11,秋の花 (Gilseld)
ギルセルドは、王都を離れオルグレン侯爵家のカントリーハウスを訪れていた。屋敷の主人はギルセルドの祖父にあたる。
オルグレン侯爵 カルロス・アボットは70という齢を過ぎた老齢ではあるが衰えを感じさせない矍鑠とした人で、エリアルドとギルセルドが結婚したら、爵位を息子であるエドワード・アボット伯爵に譲り隠居生活するとギルセルドに公言していた。
深まる秋の気候の中、ギルセルドはこの屋敷に招かれた客人たちと共に狩猟に参加していた。これも、社交という王子としての立場上大切な務めの一つだった。
この頃の令嬢は、大人しく慎ましやかな女性であれ、というよりは、狩猟にも活発に参加するような活動的な女性であれ、というような風潮になっていて、これまでなら参加する女性は少なかったのに、近頃はとても増えていてギルセルドを少しうんざりとさせていた。
「殿下、あちらの方ではありません?」
隣で馬を御しているのは、乗馬服に身を包んだ若い女性だ。
「あちらには、別のグループが追ってますから私はこのまま進みますよ、よろしければフリップを連れて行ってみますか?」
コゼット・ベイリアル バジェット子爵令嬢の意図はなんとかギルセルドと二人きりになると言うことだ。
それも、ギルセルドを通り越してエリアルドを狙っているのがよく分かる。彼女の家は裕福だ、それは元々大きな貿易商をしていたベイリアル氏が金貸しを始め、そして借金まみれになった前バジェット子爵から爵位を買ったのだ。
近頃、世の中の流れに上手く乗れず、地位を維持できない貴族が目について来ている。旧き時代の貴族の誇りなど、こうした新しい流れの中には何の役にも立たない。
爵位を維持すること、領地を経営する事は各領主の裁量であり、王家の役割ではない。
ギルセルドが微笑みを絶やさず、上手くあしらおうとすると、コゼットはむっとした顔を隠そうともしない。
いくら貴族らしく装っても、ギルセルドには彼女には品位というものを感じとる事が出来なかった。
グループからはぐれたふりをして、勝手知ってるオルグレンの領地を馬を走らせてギルセルドは川のほとりへと向かい、そこで馬を降りて、木に凭れ座った。
秋と言えば、春と比べると華やかな印象はないのだが、川べりのそこに花を見つけると、その可憐な姿形はセシルを思い出させて、濡らしたハンカチにくるんで持ち帰る事にした。
まだほとんどの客人たちが狩猟に出掛けている為に、屋敷はしんとしていて、出掛けなかった祖母のマーガレットがギルセルドを出迎えてくれた。
「怪我でもしたのですか?」
早く帰って来た孫を、心配する表情だ。暖かい人柄は優しく包み込むようだ。
「いえ、おばあ様。それよりも令嬢に、疲れさせられました」
素直にギルセルドはそう祖母に告げた。
「その花は?」
手に持っている花に気づくと、マーガレットは口元を綻ばせた。
「……王都にいる人に贈りたいのですが、そこまで枯らさずにできるでしょうか?」
「あら、任せて。もちろん、手紙も書くのでしょう?」
「はい」
「じゃあ、後で部屋に届けるわ。きっと贈る相手は喜ばれるでしょう」
セシルなら、こんな名もわからない花だとしても、心から喜んでくれる気がした。左手のサヴォイ公爵の紋章のシグネットリングの横、その小指にはまっている彼女の指輪は、細いのにその存在はとても大きい。
フリップが今後の成長に期待して、何かと教え込んでいるウォーレンに使いを頼むことにして、ギルセルドは客間で手紙の内容を考えた。
ギルセルドを探して戻ってきたフリップは
「……まぁ、お気持ちは分からなくはありません」
それはきっと、コゼットをはじめとするお年頃の令嬢とのやり取りを見ていたからだろう。
書きはじめの手紙がセシル当てだと分かると、
「……それほど、お好きなんですか?」
「……フリップがそんな事を気にするとは思わなかった」
「………上手く、いくと良いですね……」
「いくわけがないと、思っているみたいだな」
「そう、聞こえたならそれは、殿下のお気持ちのどこかにそういうお気持ちがあるからでは?」
「知られてはいけない、そう助言したのはフリップだったな?」
「左様に申し上げました。ですが、その意見を取り入れられたのは殿下でおられる。つまりは、そうするのが正しいと思われているのでは?身近な方にさえ話せないのは、上手くいってないという事と同義です」
「折を見て、家族に紹介はしたい」
「セシル嬢には話されるので?」
「……迷っている。どんな反応をするかまだ、わからない」
「今の関係を壊したくないと、そういう事ですか」
「そうだな、それが一番近い」
「セシル嬢が、ミス コゼットの様に成り上がりでも、レディ コーデリアのように貧乏でもなんでも、貴族でさえあったら、もう少し簡単でしたかね?」
「余計にややこしい。まずは兄上の妃が決まらなくては」
「左様ですね」
間もなくして、鮮やかに保つ加工を施された花と、そして手紙をウォーレンに預けると、彼は王都へと使いに走ったのだった。
セシルが貴族の娘であったなら、ギルセルドは彼女に会いに行くのを我慢した、かも知れない。そうでないからこそ、心のままに会いに行くのを止められなかったし、今となって例えば実は、貴族でした、と言われても押し殺すのはとても、簡単な事ではなく、大きな鉈を振り下ろすほどの決意がいる。
ここでの、滞在が終れば王都へと帰れる。
そうすれば会いに行く。
ギルセルドはそう、固く心に言い聞かせ、帰ると手紙で告げた日を脳裏に焼き付けた。




