決意
それから数日、ジルと会わない日が続いた。
なんでも近くの村に魔物が出現したらしく、その討伐に向かったらしい。
本来なら指揮官であるジルが出向く必要はないけど、今回は住民に新しく赴任したジルの顔を覚えてもらうためにわざわざ赴くことにしたそうだ。
魔物、と聞いてちょっと心配になったが、あのときとは違って大勢の兵士たちと一緒だ。
それに魔物の数も大したことはないとのこと。
事実、一緒に向かったガリアードさんが砦で仕事をするためにすぐに戻ってきたので、本当に危険はないのだろう。
ジルは……私と顔を合わせるのが気まずいから戻ってこないのかな……?
……などと、つまらないことを考えてしまうのは本当に良くない。
さーて、今日もお仕事お仕事。
予定どおり、兵士の皆さん向けの魔法の講義をするために大部屋に向かう。
その途中、砦の出入り口に通じる前庭がなにやら騒がしいのに気づいた。
見れば、何人かの兵士が駆け込んできている。
中には怪我をしている人もいる様子だ。
嫌な予感がして、私は中庭に走った。
「なにがあった!?」
前庭にはガリアードさんがいて、駆け込んできた兵士を問い詰めていた。
私はとりあえず傷の深そうな人から順に治癒魔法をかけながら、一緒に話を聞く。
「村の近くに発生した魔物の討伐を終えて、生き残りがいないかを探っていたのですが、その途中で崖崩れが起こり……殿下と数人の兵士が山中に取り残されて――」
「なんだと!」
ガリアードさんは兵士の報告の途中で声をあげる。
従者に馬を連れてこさせ、大声で兵士の名を呼ぶ。
今すぐに現場へ向かうつもりのようだ。
私は慌てて声をかけた。
「あの、私も連れていってください!」
すでに飛び乗った馬の上から私を見下ろしてきたガリアードさんは、なぜかちょっと驚いたような顔をした後、すぐに首を振った。
「いや、ダメだ」
「どうしてですか? 私が行けば怪我人の治療もできます!」
「危険だからだ。殿下にも絶対に連れてくるなと厳命されている」
ジルが?
どうしてそんなことを……。
やはり私と顔を合わせたくないのだろうか?
ガリアードさんは部下を引き連れて、さっさと出発してしまった。
私は馬に乗れないので追いかけることもできない。
「…………」
強い焦りを抱きつつ、どうすることもできずに私は砦の建物に戻る。
その途中で、馬車の点検をしている御者のスティーブさんを見つけた。
私は気づいたら彼に駆け寄って声をかけていた。
「スティーブさん、馬車を出してくれませんか?」
「アリシアさん? どこに……ってダメですよ!」
「まだどこに連れてってほしいか言ってませんけど」
「じゃあどこに行きたいんです?」
「ジルが向かったっていう村に……」
「やっぱりそうじゃないですか! ダメです!」
スティーブさんは必死な様子で首を横に振る。
けれど私は食い下がった。
嫌な予感が頭から離れない。
「お願いします! ジルには、私に無理やり脅されたって言っていいですから!」
「いや、ちょっと、土下座とかやめてください……もー、わかりましたよ」
よし!
根負けしたスティーブさんが馬車を用意してくれて、私はろくな荷物も持たずに飛び乗った。
馬車はエルテシア王国の王都から砦まで来たときのものより小型の短距離用みたいで、屋根もなく、乗り心地はだいぶ悪い。
その分速度は速いようだった。
それでも私は気持ちが焦って、遅いと感じてしまう。
「もっと速く走れないんですか!?」
「無理ですよっ! 途中で壊れちゃったら元も子もないでしょ」
まったく……と呆れた声をあげたあと、スティーブさんはなぜか苦笑した。
「ジル様のおっしゃるとおりだ。言い出したらきかないんですね、アリシアさんは」
え、なにそれ!?
「ジルがそんなこと言ってたんですか?」
「ええ。今回の出発前に、私やガリアードさんに、なにかあったら絶対に行きたいって言ってくるだろうけど相手にするなって命じられました」
……なるほど。
それでガリアードさんはさっきちょっと驚いていたのか。
ジルの言ったとおりだったから。
それにしても悔しい。
完全にジルに先手を打たれている。
そこまでして私を遠ざけておきたいの?
私がそんなことを考えているとスティーブさんが言ってくる。
「でもすごいですよね。よっぽど気が合ったんでしょうね」
「……どういうことですか?」
「だって、ジル様は学園からの里帰りのときなんか、いつもアリシアさんの話をしてましたからね。それはそれは楽しそうに」
……え?
「アリシアさんが授業のときにこんな発言をしたとか、魔法の実技でこんなにすごかったとか」
「それは……庶民の私の言動が物珍しかったからでは?」
「そうかもしれませんけど、それだけじゃないと思いますよ。だって――」
「――『アリシアがいてくれてよかった』ってよく言ってましたもん」
どきん! と心臓が跳ねた。
「ジル様もあんな性格ですからね。気取った貴族の子女ばかりの学園は居心地が悪かったようです。気を許せる相手がいたのがよかったみたいですよ」
ジルはそんなふうに思ってくれていたのか……。
「だから――アリシアさんのことをよく見ていたから、なにかあったらアリシアさんは駆けつけようとするに違いないってわかったんでしょう」
じゃあ、ガリアードさんとスティーブさんにそれに応じないように命じていたのは、私を遠ざけるためではなく……。
「きっとアリシアさんを心配してるんですよ。言ってました。『実習のときみたいな無茶をされたら困る』って」
実習……あのときのことか。
二人一組で魔法を放って標的を撃ち抜く実習があった。
組み合わせはくじ引きで、私とジルが組になった。
そのとき私とジル用の標的だけが池の上に設置されたのだ。
二人とも……というか、そのときの生徒の誰も、そんなところまで魔法を飛ばすことはできなかった。
ほかの生徒は自分が放てる距離まで近づいて簡単に標的を撃ち抜いていった。
講師が「撃ち抜けなければ今日の実習の成績はゼロだ」と告げた。
確実に、私の成績を下げるための嫌がらせだった。
講師はエルテシアの上級貴族の出だったので、小国の男爵であるジルのことも舐めていたのだろう。
私は成績を落とす気なんてさらさらなかったので、池の中にじゃぶじゃぶ入っていって標的を撃ち抜いた。
講師も、生徒も、ついでにジルも唖然としていた。
まさか一日分の成績のためにそこまでするとは思わなかったのだろう。
で、その直後、私は池の深いところにはまって溺れかけて、ジルに助けられたのだった。
そうか……。
ジルは私のことをよくわかっていて、それでいいと思ってくれている。
私を遠ざけるつもりなんかない。
遠ざけていたのは――私のほうだ。
私は決意を固めた。
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