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読んでいただいてありがとうございます。ブクマ、ポイント、本当にありがとうございます。そして、この話をGW短期決戦で書こうとしていた自分の無謀さよ……。
モーリスは、休日を利用して実家に戻ってきていた。
普段は騎士団の寮で生活をしているのだが、たまに顔を見せに実家に帰らないと母がうるさい。
父はいつものように友人のところに行っているようだが、母は帝都に残っているので仕方なく帰ることにした。
父はよく友人の領地に遊びに行かせてもらっている。
モーリスの家は騎士として爵位をもらった家なので領地を持っていない。
ひょっとしたら父は領地を持つということに憧れを抱いているのかもしれない。
「モーリス」
家に帰ると母が青ざめた顔をして出迎えた。
「母上、何か?」
「あなた、リディアーヌさんとの仲はどうなっているの?」
「リディアーヌ?何で急にそんな心配を?リディアーヌとはいつもと変わらないよ。アイツが騎士団に顔を出す時に話をしてるよ」
「それだけ?」
「は?それ以上、何もすることはないだろう?どうせ結婚したら、嫌でも毎日顔を見ることになるんだ。今はたまに話すくらいでちょうどいい」
面倒くさそうな顔でリディアーヌのことをぞんざいに扱っていると話す息子に、母は意を決した。
「あなた、本当に知らないのね?」
「だから、何を?はっきり言えよ」
「……リディアーヌさんが男の人とデートをしている姿を見た人がいるの」
モーリスは、母の言葉の意味がすぐに理解出来なかった。
誰が、デートをしていた、と?
誰が?リディアーヌだ。
リディアーヌが自分以外の男とデートをしていた?
そんな……そんなこと、あるわけがない。
アイツは、俺の傍にいつもいたんだから。
アイツが俺の実質的な婚約者であることは、誰もが知っている事実だ。
アイツに手を出す男なんていない。
アイツにはそんな魅力もないし。
あぁ、そうだ、きっと見間違いだ。
リディアーヌにデートをする相手が出来た?
そんなこと、絶対にありえない。
「母上、それはその人の見間違いだ」
そうだ。モーリスの傍にいるのが当たり前の女を相手にするような男なんていない。
だから、きっと見間違いだ。
自分の口から出た言葉にモーリスは納得して、うっすらと笑った。
「でもモーリス、その方は絶対に間違いないと言っていたわ」
「違う。絶対にそれはリディアーヌじゃない」
母からリディアーヌが他の男とデートをしていると聞いて、一瞬頭が沸騰しかけたが、冷静に考えればそんなことは絶対にありえない。
そもそもどこで知り合ったというのだ。
リディアーヌは皇宮で仕事をしているが、騎士たちはリディアーヌがモーリスの婚約者同然の人間だと知っている。
文官くらいしか知り合う機会はないだろうが、文官と比べたら、騎士である自分の方がカッコイイに決まっている。
「ともかく、母上、その見た人には訂正しておいてくれ。変な噂が立ったら、いくらリディアーヌとはいえ、俺の嫁になることが厳しくなるかもしれないんでね。母上だって、嫁に変な噂が立つのは嫌だろう?」
鼻でフッと笑うと、モーリスは自分の部屋へと行ってしまった。
「モーリス……」
残されたのは不安そうな顔をした母だけだった。
母は、息子に強く言えなかった。
リディアーヌがモーリス以外の男とデートをしていることをわざわざ教えてくれた女性は、見間違えていないからこそ教えに来たのだ。
とても楽しそうにリディアーヌの様子を教えてくれた。
モーリスには言わなかったが、相手の人間が誰かも分かっている。
『マークス子爵とリディアーヌ嬢は、それはもうとても楽しそうにデートをされていましたわ。マークス子爵のことはご存じかしら?若くして子爵家を継がれた方ですが、今は宰相室に勤めていらっしゃるとか。あの少々若く見えるお顔が素敵と評判の方ですわ。そういえば、リディアーヌ嬢も年齢よりも若く見える方ですものね。とってもお似合いでしたわ。まるで学生のような初々しいデートをなさっていたみたいですわよ。おほほほほ、リディアーヌ嬢はどなたとも婚約されていませんものね。えぇ、どなたかがいつも一緒にいらしたようですけど、正式に婚約なさっていたわけではありませんものね。まぁ、恋人、というには少々……あら、失礼、ただの幼馴染でしたわね。リディアーヌ嬢もようやく幼馴染のお守りから解放されたご様子でしたから、これからはご自分の幸せを求めてもよろしいのではありませんか』
ほほほほほ、と笑う夫人は、モーリスの母に幾分かの嫌みを込めて話をして帰って行った。
