シャルロッテ
ジルと私は他の砦を回る予定を後回しにして、ロミア王国の南方へ向かっていた。
目的はカザハン王国で発生した難民の受け入れをジルのお姉さんであるシャルロッテ王女にお願いするため。
それがうまくいったら次はカザハン王国に入り、魔物の討伐も行う予定だ。
ジルからロミア王国の国王(つまりジルのお父さんね)に手紙を出し、その許可をうかがっているところ。ほかの国のことに手を出そうというんだから、私たちが勝手にやるわけにはいかないものね。
問題がなければ国王がカザハン王国に対して親書を送り、その返事がシャルロッテ王女の元に届けられる。
カザハン王国が応じてくれれば私たちは魔物退治に乗り出せるというわけだ。
緊張する。
私にできるだろうかという不安もある。
けどルーができると言っているんだから信じるしかない。
それだけの力があるというなら私はそれを役立てたい。
絵本で読んだあの憧れの聖女のように。
「はー……」
緊張と不安に揺れる私の向かいではジルがため息をついていた。
「どうしたのジル。もしかしてまた具合が……!?」
「ん? ああ、悪い。そうじゃない」
私が問いかけるとジルは慌てた様子で首を横に振った。
「シャルロッテ姉上に会うと思うと気が重くてな」
「そんな気難しい人なの?」
だとしたら私も気合い入れておかないと。
私たちがカザハン王国の魔物を倒すにしても、その間難民のダラスたちを受け入れてくれるようお願いしないといけないのだし。
あ、ちなみにダラスはドランと一緒に竜人族の土地に戻った。
仲間に投降を呼びかけるためだ。
フロベール子爵が兵を連れて同行しているので、全員揃ったら私たちを追いかけてくることになっている。
「いや、気難しくはない。むしろ俺にはすごく甘くて、頼めば断られることはないんだが……」
ジルはロミア国王の六人の子供の中で一人だけ愛妾の子で王位継承権がないけれど、そのせいでかえって他の兄弟姉妹全員と仲がいいそうだ。
「じゃあどうして気が重いの?」
「シャルロッテ姉上は……甘すぎるんだ」
私は首を傾げる。
姉が弟に甘いのはよくあることだろう。
まあ弟のジルからしたらうっとうしく感じることもあるのかもしれないけど、仲が悪いよりはずっとマシなんじゃないだろうか。
なんて思っていたのだけど、私はその考えをすぐに改めることになるのだった。
「ジルちゃん久しぶり〜!」
シャルロッテ王女の住む城に到着するなり、そんな甘い声が私たちを出迎えた。
綺麗に伸びた金色の髪に、エメラルドみたいな緑色の瞳。
煌びやかな、でも派手すぎず上品に着飾ったドレスの上からでも隠しきれないスタイルの良さが見てとれる。
そんな王女はドレス姿とは思えない速度で私たちのところまで駆け寄ると、馬車から降りようとしている途中のジルに思いきり抱きついた。
「もうジルちゃんなんで全然顔出してくれなかったの! 卒業したらすぐに私のところに来てねって何度も手紙で書いたじゃない。ああーもうお姉ちゃん寂しかったんだからね〜!」
「ちょっ、姉上、やめろって、もう!」
「姉上なんてやだ〜! 前みたいにお姉ちゃんって呼んでよぉ〜!」
「何年前の話だよ! ああ、もう放せって!」
とんでもない光景に私は唖然としてしまった。
これが王族同士の対面の挨拶だなんてとても信じられない。
しかし御者のスティーヴさんも護衛の騎兵の人たちも特に驚いた様子もなく苦笑しているだけだ。
どうやらこれがシャルロッテ王女にとっては普通らしい。
私が呆然と突っ立っていると、王女が私に目を向けた。
「あなたが噂の聖女? 話は聞いているわ」
「は、はいっ。アリシアと申します。聖女の位を戴いたわけではありませんが……」
私は慌ててその場に膝をついて頭を下げる。
相手は王族だ。ジルと過ごしていると忘れそうになるけど、誰もがあんなふうに気さくに庶民と接してくれるわけではない。
「ふうううん? なるほどねぇ」
王女のそんな声が聞こえてくる。顔を伏せているので見えないけど、なんだか値踏みされているような気がした。
「姉上、事情は早馬の手紙でご存知かと思うけど、詳しい話をさせてくれ」
「そうね。では二人ともこちらに」
王女に連れられ、私たちは城内へ向かうのだった。
話し合いはとてもスムーズに進んだ。
ジルの言ったとおりシャルロッテ王女はジルの頼みを断るなんて考えはまるでないらしく、難民の受け入れを簡単に承知してくれた。
「ジルちゃんの頼みならいくらでも置いておくし、そのためならお姉ちゃん増税だってしちゃうわよ」
なんて言い出した。
カザハン王国の魔物を退治するまでの間だけでいいので増税は必要ないと説得するほうが大変だったくらいだ。
ジルがため息をついていた理由がよくわかった。
下手をすれば弟のために領地を傾けて、反乱でも起きかねない。
ちなみに王女は話し合いのときもその後の晩餐の席でもずっとジルの隣に座ってジルに抱きつきっぱなしだった。
ジルはずっとうっとうしそうにしていたけど、本格的に嫌がったり怒ったりはしていなかった。
兄弟のいない私は、仲のいい姉と弟ってこんなものなんだろうかと思って見ていたけど、なんだか途中からちょっとモヤモヤした気分になっていた。
そのモヤモヤは晩餐が終わってお風呂をいただいて寝室に案内されてもまだ残っていた。
シャルロッテ王女とジルは姉弟だけど母親が違う。
国によってはそれで婚姻関係を結ぶのも問題ないとするところもあるという。
それにシャルロッテ王女は女の私から見てもスタイルが良くて魅力的だ。
ジルだって男なんだから私のような貧相な庶民より彼女みたいな美人と一緒のほうが楽しいのでは……?
とそんなところまで考えて私はようやく気づいた。
なにを想像しているんだろう。
たしかにジルは私を対等のパートナーだって言ってくれたけど、それは私の聖女の力についての話だ。
私はいわばジルに雇われているような立場だし、そもそも王族と庶民で身分が違いすぎる。
だから……そう、だから。
そういう関係になんてなりようがないし、そんなことで自分とシャルロッテ王女を比べることがそもそも間違ってる。
ジルがどんな女性とどんな関係になろうと私が口を出すことじゃない。
「…………」
そんなことをぐるぐると考えていると不意に部屋の扉がノックされた。
「は、はいっ」
驚いて返事をする。
「アリシアさん、少しいいかしら」
心臓が跳ね上がる。
聞こえたのはシャルロッテ王女の声だった。




