慟哭の時
シアンの自室では、反逆者の正体がルインだと疑うエリシアの口から、ラゴウへと推測が語られていた。
「二年前は、反逆者が機密情報を知っている点から、内部に疑いが集中していた。だから情報の届きにくい田舎に住むシアンとルインを、特に事件で左半身に大火傷を負ったルインを疑う者はいなかった……。が、評議会が反逆者へ情報を流していたと判明した今なら、ルインが反逆者という可能性は大いにありえる。ルインは反逆者と同じく、左頬に火傷を負っているしな」
「けど、このご時世です。火傷を負った奴なんて、ごまんとおりやすぜ?」
ラゴウは髭のざらつく左頬を撫でて言った。
「それに、評議会とルインに、接点なんてありやすか?」
「先日、キルギスが本部で『ルーン村に行ったことがある』とシアンに言っていた。もちろん、それだけでキルギスがルインと接触したとは断定出来んが、ルインが犯人なら、様々なことに辻褄が合うと思ってな。例えば『災厄の埋み火』から一年間、反逆者の動きがなかったこと。ルインが入院して身動きがとれない状況だったせいならば、説明がつく」
「それに」
エリシアは続けた。
「ここ一年は評議員に縁のある場所ばかり襲っている反逆者が、二年前に評議会と関係ないルーン村を襲ったこと。襲った目的が何かは不明だが、わざわざルーン村を選んだということは、その地に関わりのある者という可能性が高いと思わんか」
「今だから見えてきた可能性っちゅうことですね……けど隊長、シアンは反逆者の声を聞いているって話ですぜ。その声は、シアンの知らない声だったそうじゃねぇですか」
「それは……」
エリシアはベッドに横たわるシアンの喉仏を、形を確かめるように撫でた。
「ルインが二年の間に声変わりをした、という説明ではダメか?」
「まあ、筋は通ってやすけど。仮にルインが反逆者だってんなら、やっぱ分かんねぇのが、ミザリーちゃんが生きているって嘘がルインにとって何の得になるかってことで……あ……」
ラゴウはシアンを見下ろし、会話を切った。シアンの睫毛が震え、目尻から耳へ向かって一筋の涙が流れていったからだ。
薄い瞼がゆるりと開かれ、琥珀色の瞳が覗く。
「ルインが嘘をついた理由はきっと……あいつが、オレの目の前で魔石を使ってミザリーを殺したことを、オレに思い出されたくなかったからッス……」
掠れ声で言ったシアンの言葉に、エリシアとラゴウが息を呑んだ。
両腕を顔の前で交差させて、シアンは目元を隠す。シアンの腕の隙間から流れる涙を見つめながら、エリシアは尋ねた。
「まさか、思い出したのか……?」
返事の代わりにシアンは鼻をすすり、声にならない嗚咽を漏らした。
「……『災厄の埋み火』を起こしたのは紛れもなく……ルイン・ソルシエール……ッスよ。あと、ルインの火傷の治療に携わった医師たちは、評議会の息がかかってると思うッス……。ルインは右胸に火の魔石を埋め込んでる。なのに今日までルインが反逆者とバレてないってことは、知ってて見逃したってことッスよね」
「……お前さん……泣きながら言うことじゃねぇぞ……」
ラゴウは痛ましいものを見るような目で、シアンを見下ろして言った。
シアンは目元を隠していた腕を退け、真っ赤に充血した目を歪めた。
「あと……オレも、内通者みたいッス。リゼンタとロシャーナに近寄るな、なんてミザリー宛てに書いて送っちゃったんスよ。そこに魔石を隠してること、ルインに言っちゃったようなもんッスよね。実際、オレが手紙を送ってすぐに両方の街が襲われたし……。オレ、最低ッス……」
「故意にやったわけではないだろう」
エリシアがきっぱり言った。
「それに私も『災厄の埋み火』でルインを助けている。私もルインに手を貸したようなものだ」
「そ、それは違うッス……! 隊長はルインが犯人だと知らなかったからで……っ」
「そりゃ、お前さんもそうだろう?」
ラゴウは眉を下げて言った。
「それにルインは、元々議員に縁のある街を把握しとった。お前さんが情報を漏らさなくても、いずれは襲撃されていただろ。襲われる順番が早いか遅いかの違いだけだ」
「でも、オレの落ち度であることに変わりはないッス!」
「そりゃ、そうかもしれんけんど……」
「シアン。今大切なことは、責任を追及することか?」
エリシアの言葉に、シアンの喉がヒクリと音を立てた。
シアンは流れ続ける涙を止めようと、下唇を噛みしめる。それを咎めるように、エリシアの親指がシアンの下唇を撫でた。
「……きついことを言うが……シアン、後悔より先にすべきことがあるだろう。懺悔はいつでも出来る。今は生きている人間に目を向けろ」
「……………………」
「これ以上被害が出る前に、ルインを捕まえるぞ。いいな?」
「…………はいッス」
「よし。……邪魔して悪かった。今日はもう休め」
シアンの弱弱しい返事を聞くと、エリシアはラゴウを伴って退室した。
シアンは固く握りしめた手に痛みを覚え、視線を落とす。握ったままだったペンダントの金属部分が、手のひらに食い込んでいた。
「――――……ミザ、リ…………っ」
ミザリーとの思い出が溢れ出しては、胸を締めつける。喉に熱いものがこみ上げて息が出来ない。シアンのすすり泣く声だけが、室内に木霊した。




