襲撃者の正体
「おかえりなさいませ、ジル殿下」
竜人族の土地から屋敷に戻った私たちをフロベール子爵が迎えた。
ジルの体調はすっかり回復し、普段通りに戻っていた。
なぜ魔力が暴走したのか、原因はわからないままだ。
レイガスさんに訊いてみたけど、どういう風土病があるわけでもないらしい。
再発したりしないといいんだけど……。
屋敷には私とジル、護衛の騎兵のみんなのほかに二人ついてきていた。
一人はドラン。
そしてもう一人は……。
「この者は?」
「竜人族の土地を襲撃していた人間だ。一人捕らえることができた」
フロベール子爵の問いにジルが答える。
そう。
私がジルの魔力の暴走を治している間、ドランたちは善戦し、襲撃者を撃退することができた。
すぐに戻ってこなかったのは、逃げる敵を捕らえるべく追いかけていたからだそうだ。
そして、朝方近くまでかかってようやく一人、捕らえることができたというわけ。
その襲撃者を尋問するためにこうして戻ってきたのだ。
なにしろあのまま竜人族の村にいたら殺されかねない雰囲気だったからね。
ドランも一緒なのはその尋問を見張るため。
竜人族にしてみれば自分たちで問い詰めたいところだろうけど妥協してくれた形だ。
「とりあえず裏で身体を洗ってやれ」
ジルが命じる。
うん、たしかに……襲撃者は縄で腕を縛られて馬に乗せられてたんだけど、それでもときどき馬車まで臭いが漂ってくるくらいだった。
屋敷の一室で私とジル、ドラン、フロベール子爵が待っていると、護衛兵の人たちが襲撃者を連れてきた。
髭ボーボーの顔は変わらないけど、汚れがなくなってちょっとさっぱりした。臭いも漂ってこなくなった。
「お前、名前は?」
「……ダラスだ」
ジルの問いに素直に答える。
「仲間は何人くらいいる」
「俺を入れて二〇人」
「どうやって竜人族の土地へ渡った?」
「……」
「出身はどこだ?」
「……」
ダラスは途中から口を閉ざしてしまう。
ドランが怒りに震えた声で言う。
「どうして我らの土地を襲う! 争うなら人間同士で勝手に争え!」
「…………すまぬ」
謝った?
ということは元々盗賊を生業にしていたわけではないってこと?
とそこで私はあることに気づいた。
ダラスの腕になにか模様のようなものが描かれている。
なんだろう、あれ。
「ダラスさん」
突然口を開いた私にダラスは驚いたように目を向ける。
「その腕、見せてもらえませんか?」
「っ!」
ダラスは慌てた様子で服の袖を引っ張り腕を隠してしまう。
「おい」
「くそっ、離せ!」
ジルが命じて、護衛兵の一人がダラスの腕をつかみ持ち上げた。
袖がめくれ腕が露わになる。
そこには幾何学的な模様の入れ墨があった。
「やっぱり……」
「なんだ、知ってるのかアリシア?」
ジルの問いに頷く。
「本で見たことがあるの。南に暮らす遊牧の民の一部に、そういう入れ墨を彫る習慣があるって」
「遊牧民! ということはカザハン王国の者か!」
フロベール子爵が声をあげる。
カザハン王国はたしかこのロミア王国の南に位置する国だ。人口は少ないけど、広大な草原地帯を有している。
「それなら納得だ。こいつらはここよりずっと南で川を渡り竜人族の土地に入ったのですよ、殿下。私の見張りに手抜かりがあったわけではなかったのです!」
必死にそう主張するフロベール子爵。
自分の責任問題なのでその気持ちもわかる。
けど、それがわかったところで事態が解決するわけじゃない。
ダラスたちはどうして竜人族の土地を襲撃するのか。
それを探らないと……。
その答えはジルが知っていた。
「カザハン王国か。道理で……」
「ジル? なにか知ってるの?」
「ああ。カザハン王国は去年から魔物の出現が頻発している。そのせいで農地が失われ、多くの住民が住処を奪われた」
「その一部が竜人族の土地に逃れて盗賊になった……?」
「そういうことだろうな。違うか?」
ジルが問いかけるとダラスは迷ったすえ渋々といった感じで頷いた。
「なぜだ! なぜ我らの土地を!」
「ほかに行き場がなかったんだ!」
ドランの荒々しい声に、ダラスは叫び声で返す。
「どの街も城門を閉ざして俺たち遊牧の民の立ち入りを禁じた。周りの国は魔物の侵入を恐れて関所を封鎖してしまった。食べ物はないし、魔物は襲ってくる。俺たちは川を渡るしかなかった……」
私は息をのむ。
私はずっとエルテシア王国の王都で暮らしてきた。
孤児院だったから贅沢ができるわけではもちろんなかったけど、食べるものに困った記憶はない。
王都は人口が多くて、王族や貴族がたくさんいて、庶民に対する慈善の習慣も多かった。
けどそれは余裕があったからだ。
余裕がなければ人々は自分たちを守るために、自分より弱い人たちを見捨てる。
もしエルテシアに災害が起こったら、真っ先に見捨てられるのは私たちみたいな人間だっただろう。
そう思うとダラスの話が他人事とは思えなかった。
「ねえジル、どうにかならないの?」
「うーん……」
私の言葉にジルは考え込む。
「難民の受け入れってことなら姉のシャルロッテに頼めばなんとか……」
ジルには母親が違うけど、兄が四人と姉が一人いるらしい。シャルロッテというのはそのお姉さんのことだろう。
「カザハン王国に接しているロミア南方の土地はシャルロッテ姉上の領地だ。頼めば断られはしないだろう。けど……どこも食料に余裕があるわけじゃない。ずっと住み続けるというわけにはいかないだろうな」
たしかにそれでは根本的な解決にならない。
カザハン王国ではいまも魔物が人々を苦しめているのだ。
それをどうにかしないと……。
『じゃあさ、アリシアが魔物をやっつけちゃえばいいんじゃない?』
ルー?
突然現れた精霊のルーがそんなことを言ってくる。
「なに言ってるの。私にそんなことできるわけないじゃない」
攻撃魔法はあまり得意じゃないし、剣なんか全然使えない。
私にできるのは戦っている人の怪我を治したり疲労を回復させる補助の役割。
私が聖女としての力をいくら発揮しても、実際に戦うのは兵士の皆さん。
カザハン王国各地の魔物を掃討しようとしたら、それだけ多くの兵力が必要になるだろう。
『大丈夫。アリシアの力なら魔物を倒す魔法を使えるよ』
「ええ!?」
「なんだ、どうしたんだ?」
ルーの声は私以外には聞こえていない。
不思議そうに問いかけてくるジルに、私も戸惑いながら答える。
「なんかルーが、私が魔物を倒せるって言ってるんだけど……」




