熱病
「どういうこと?」
私が問いかけるとルーは、熱を出して倒れたジルの周りを飛び回りながら言う。
『これ、ただの病気じゃない。魔力が活発化して体内で暴れ回ってるんだ』
魔力が?
なんでそんな急に……。
いや待てよ。
昔そんな話を聞いたことがある気がする。
あれはなんだったっけ?
「殿下? どうなさいました――殿下!」
私が記憶を掘り起こしかけていたところに、ジルの護衛兵がデッキにやってきた。
騒ぎが起きているのにジルが部屋から出てこないので探しにきたのだろう。
なにかを思い出しかけていた私の記憶は吹き飛んでしまった。
「殿下、どうされたのですか!?」
「大したことはない……ただの風邪だ」
ジルはそう言って立ち上がろうとする。
けどそのまま力尽きたように倒れ込む。
私はそれを慌てて支えた。
「ちょっと、まさか戦いにいこうとしてる? 無茶だよそんなの!」
「けど、あいつに遅れをとるなんて……」
あいつってドランのこと?
こんなときまで意地の張り合いするなんて……。
もう!
男ってみんなこうなの!?
私はジルを支えると彼の部屋に引っ張っていく。
「悪いなアリシア。そのまま外まで連れてってくれるか」
そんなわけないでしょ!
私はジルをベッドに押し込むようにして寝かせる。
「お、おいアリシア、なにを……」
「いいからおとなしくして! こんな状態で戦えるわけないでしょ!」
私は護衛の兵士の皆さんに向かって言う。
「ジルは私が治療します。ですから皆さんはドランの……竜人族の方たちの応援に向かってください」
「は……しかし……」
兵士の皆さんは困ったようにジルのほうを見る。
彼らにとっては主人はジルだものね。命令なしに勝手に動くわけにはいかない。
ジルはちょっと不満そうな顔で頷いた。
「行ってこい……」
「はっ!」
ジルの言葉に兵士の皆さんは敬礼すると部屋を飛び出していった。
私とジルだけが残り急にガランとする部屋。
騒がしい戦いの音がやけに遠く聞こえる。
「おい、アリシア……」
ジルがなおも不満そうに私を見てくるけど取り合わない。
とにかく治療が先だ。
さっきはなにを思い出しそうになってたんだっけ。
たしかまだ孤児院にいたころのことだ。
魔法の才能がすごくあった歳上の子が一人いた。
のちのち宮廷魔導師団にスカウトされていったその少年――リゼル。
私に聖女への道があると教えてくれた彼が語って聞かせてくれたことの中に、なにかヒントがあったはずだ。
――アリシア、手を重ねて。
「っ!」
思い出した。
私は記憶をたどり、リゼルが言っていたようにジルの手を取り、その上に自分の手を重ねた。
――アリシア、手を重ねて。
――この世界のあらゆるものは魔力を持っている。
――相手のことを知ろうと心を込めて触れれば、それを『見る』ことができるし、操ることも可能だ。
――術式を憶えることよりなにより……。
――魔法使いにとってなにより大切なのは、知ろうとすることだ。
目を閉じ、手のひらから伝わってくるジルの体温を感じる。
その奥に流れるジルの魔力を読み取っていく。
あのとき、リゼルの魔力を『見た』ときのように……。
「……うわっ!?」
突然見えてきたイメージに頭を殴られたみたいに身体がのけぞってしまう。
ジルの体内でまるで暴風雨みたいに魔力が暴れ回っているのがわかった。
なにこれ……。
リゼルの魔力を読み取ったときとはまるで違う。
魔力は普通おだやかな川の流れのようにゆっくりと動いている。
こんな激しい状態はどう考えても異常だ。
ルーが治癒魔法ではよけいに悪くなるかもしれないと言った意味がわかった。
治癒魔法は魔力を活性化させて治癒能力を高める魔法だ。
今のジルにそんなことをしたら、魔力がさらに激しく暴れ回ってしまう。
聖女の力が役に立たないなんて……。
けど、それでもなんとかしないと。
「ルー、力を貸して」
『わかった!』
私は握った手を通してジルに私の魔力を流し込む。
暴れ回るジルの魔力が押し返してきて倒れそうになるけどなんとか堪えて、ゆっくりとそれを抑え込んでいく。
勢いに押されて私の体内の魔力まで暴れそうになるけど、ルーがそれを防いでくれる。
そうして少しずつ私の魔力とジルの魔力を同調させて、魔力の流れを正常に戻していく。
気づくと窓の外から朝の光が差し込んでいた。
ジルはいつの間にか眠っていて、静かに寝息を立てていた。
魔力の流れもおだやかなものに戻っている。
「よかった……」
『お疲れ、アリシア』
「ありがとう、ルー。あなたもお疲れ様」
キラキラと輝くルーの姿が眩しい。
そういえば襲撃者はどうなったんだろう?
外からは戦いの激しい音は聞こえてこない。
この時間までなにも知らせがないってことは、襲撃者を捕まえるか、少なくとも撃退はできたってことかな。
みんな無事ならいいけど……。
今すぐ確かめに行きたいけど、疲れすぎてできそうにない。
ジルが眠るベッドの横で、私も眠りの淵に落ちていく。
瞼の裏に、懐かしい少年の顔が思い浮かんだ。
(ありがとう、リゼル……)
眠りに落ちる直前、私は心の中で彼にお礼を述べた。




