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過ちの恋  作者: 桜 詩
10/60

10,手紙

 会いに来てくれる以外の事はきっと出来ないのだと、そんな風に思っていたセシルにギルからの使いが家を訪ねて来たのは、flying pumpkinで食事をしてから数日たった時だった。


「セシルさまですね」

若いまだ少年のような男性は、ギルの家の使用人らしくウォーレン・ブロウと名乗り名刺カードを渡してきた。

「はい、そうです」

「ギル様からのお手紙です」

「ええ、と。あの、返事を書きたいのですけど、明日もう一度来てもらう事は出来ますか?」

そうセシルが言えば、彼は微笑んで

「了解しました、それでは明日にまたこちらで」

ときっちりとお辞儀をして、去っていった。


はじめてみるギルの文字は流麗なのに、Yに独特のクセがあるのがなんだかとても彼らしいとセシルは微笑んだ。


手紙には、しばらく王都を離れているから会いに行けないと、それから、来月には帰ってくるから真っ先に会いに行く、ということが書かれていた。


やはり、たくさんの貴族がそうであるようにギルはきっと領地に帰るのだとそう思った。


ギルのように流麗な文字を綴る事は出来ないけれど、セシルは一文字ずつを丁寧に書き上げた。なんと書こうかと、迷いそして、旅を気を付けてと、帰りを待ってる。と至って普通の手紙になってしまった。


翌日また同じくらいの時間にやって来たウォーレンは、手紙を受けとると帰っていった。いつ、あの手紙はギルの元へ届くのかと、小さな一人住まいの部屋の、壁の棚には引き出しがありそこへその手紙をしまったのだけれど、それは毎日手に取り、眺める事になってしまった。

それにしても……、ギルはセシルとのことをどこまで周囲の人に知らせているのだろう?こうして手紙を言付けられるというなら、何人かは自分達を応援してくれているのだろうか?



 また来るのか来ないのかと、焦らされながら、そしてそわそわと待ちに待った使いは、セシルにとってはながい日数で訪れてウォーレンは、またギルの手紙と小ぶりな花束を携えて家へと来たのだった。


「ギルさまからの贈り物です」


花束の花は可憐な雰囲気の白い小さな花とそれから紫色の変わった形のもの、それにピンクの野薔薇だった。

白いリボンで形よく結ばれて形よく整えられたそれは、どれだけ急いで届けられたのかと感心するくらいに、瑞々しく咲いていた。


「ありがとうございます。急いで、届けてくださったのですね」

「いえ、仕事ですから」

ウォーレンは何でもないと誇らしげに言った。

「またお返事を、お届けしますか?」

「はい、お願いしても良いでしょうか?」

セシルの言葉にウォーレンは頷きながら、

「ではまた明日に」


ギルの手紙には、王都へ帰る日にちが知らせてあり、その日を一緒に過ごせないかという事で、離れていた間もセシルが会いたいと思っていたように、彼も同じ気持ちで居てくれたのかとそう思えば、自惚れでもなんでもふわふわと浮き立つ気持ちはあふれでていつも以上に、髪はすいたし結うのも、いつもより複雑になった。

antique roseのある通りにある、Dazzlingという店には化粧品が売っていてセシルはそこでヘアオイルだとか、石鹸だとか香水を買っている。顔馴染みの店員は

「いらっしゃい、セシル。いつもの?」

「そう、いつもの……」


そう、いつもの物を買いにきたつもりなのに、普段なら贅沢品だと目を向けない白粉だとか口紅だとか頬紅だとか、そういうものがキラキラして見えて綺麗なケースと女らしい色合いが誘っているかの様だった。


「あら、お化粧してみたいの?」

「ちょっとだけ、気になっただけなの」

「セシルはまだ、そのままが一番可愛いわ」

「ありがとう、褒めてくれて」

「お世辞じゃなくて、本当によ。どんどんきれいになって……、セシルのお父さんが生きていたら、きっとやきもきしたに違いないわ」

「さぁ、どうでしょう。何も私には言わない人でしたから」


いつもの商品だけでなく、つい淡い色の口紅まで買ってしまって、セシルは店へと向かいopenにした。


 父が生きていたら、ギルとの出会いは無かったかもしれない。

一昨年、フルーレイスに取り引きのある店へ行き、病に倒れた父。その父に会いに行ったニコルは、向こうの国で葬儀をすまてた、だからセシルにはまだ旅の途中のように思えていた。

幼い頃に母は亡くなり、セシルはいまたった一人。

ニコルの代わりに預かるだけの気持ちで始めた店だけれど、いつしか孤独を紛れさせていたのかも知れなかった。


 小さな頃は店の上に3人で暮らしていて、16歳になったのを気に父が今の部屋を借りてくれた。今、父と兄のいない店の上の部屋をセシルは住まう気にはなれなかった。ニコルももしかすると、父の気配の残る部屋に帰るのが辛いのかも知れないとそうふと思った。古い新聞を見つけて、もらったばかりの花束を色褪せないうちに押し花にして残しておきたくなって店の奥で、花瓶にさした分と、押し花にするものをわけて、新聞の上に丹念に並べた。


薄い紙の上に、花びら一枚ずつを綺麗に並べて、新聞をまた重ねる。店にあるアイロンで熱を加えると早く鮮やかに仕上がるのだ。


「セシルさん?」

声をかけてきたのは、エスターだった。

「おはようございます、ミセス・アンドリュース」

「押し花、ですか?」

「そうなの。頂いたお花が綺麗だったから、残しておきたくて」


出来上がった押し花は、薄い透けるほどの紙の上に綺麗に並べて上から蝋引きにすると、透明感と艶が出て、生花とは違った美しさがある。


「これも素敵な商品になりそうですね」

「本当?」


出来上がったその押し花を棚の上において、エスターに休みを告げる。と、エスターは快く頷いてくれた。

「お休みにしても大丈夫?」

「ええ、もちろん。息子と私もひさしぶりにゆっくりしてきます」

そう言ってもらえてセシルは少しホッとした。自分の都合で休むことに躊躇いがあったからだ。


いつものように、一日が過ぎて、家に戻ったセシルはもうひとつつくった押し花を額に入れて部屋に飾った。ほんの少しのその飾りが笑顔にしてくれる、そんな暖かくなれる物を得ることが出来てセシルは枯れない花をゆっくりと撫でた。

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