40,真実
屋敷の名はシンストーン ハウスと言うのだと、ギルには教えられた。ここでの滞在は、文字通り朝も夜もギルと共に過ごし良く聞く『幸せすぎて怖い』という状態ではないだろうか?
ただ……昼間はギルは、どこかへと出掛けていく。
それに、気になる事があった。それは社交シーズンを終えれば貴族たちはほとんどが領地へと帰るのだけれど、ギルは今年は帰らないという事だろうか?
もしかすると……セシルとの事が原因で家族と上手くいっていないとか?ギルはセシルを護ろうとはしても、悩みや問題を何も話してくれない。
滞在するうちに、セシルは少しずつ行動範囲を広げて時々ここで働くノヴェロ夫人や、彼女が指示をしている女性たちを見つけることがあった。
antique roseの客としてお喋りを楽しんだ、お屋敷に勤めているメイドたちからセシルは彼女たちの仕事の話を聞いたことがある。
主人たちとは入り口はもちろん歩く所や階段も違うのだとか。
掃除の時だけは、主たちがまだ眠っているうちにすると聞いたことがあった。そして、屋敷に雇われているうちは、その家の物であり衣食住は確保されている代わりにあまり自由はないのだとか。朝から夜まで働くので、勤めの長いものほど独身者が多いのもその為だ。
この屋敷では上級の使用人はメイド長のノヴェロ夫人とサリー。
執事はカラム。それに従者はフィンレイというらしい。あとは通いのコックとキッチンメイドがおり、屋敷を最低限維持しているらしい。
らしい、というのはセシルのこそこそとした探索の為にだ。
「それにしても……あの女性はいつまでここに?」
キッチンメイドとそれからサリーが洗濯をしながら話していた。
「しぃ、秘密でしょ」
「誰も聞いてないわ」
キッチンメイドは好奇心旺盛なようで、噂話がしたくて堪らないようだ。
「たぶんしばらくは……」
サリーも声を小さくしたが、キッチンメイドの話に乗り掛かった。
「まぁね、仕事的にはいいよね、これまでよりも滞在してくださった方が張り合いがあるし。でも……気になるのはサリーも、同じでしょ?」
「たぶん、身分の違う恋人なのよ」
セシルがどういう女性なのかそれが興味をそそっているらしい。
「だろうと思った。だって、身分が合うならここでこそこそと、囲わなくてもいいものね」
「囲うって……」
「だってそうじゃない。ベッドは……1つなんでしょ、あ~あ、なんだかご主人様を軽蔑してしまいそう、どちみちそれなりのお相手と結婚するんでしょ?本命の恋人はここへ住まわせて、お飾りのお妃様は王宮でって……うまく都合の良いように扱うんだわ」
「アンナったら、言いすぎよ」
「かわいそう……、こんなところに押し込められて、待つだけなんて。私なら嫌だな、愛人とか。今は社交シーズンじゃないからよく来れるけど、始まったらきっと……これまでみたいにめったに来ないわ」
思わず動揺して、セシルは物音を立ててしまって、サリーとアンナと視線が合ってしまった。
「あ」
アンナが口許を押さえた。
「ごめんなさい……歩いていたら、道がわからなくなって」
セシルは身を翻して、あちこちを適当に歩いた。
どこをどうやってか、部屋へたどり着いた。
二人の会話が耳をついて離れない。
―――――そうだ。
二人の言っていた事は………正しい。
未婚の娘が、結婚どころか婚約の予定もない相手のその屋敷で寝室を共に過ごしている。
これが囲われている愛人で無くて、なんなのであろうか。
目が覚めた……そんな気がした。
[気をつけなさい]
[自分を大切に]
忠告なら………周りの人に散々言われたというのに、セシルはそれを、いつも事態を良いように解釈してきちんと理解しようとしていなかった。
真実を見ようとしていなかった。
離れる事を考えるだけで、引き裂かれそうな気がした。
けれどここで、このまま……彼の愛人として暮らすのは更に、耐えられそうになかった。
そもそも……家族に紹介するというのは、その先に本当に結婚という道筋が続いていると、セシルは心の底から信じていたのだろうか?
思えば……その先の事を考えないようにしてきた。
つまりは……セシルでさえ、無意識には分かっていた。
それから……、もう一つ。
さっきの会話で気になることがなかったか?
動揺していたから……けれど、考えなくてはいけない。それを怠ったから、今のこの状況があるのだから
[お飾りのお妃さまは王宮でしょ]
アンナはそう言った。
(………妃?)
王宮……、王宮にいるのは……だれ?
エリアルド王子……それから……彼には弟王子がいたはず、その名前は……。
(考えるの……!)
ギルセルド……王子だ。
ギルとギルセルド……。愛称はきっとギル……。
温室のある……アボット邸。
アボット伯爵は………たしかクリスタ王妃の弟。
「うそ………」
おかしな事なら他にもある。なぜギルは変装を……、それはただの貴族じゃないから……街をそのままで歩くにはきっと目立ちすぎてしまうのだ。
それならこの屋敷は………彼の持ち物?
だからここなら、逢うのに都合が良かった?
魔法のように現れる馬車……。
思い出すのは、エリアルド王子とフェリシア妃のきらびやかな姿。
その世界に、ギルは存在してる……。




