41,告白 (Gilseld)
ギルセルドはいよいよ父王 シュヴァルドにセシルの事を話すつもりでいた。執務室での仕事を処理してその足で王の執務室へと向かった。
そこにいるのは、宰相であるベルナルド・ウェルズ侯爵とそれからアンソニーをはじめとする従者たちがいた。
「父上……、息子としてお話があります」
ギルセルドのこの言葉に人払いをしてくれるのかと思った。だが、
「このまま、話せ」
生真面目なシュヴァルドは、顔こそギルセルドは似ているが、その性格は兄の方がむしろ似ている。
息子として話したかったが、口調は王のそれで、全くもって父としてではない。
このまま、とはつまりここにいる人達には隠さなくてとよい、という事だ。
「会わせたい人がいます。時間をとってくださいますか?」
ギルセルドは単刀直入に言った。
「良いだろう」
「……え?」
「良いだろう、と言った。ただし条件がある」
シュヴァルドの意外な答えにギルセルドは少し面食らう。そして条件があるという言葉に顔を引き締めた。
「会うが………この中の一人を選び、婚約しろ」
「……なぜ?」
引き出しから出された書類には、6人の女性の詳しい情報が書かれていた。もちろんそこには、セシルの名はない。
「お前の、というよりはその会わせたいという、お前の恋人の為だ」
「ふざけてますか」
「貴族でも富裕層でもない労働者階級の娘に、お前の妃という荷は重いだろう。そこに並べたのは、爵位はあるが家計は火の車。資金援助をすると言えば……たとえ……結婚前から恋人のいる王子の妃でも引き受けるだろう……。もし、別れるなら、残りの家も経済的にも問題の低い、候補者だ。どの女性を選んでも、お前の恋人よりはましな身分だ」
「つまりは……反対だと」
「反対なのではない。役割を果たすよう求めているだけだ」
「私は、息子として話に来たつもりですが……。そういう立場でしか考えなくてはいけないのか?――――それなら誰とも婚約はするつもりはない。不誠実な事はしたくない」
「充分……今のお前は不誠実な男だ。自分勝手な。そして私はお前の父であり王である、つまりはお前が一人の男として王家の一員として役割を果たすことを望む」
ギルセルドはシュヴァルドの言葉に目を閉じた。
「お前が何をしてきたか、知っている。だからこそ、こうして準備をしていた、大人になったのは年だけだな。立場をわきまえず……一人の女性の人生を変えた。その事を忘れるな」
「とにかく……この書類は受け取らない」
「お前の恋人に話をしてみろ。どうせ……きちんと話すことすらしていないんだろう。話してみれば、私と同意見が返ってくる。馬鹿な……楽観的な見通しをしているのは、お前だけだ」
ギルセルドは睨み付けると、足音も高く扉を力任せに開けてそして閉めた。
言い負かされ、八つ当たりなんて最低だが……。
自分の行いが言われている通りなのは、頭を殴られたくらいの衝撃だ。
このまま屋敷へと行ってはセシルを心配させてしまう。ギルセルドは一度自室へと向かい、考えを纏めようとした。
シュヴァルドの言葉はギルセルドの胸に突き刺さり、それをひっくり返せるほどの言葉が出てこなかった。
***
シンストーン ハウスへと向かったのは、日が暮れはじめた頃になった。
慣れない屋敷できっと心細くしていると、焦る気持ちを必死で抑えながらセシルの待つ部屋へと向かった。
静かな部屋は、灯りがまだついておらず薄暗かった。
「セシル?具合でも悪い?」
探す人影は、ベッドの上にあった。
淡いオレンジ色のデイドレスを着たままで少し顔色も悪く見えた。
「へいき……」
ゆっくりと体を起こしたセシルは、どこか弱々しく見えて、いつもなら顔を合わせば向けられる輝くような笑顔はなかった。
起き上がったまま、目の前のギルセルドに軽く額をつけ、セシルは胴に腕を回してきた。
「ギル……、私。明日にはここを出て家に帰る」
「なぜ?まだ約束の日は」
まだセシルはここへいられる予定だった。
「だめよ……。もう私たちは一緒にはいられない」
「どうして、そんな事を」
思わず責めるように言ってしまった。
「ギル……あなたの名前をもう一度……私に教えてくれる?正式なものを」
その言葉にギルセルドは息を飲んだ。
「聞いて……嘘をついた、訳じゃない」
「わかってる。嘘をつかれた訳じゃないと思ってる……ただ言ってなかった……言えなかっただけ?」
ギルセルドの胸元にあるせいで、セシルの顔は見ることが出来ない。
ただ、回された腕がすがりつくかのようで、ギルセルドはその腕を外して横に座り、動揺して揺れる瞳を見つめた。
「俺の……名前は、ギルセルド・アルジーン・レイヴァース・ウィンチェスター・イングリス」
滅多と名乗ることのないその名前だ。王子ギルセルド、で全てが通用するそんな世界に居たからだ。
「それは……ギルはこの国の……」
「それで合っている。俺の父は、王だ」
「そう……。どうして……気づかなかったのかな」
少し乱れたストロベリーブロンドをギルセルドは手で整えながら、セシルの気持ちを理解しようと、目の動きを覗きこんだ。
「知られたら……変わる気がした」
「それはわかる……。きっと、そうだった。はじめに知っていたら……今ここにはいなかったはず」
セシルに触れていたその手は、小さくて細い手が捉えてそっと下ろされる。
「これまでにした約束を、私は守る事ができない。家族に紹介するというのを信じて待つとも言ったし、この手を離さないとも……言ったけれど……。でも私はもう、ギルとは一緒にいることは出来ない」
「いやだ、それは駄目だ」
ギルセルドはセシルの言葉を否定した。
受け入れがたい、とても。
「大丈夫……、今はまだ気持ちの整理がつかないだけ。ギルはきっと、自分にあった道を行ける。私も……私の世界でやっていける。それが一番、私とギルの世界は……あまりに隔たりすぎて重なることも触れあうこともない。私たちが会ってしまったのは、間違いだったの」
「身分が違う事なんて最初から分かっていただろ?どうして今頃、それが駄目だなんて言う」
「ギル、それが一番いい。私はあなたの世界では生きていく事は出来ないし、ギルだって私の世界で生きていく事は出来ない。だからもう……会わない、それが正しい事なの」
「無理じゃない、ちゃんと考えれば一緒にいられる道は必ずある」
「やめて、無理を通そうとしないで。あなたはこの国の王子なのよ、それがどれだけの事を左右させるか私にだって分かる、大丈夫。………今ならまだお互いにあるべき世界でちゃんとやっていける」
父シュヴァルドの言う通りだ。セシルは同じ事を言う。
「考え直して欲しい」
逃がしたくないとばかりに、腕に抱いてそう説得し続けてもセシルの意思は硬く翌朝を迎えた。
馬車に一緒に乗り、家まで送ることになった。
「今日は帰る。でも、もう一度考えて……俺を拒否しないで欲しい」
「ギル……でも」
「答えは今日はやめてくれ」
頷いて階段を上がっていくセシルに、当たり前だが笑顔はなくてそんな顔をさせたのは他ならぬ自分だと思うと、自分を絞め殺したくなった。




