、王女様の言葉に逆らうわけにもいかない。
私は元のとおりベッドに座り直した。
ただし背中は借りてきた猫みたいに縮こまっている。
ゆっくりと顔を上げる。
改めて見ても、シャルロッテ王女は息をのむほどに美しい。
金色の髪は絹地みたいにさらさらだし、エメラルドみたいな緑色の瞳は吸い込まれそうなほど。
夜だというのになんだか輝いて見える。
でもその視線が私には少し怖い。
わずかに目を細めて、まるで値踏みするみたいにこちらを見てくる。
もしかしたら本当に値踏みしているのかもしれない。
シャルロッテ王女からすれば。私は大切なジルにまとわりつく庶民の女……。
きっと追い払ってしまいたいだろう。
「あああ、あの、おしゃべりというのは?」
「そうねぇ。あなたとジルのこと、かな?」
うわあああ!
やっぱりだ!
王女は私をジルのもとから立ち去らせたいんだろう。
でも自分が表立って言うとジルに反対されてしまう。
だから私が自分から立ち去るように言い含めにきたんだ。
「…………」
――いやだ。
自然とそんな気持ちが湧き上がってきた。
ジルと離れるなんて嫌だ。
私を認めてくれた、たったひとりの人。
彼の隣が、今は私の唯一の居場所なのだ。
それを奪われるなんて絶対にいや!
「あ、あの!」
気づけば私は乗り出すような勢いで口を開いていた。
「なあに?」
王女の視線が怖い。
けど私の口は止まらなかった。
「わ、わ、私はその、ジルとはなんともないというか、そういう関係にはないというか、殿下がご心配なさるようなことは一切ございません!」
「そうなの?」
「そ、そうです! だから、その……殿下からジルを奪うとかそんなことは絶対にありません! 部下というか、仕事仲間というか……それだけでいいんです。どうか、どうか……これまでどおりジルと一緒にいさせてください!」
私の声が部屋に響き渡る。
自分でもびっくりするくらい大声になっていた。
シャルロッテ王女も目を丸くして私を見ていた。
それから押し潰されそうなくらいの長い長い沈黙が続いて――。
「ぷっ……あははははははは!」
盛大な笑い声がシャルロッテ王女の口から飛び出した。
今度は私が目を丸くする番だ。
まるで王女らしくないお腹を抱えて笑うシャルロッテ王女。目には涙まで浮かべている。
「あの、殿下?」
「ごめんごめん。とんだ勘違いさせちゃってたみたいね」
勘違い?
「あのね、私はジルのこと、そんなふうに思ってたりしないわよ」
「え?」
「っていうか私、夫いるし。ラブラブだし」
「ええ?」
「子供もいるわよぉ。五人」
「えええええ!?」
思わず立ち上がって絶叫してしまう私。
いやいやいや、嘘でしょう!?
五人も子供を産んでこの美貌とプロポーションってどういうこと?
それに若すぎない?
王族や貴族は庶民に比べて結婚出産が早めとは聞くけど。
それにしたってこれは……。
「ふふ、落ち着いてアリシアちゃん」
「あ、はい……失礼いたしました」
私は慌てて座り直す。
シャルロッテ王女の若さの秘訣も気になるけど、問題はそこじゃない。
「ええと、つまりジルに対するあれは姉弟同士の一般的な愛情表現ということでしょうか……?」
「ええ、そうよぉ。家族だもの、あれくらい普通じゃない?」
そう……なの?
私には家族がいないけど、それでもあれは普通ではない気がするぞ?
それとも、それも庶民と王族の違いなんだろうか?。
いや、でも、とにかくだ。
シャルロッテ王女は私をジルのもとから追い払おうというつもりではなかったらしい。
つまり全部私の勘違い……。
「……っ」
ぼっと一気に顔が熱くなる。
勢いに任せてとんでもないことを言ってしまった気がする。
「そっかぁ、まだそういう関係じゃないのかぁ」
「いえ、その、『まだ』とは言ってないです。そうなる予定もないです」
「でもそうなりたくないってわけではないのよね?」
「そ、それは……」
そんなの正直考えたこともなかった。
ジルと私は王族と庶民で、ジルは私の魔法使いとしての実力を認めてくれた、いわば雇い主と使用人の関係。
パートナーだとは言ってくれたけど、それはジルの王族としての仕事についてであって、決して『そういう意味』ではなく……。
「あーもーアリシアちゃんかわいいっ!」
「うわっ! 殿下!?」
私がぐるぐる思い悩んでいると、シャルロッテ王女は私に抱きついてきた。
うぉ、なんだこの感触。
柔らかくて暖かくて、いい香りがして、包み込まれるような感じ。
ジルはこれを受けて毎回うっとうしそうな顔をしてたの?
贅沢な……!
「アリシアちゃん」
シャルロッテ王女が間近で私を見つめてくる。
その顔はとても素敵な笑みを浮かべていて、ずっと値踏みされているように感じていたのは本当にただの勘違いだったのだとよくわかる。
私の気の持ちようだったのだ。
「あの子は……ジルはいろいろ難しい子だけど、アリシアちゃんと一緒ならきっといい方向に向かっていけると思う。だから、ジルのことよろしくね」
難しい?
それはあまり王族らしくない性格のことだろうか。
それとも兄弟でひとりだけ母親が違うという立場のことだろうか。
詳しいことはわからないけど、私の答えは変わらない。
「……はい!」
私はそう言って大きく頷いた。




