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そして辿りつく

 ――――今から十年も前のこと。

 後ろ手で拘束された年若い男が連行された先は、よりにもよって王の間だった。掃溜めのような街に住む自分には一生無縁と思われた高級な絨毯に、男は膝をついている。


 男の両脇には兵が立ち、槍を男の前で交差させている。その槍はまるで、薄汚い自分と、王座に座るジハード国王との世界を隔てているように、男には感じられた。


「宝物庫に入って盗みを働いていたのはお前か。警備の目を掻い潜ってよくやったもんだ。横流しされた金品も、足がつかないようにかなりの工夫がされていたようだし。……お前、賢いだろう」


 目に痛い金の装飾が施された背もたれから身を乗り出して、王は楽しげに言う。

 夜な夜な宝物庫から金品を奪っていた犯人を、物珍しさから殺す前に一目見ようと思ったのだろうか。

男はそう推測する。それなら、殺される前に皮肉や嫌味の一つでも言ってやろうと、男は伸び放題で痛んだ前髪越しに、王を睨みつけた。


「賢いなんて、恐れ多い。私は世間知らずな王が評議会の口添えを信じて税を増したため、貧窮に喘ぐはめになった自分を救うために、城から金品を奪っただけの卑しい身です。罰するなら罰すればいい。どの道、こんな国では、生きていくには希望がなさすぎる」


 男を連行してきた兵士たちから、非難や罵倒の声が降ってきた。

 しかし、真っ先に怒声を上げると思っていた王が静かなことに気づいて、男はやつれた顔を上げた。王は苦笑していた。


「――――希望がない、か。国主に向かってなかなか辛辣だなぁ、お前は。けど、ここ二百年近く評議会の操り人形な王が政治を執ってちゃ、希望もないよな。悪かった」


 男が思っていたよりも、ジハード国王は理性的な人物だった。そして、自分の現状も、冷静に見極めている人だった。王の深い紫の瞳が、男を見据える。


「なあ――お前なら、もっと民の意向に沿った政策を考えつくか?」


「それは、まぁ、そうですねぇ。私が為政者なら、増税よりもまず国力を上げるために――」


 つい夢中になって、男は国政の改善すべき点を延々と語る。兵たちが感心した声を漏らした時には、そこそこ時間が経っていた。


「って、裁きを待つ身の私が何を言っているんだか……」


 無駄話をしてしまったと、男は自嘲の笑いを零す。しかし、王は不思議そうに首を傾げた。


「どうしてだ? もっと聞かせてくれ。民の実情をよく知る、お前の話が聞きたいぞ」


「……聞いてどうするんですか」


 男は、じとりと王を見る。王は夢見る子供のような、眩い笑顔を返してきた。


「決まってるだろ。お前みたいな若造が絶望しなくて済むような、希望に満ちた国を作るんだ」


「……。王が出来もしない空想を語り始めるとは、いよいよニーベルも終わりですねぇ」


 男は幽鬼のように青白い頬を引きつらせた。一笑にふしてやりたかったが、どうにも王からは本気が窺えたので、それは憚られた。


「何だよ。俺には出来ないってか? それなら――――……そうだ、なあ、その希望、お前が俺と一緒に作っていかないか。お前の力を貸してくれ」


 どよめく周囲を歯牙にもかけず、王は朗らかに言った。ペースを乱されっぱなしの男の頭は、いよいよ混乱を極める。


「何を言ってるんですか貴方は! 私と貴方じゃ立場が――」


「お前意外と常識人だなぁ。俺とやっていくには多少変人じゃないとやってけないぞ? んじゃ……よっと」


 王座から立ち上がったジハード国王は、一直線に男の前まで歩いてくる。と、男の目の前でドシッと胡坐をかいて座った。


「これで同じ目線だ」


「……っ」


「おっ。お前、今、ちょっと俺と政治を執っていくのもいいって思い始めただろ?」


「前代未聞ですよ、貴方みたいな奇特な方は――――……」


「でも、悪くないだろ?」


 したり顔の王に、男は「うぅ」と詰まる。


「……ンまあ……そうですね」


「ほら! よしきた! な、じゃあ俺の手を取れよ。えっと、お前、名前は――……」




「ノーヴェ・シュトライン」


 シアンの尖った声が、宰相の執務室に響いた。

 猫足の執務机で舟を漕いでいたシュトラインは、ふと目を開ける。


「ンおや……失礼。少しばかりうとうとしていました。十年も前のことを夢で思い出していましたよ――――反逆者の捕縛に成功したと連絡を受けて、気が緩んでしまって……ンン?」


 セレッサからシュトラインの元へ直行したシアンとエリシア。二人の軍服が乾き切っていないことに気づいたシュトラインは、暖炉の前で温まるように言った。


「大義でしたねぇ。エリシアと忠犬くんは、帰ってきたその足で、ン私の元へ細かい報告に来てくれたんですか? それとも――――……何か他にも用がある、とか……?」


 入室してからずっと険しい表情のシアンたちへ、シュトラインはおどけるように言う。


「ン何だか殺気がビシバシきて、とても痛いんですがねぇ」


「真面目に聞いて下さい、シュトライン様……いや、ノーヴェ・シュトライン」


 シアンは大股で部屋を横切り、執務机に両手をついて言った。


「……『災厄の埋み火』のあと、入院中のルインの元へ訪ね、古記録を与えることでルインが評議会のメンバーを殺すよう仕組み、さらにその復讐が滞りなく進むよう評議会の個人情報まで教えてやったのは――――あんたッスよね」


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