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過ちの恋  作者: 桜 詩
42/60

42,さようならの伝え方

 決めたことなのに……。日々は彩りをなくしてつまらないことだらけだ。

生きる力さえ、湧いてこない。


セシルは自分は冷静に判断をしてそれは正しい事だとそう思っていた。

何もかも……、ギルにとってもセシルにとっても。

そうでなくては、ならない。


今はきっと……苦しいけれどでも、いつか……。

そんな、日が来るとはなかなか思えないけれど……。

いっその事、死ぬほど泣ければいいのに、自分から逃げ出したセシルにはそれは赦せない事だ。


泣くのは……ボロボロになるまで心を貫いた時に、赦される気がした。

傷つくことを恐れそれよりも、諦める事を選んだだけ。


それなのに……


今の方が取り返しのつかない過ちをしている気さえする。

ギルはまだ、セシルへの手紙を止めようとしない。受けとることをやめたというのに、扉に挟まったままの手紙は日々増えていく。


扉が叩かれてしぶしぶセシルは返事をした。

「だれ?」

「ブロウです」


少しだけ扉を開けると、ウォーレンが立っていた。

「受け取ってください。受け取ってもらえないと、帰れません」

「もう……持ってこないで下さい」

「扉の前で凍死されて良いのなら」


ウォーレンはそこまでするだろうか……?と思いながら見て、ひんやりとした空気とそれから白く血の気の薄れた肌を見て、セシルは彼もまた振り回してるうちの一人だと思った。

「受け取っても……もう読まないから、出さないでと伝えてください」

「伝えます」


手紙の束を手に取り、セシルは部屋の中へと入った。

すっかりと冷たくなった手紙は、セシルの指から熱を奪う。

捨てよう……それがいいと、わかっている癖にどうしても出来ない。

宝石箱のネックレスと指輪も、隅に押しやるだけ。


ニコルの所へ行くべきか?フルーレイスへの行き方は……。

思い付いて、セシルはマダム エメの元へ行くことを決めて久しぶりの外出をした。


「せめて春を待ちなさい、もうすぐ来るのだから。冬の旅は危険よ」

「……やっぱり……そうですか」

予想通りの答えにセシルはやるせなくなり、ため息を吐いた。


「別れたの?」

「その、つもりですけど」


嫌いで別れた訳じゃない分、揺さぶられると決意はがらがらと崩れそうで。だから逃げ出したくなる。


「ミリアが戻ってきたら、仕事をしっかりしていればきっと……上手くいくわ。あの彼と別れることは、セシルにとってとても、勇気ある決断だったと思うけれど、それがいいわ」

「……みんな……そう思うの?」


マダム エメは痛いような笑みを浮かべる。

(ギルと過ごすことは……過ちだと)

「ええ、そうね。正しい事よ」

「正しい事」


はじめからそうではないと気づいていた。

けれど希望はあると思ってた。でもそれは彼が王子だと知るまで……、もしもその前にエリアルドとフェリシアの婚礼を見ていなければもっと楽観的になれただろうか?

完璧なロイヤルウェディングは、どうしたって差を見せつけた。



 それなのに忘れようとして、夢に見て忘れることのない自分に気づく。

休むことなく届けられる手紙は、彼の香りさえ放つようで

全てを凍らせるような寒さは、セシルを部屋へとギルの想い出と共に閉じ込めて


忘れさせようとしない。


春が来る……。そうしたら兄の所へ行こう。でも、その前にきちんとさようならを告げないと、二人のために。


セシルはペンを持ち、文字を綴る


《ギルへ

あなたと出会い、過ごしたこの1年は私にとってとても楽しくて夢みたいに綺麗で。

独りでいた私はたぶん、あなたとの恋が全てになってしまった。

それくらいに夢中だった。

過ごした日々はきっといい思い出として記憶に残る。

だから、この楽しかった記憶のまま終わりに、

これからの活躍を祈ってる。


もう、約束の手紙も終わりにしてください

セシル》


その手紙を扉に差して、それがなくなるのを見届けた。


そしてその次の日、手紙は来なかった。

それは望んだ事なのに、ほんの僅かな繋がりまで絶ちきられて

後悔という物が苛んでくる。


手紙が来なくなり、もう何日逢っていないかを分からせなくなった。そんな時、扉はノックされた。


「だれ?」

でも、ノックの仕方で誰だかは分かっていてセシルは扉越しに立った。

「俺、ギルだ。ちゃんと会いたいんだ、手紙じゃなくてきちんと話で」

扉の向こうに立つ姿をセシルは透かしてみてるかのように、鮮明に思い出した。

「やっと………」

セシルは声を出した。


「ギルが来ないことに慣れた所なの」

少しでも見てしまえば、また忘れるのに時間がかかってしまう。こうして扉越しの声だけでどれほどの……意思をもって開けるのを堪えているか

「話をするだけ、中に入れて欲しい」

「無理よ、出来ない」

「どうして一人で何もかも決めてしまう?」

「本来なら会うはずじゃなかったんだもの、そこからすべて間違いだった」


「そんな事は最初からだと、セシルも分かってた。俺の身分が、そう思わせるのか?それで……無かったことにしたいと?」

「無かったことになんて」

「ああ、そうだ。出来るはずがない!」

はじめて聞く怒りの混じった声にセシルはビクリとした。


「……俺は……身分が違うって分かっていながら、飾らず……素直に。笑顔になったり、なんてことない話をしたり、寝そべってお菓子を食べたり……。なんてことない事が誰といるより楽しかった。それをずっと側で見ていたかっただけだ。場所がどこでだとか、関係なく。王宮だとか、アパートの小さな部屋だとか、どこでも……」

「ギル……」

「分かり合えてると思ってた。セシルも……身分なんて関係なく同じ空気を楽しんでる、そう思ってた。なのに……名前が……、君を変えてしまうなんてな……ガッカリだ」

しばらくそのまま、沈黙がおりる。


「……開けてはくれないんだな……」

外から、身じろぎをする響きが届く。

「分かった……、もう。来るのはやめる」

セシルはその言葉にハッとした。


「手紙も、やめた。すべて……君の言うとおりに……する」


そして少したって、階段を降りる音がした。


ギルが……本当に……。


もう逢えないんだ、とそう思ったらセシルは勝手に部屋を飛び出して、街路へと走って下りた。


左右をみて、ギルの後ろ姿を遠くへ見つけて走り出した。

長身の彼は歩く速度も早くて、すでにその背は小さい。


早く……早く。


追いかけてどうするのかは頭には無くて……。


「あぶない!」


えっ……。

と思っていると、追いかけていた目線の先にこちらへ向かって走っていた馬車の馬が突然……氷だろうか……それに脚をとられ滑らせて横転していた。馬車はそれにつられて大きく傾げていた。


そして………セシルの方へと、馬車から外れた車輪が勢い良く転がってきたのだった。


…………


声は……少しも、出なかった。

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