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未来へ

今回挿絵がありますので苦手な方はご注意ください。

 部屋を出たところで、リーゼロッテが待ち構えていた。

 話を聞いていたらしい。泣かないよう下唇を噛みしめ、淡いピンクのドレスの裾を握りしめたリーゼロッテは、見ているこっちが痛々しくなるほどいじらしかった。


「リゼ様……」


 シアンが声をかけると、リーゼロッテの涙腺はとうとう決壊した。リーゼロッテは両手を広げ、シアンとエリシアに抱きついた。


「……エリシアもノーヴェも、お父様から同じくらい信頼されていた忠臣だ」


 くぐもった声で、リーゼロッテが言った。


「だけど、二人の選んだ決意が違ったのは、エリシアにはシアンっていう支え合える存在がいたけど、ボクはノーヴェにとっての、シアンみたいな存在になれなかったせいかな…………」


「そんなことはありません、リゼ様のせいではないです」


 エリシアはリーゼロッテの薄い背中を撫でながら、はっきりと否定した。

 幼かったリーゼロッテに、誰かを支えることなんて無理だったはずだ。仮に出来たとしても、周りのシアンたち大人が、リーゼロッテに綺麗なものしか見せようとしなかった。彼女には何の否もない。


「ありがと……エリシア、シアンも。ごめんね、辛いのも痛いのも、ボクだけじゃなくて、二人だって同じなのに」


 ジハード国王の面影が残るアメジストの瞳に涙を溜め、リーゼロッテはぎこちない笑みを浮かべた。


「ボク、いい王になるよ。支えられるばかりじゃなくて、誰かを支えてあげられるような王になる。だから二人とも、待っててね。待ってて」


「……絶対なれるッスよ。リゼ様なら」


 シアンは静かにリーゼロッテへ微笑みかけ、彼女の目尻に溜まった涙を拭ってやった。部屋にいた時からずっとエリシアに掴まれたままの袖とは、逆の手で。


「……隊長。隊長はだいじょう……」


「大丈夫だ」


 シアンが言い終わらない内に、エリシアは気丈な声で言った。


「大丈夫だ、シアン。でも……」


「でも……?」


「平気、ではないから…………しばらくは離さないでくれ」


「…………はいッス」


 エリシアは泣いていなかった。けれどその方が、シアンにはずっと悲しげに見えた。誇り高い彼女は、人が見ている前では涙を見せないのかもしれない。ならば、縋るように掴まれた手にだけは応えようと、シアンは強く思った。



 ほどなく、評議会の残りのメンバーは全て縄にかけられた。評議員はルインが捕まったことにより、観念したのか洗いざらい白状した。

 そして、ノーヴェ・シュトラインもまた、ある程度の収拾がついた頃に後任の者へ位を譲り、退陣した。




 事件が収束してほどなく、海が見える小高い丘に、シアンはミザリーの墓を建てた。墓には焦げついたミザリーのペンダントが添えられている。


 潮風に絹糸のような髪を靡かせながら、エリシアは墓に花を供えた。元々胸元や臀部以外はほっそりとしていた彼女だが、様々な処理に追われていたせいか、それとも精神的な問題か――軍服から覗く手首は、折れそうなほどだ。


 儚さが増した横顔で、エリシアは言う。


「……いい場所に墓を建てたな」


「はいッス。ミザリーは海が大好きだったッスから」


 翡翠の海を仰げる此処なら、ミザリーも喜ぶだろう。二年間も墓がなかったので、天国で拗ねているかもしれないが。そこは大目に見てくれよな、とシアンは墓前で謝った。


「……隊長」


 風に消えそうな声で、シアンが囁いた。

 胸に手を当てて祈りを捧げていたエリシアが、シアンを見る。シアンはブーツの爪先を見つめた。『災厄の埋み火』の記憶を思い出してから、ずっと胸に秘めていたことを、シアンはエリシアには知っていてほしいと思った。


「……実はオレ、『災厄の埋み火』の一週間前に、ミザリーの決意を聞かされてたんス」


「……決意?」


「あいつ、言ってたんスよ、『例え大好きな人たちでも、その人が悪い行いをした時には、間違いを正す』って。オレ、いつものミザリーの正義感が発揮されただけだと思って、気にも留めていなかった。けど……きっとミザリーはあの時すでに、ルインが反逆者だって知ってたんだ。あれは、ルインを止めようと決意して発した言葉だったんだ」


(……如何ばかりの決意を持って、ミザリーはオレに、そう言ったのか)


 人殺しへと身を落とした友人に丸腰で立ち向かうのは、さぞ怖かっただろう。大切な友人に自首を勧めるのには、かなりの勇気がいっただろう。殺される覚悟もしていたのではないだろうか。


 それでもミザリーは、そんな感情を誰にも悟らせることなく、ルインを説得しようとした。魔石を持つ相手に臆したりしなかった。


「刺し違えてでも止めようとした。ミザリー・クロックは、とても強い少女だったんだな」


「…………っはい……」


 足元の芝生がぐにゃりと歪んで見えた。目が熱い。芝生の上に、幾つもの白露が散った。

 歯を食いしばって泣くシアンへ、エリシアは困ったように微笑んだ。エリシアの痩せても柔らかさを失わない手のひらが、シアンの手を優しく包む。


「彼女の墓前で、そんな情けない顔をしてやるな。彼女は彼女の正義に従い、真摯に立ち向かっていったんだろう」


「分かってるッス。……分かってるッスよ……」


 苦境に立たされて決断を迫られた時、シアンが決意をしたように、ミザリーは二年も前に決意を固めた。その結果、ミザリーは命を散らすことになってしまったけれど、彼女の決意はシアンの心に残っていた。


 だから、これがミザリーの選んだ道だったなら……


「ミザリー……。命をかけてオレを守ってくれて、ありがとうな……」


 救えなくてごめん、とは、違うのだ。きっと。



 丘から引き返す途中、シアンとエリシアの手は繋がれたままだった。シアンから離す気は毛頭なく、エリシアもまた離す理由がないようなので、ごく自然に手は重なっていた。


「……エレメンタルガードの創設者であるシュトラインが宰相位を下りた今、機関が今後どうなっていくのかは、まだ分かんないッスよね」


「ああ。解体され軍に戻るのか、それとも特殊機関として存続されるのかは未定だ」


「そうッスよねー……。けど、オレ、これからも隊長についてくッス」


 白亜の階段を下りていたエリシアの足が止まったことで、繋がれた手がツン、と糸のように張る。シアンはその手を握り直し、今度は指ごと絡めた。


 ガーネットの瞳を瞬くエリシアへ、ふわりと笑いかける。


「もう、ミザリーの時みたいな過ちはおかさない。オレは番犬ッスから、今度こそ、大切な女の人を守り続けるッスよ」


「大切な、女…………?」


 呟くように繰り返すエリシアへ、シアンは力強く頷いた。


「そうッス。だから……いいッスよね?」


「……………………」


 ややあって、ふい、とエリシアはそっぽを向いた。穏やかな空気はたちまち霧散され、シアンは取り乱した。


「え、え? ダメなんスか!?」


 視線を合わせようとしないエリシアの表情を、シアンは回り込んで確認しようとする。すると、エリシアのきめ細かい頬に、うっすらと赤みがさしていることに気づいた。


「隊長?」


「……シアンのくせに、生意気な……」


 繊手で口元を隠しながら、エリシアは小さく唸った。それが照れ隠しなのは一目瞭然で、シアンの口角が緩んでいく。ニヤつくシアンに、エリシアは柳眉を吊り上げた。


「なにヘラヘラしてるんだ、バカ犬が!」


「違うッスよー、オレは隊長の番犬ッス」


「貴様……っ」


 階段を降り切るまでの間、エリシアは屁理屈だの何だのとごねていた。しかし耳の先まで染まっていた赤みが引くと、肩を落として「仕方ないな」と笑った。


「……そうだな、貴様は私の番犬だ、ずっと私の傍にいて、私を守れ」


「もちろんッスよ」


挿絵(By みてみん)


 ……ニーベルの現状を思うと、未来には片づけていくべき課題や困難が山積みだ。リーゼロッテはまだ幼く、新たな国政の担い手たちの手腕も未知数。ルインの襲撃による爪痕は各地に残り、国民の不安や不満を取り去るのにはまだまだ時間がかかる。そしてそんな問題に、シアンたちはこれからも直面していくのだろう。


 けれどきっと大丈夫だと、シアンは思う。揺るぎない決意を持つ今、シアンはきっとこれからも、エリシアと共に進んでいく。ミザリーに生かされた命が尽きるまで、懸命にエリシアや民を守り、生き抜くのだ。

 徐々に茜色を帯びていく西の空を見上げながら、シアンはそう思った。


完結までお付き合いくださってありがとうございました。もしかしたら

二部を書くかもしれませんが、まだその予定はありませんのでシアンとエリシアのお話はこれでおしまいです。楽しんでいただけたなら幸いです。

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