確かにモーリスとリディアーヌは婚約をしていない。
こちらとしては正式に婚約をしてほしかったのだが、リディアーヌの両親が拒否をした。
幼馴染だからといっていつまでも一緒にいるとは限らないだろう、将来どうするかは本人が決めることだから、と言われて断られたのだ。
それでも今までずっとリディアーヌはモーリスの近くにいた。
きっとこのまま婚約期間を短くして結婚するのだと思っていた。
時々、モーリスにリディアーヌの様子を聞いていたが、特に変わったことはなかったし、リディアーヌの浮いた話など今まで一度も聞いたことがなかった。
モーリスにはリディアーヌがいるから、親として安心していたのだ。
「モーリス、本当に大丈夫なの……?」
本当にモーリスの言う通り、マークス子爵がデートしていたのはリディアーヌじゃなくて、あの嫌みったらしい夫人が見間違えただけなのだろうか。
時が来れば、リディアーヌはモーリスと結婚してこの家に来てくれるのだろうか。
モーリスの部屋の方を不安そうな目で見つめたが、息子が出てくることはなかった。
「オルフェ、土産だ」
「何ですか?」
いつもの図書室近くでの逢い引きから戻ったノアが、手に持った籠の内の一つをオルフェに渡した。
というかもう堂々と恋人に会ってくればいいのに、なぜ未だに図書室近くの廊下でこそっと会っているのだろう。
「ドロシーとリディアーヌ嬢が作ってくれたサンドイッチだ」
「え?本当ですか?リディが作ってくれたんだ」
「今朝、早起きして作ったそうだ」
ドロシーとリディアーヌは、皇宮内にある部屋に住んでいる。
食堂の大厨房には皇宮内に住んでいる人間が自由に使えるスペースがあり、自分で料理を作りたい人間はそこを利用している。
ドロシーとリディアーヌは、そこで恋人のためのサンドイッチを作ったのだ。
「手作りですよ、ノア様。すっごく嬉しいです」
「パンに具材を挟んだだけだと言っていたが、俺たちはそんなこともしないからなぁ」
少し照れながらそう言っていたドロシーは可愛らしかった。
恋人が自分のために作ってくれた物だと思うと、食べずに残しておきたい気持ちもある。
「腐るから食べるけど、もったいないな」
「そうですね。食べますけど、残しておきたい気持ちもあります。というか、どうしてノア様が僕の分まで持っていたんですか?リディが自分で持ってきてくれたら、もっと嬉しかったのに」
「リディアーヌ嬢は今日は忙しいそうだ。フレストール王国の一行が泊まるから、各部屋の点検やら何やらで皇宮内を走り回る予定だとさ。どのタイミングで休憩出来るか分からないからサンドイッチを作る、という話を昨日ドロシーにしたら、どうせなら二人で俺たちの分も作ろうということになったらしい」
「ついででも嬉しいです。そっか、こっちの仕事が終わったから、後は現場が準備で忙しくなったんですね」
予定やら予算やらの書類は出来た。それに従って、各現場が動き始めたのだ。
「騎士団も警備の確認で忙しそうだぞ。ところで、人目を一切気にせずデートしたようだな」
「どうしてこそこそする必要が?リディも楽しそうでしたし僕も楽しかったので、ノア様から聞いたデートコースで間違いはありませんでしたね」
「あのコースはドロシーも喜んでくれたコースだ。間違いはない。帝都に住んでいると、遠出しなくても楽しめる場所が多いという利点があるな」
「人の多さと噂話がすぐ回るという事実さえ受け入れてしまえば、どこにでも行けますから」
「ところで、騎士の幼馴染くんから何か言われたか?」
「いいえ。僕にもリディにも接触してきていません」
「ふーん。ならよかった。彼の耳に噂が届いていないのか、それとも届いても無視しているのか。どっちだろうな」
「どちらでもかまいませんよ。知らないのならば、周囲の情報収集が出来ない人間ということですし、届いていても無視をしているのならば、状況判断が正確に出来ない人間ということです。どちらにしても、騎士団内の査定にも響くのではないでしょうか」
「騎士団長は、その辺りも見るだろうね。帝都内においてさえ情報収集と状況判断が出来ないのならば、いざという時に仲間の命を危険にさらす可能性がある。命令を聞くだけの騎士ならそれでいいが、上を目指すのならば致命的だ」
帝都内で、裏の情報ならともかく、こんな表に出る情報さえ収集出来ないなんて、よっぽど能力的に劣る人間と見做されても仕方がない。
現に、あのデートから数日経った今、ちらほらとオルフェとリディアーヌが一緒に出かけていたという噂が出始めている。
一応、オルフェは自分が結婚相手としてそれなりに人気があるのは分かっているので、その内、どこかの令嬢がリディアーヌに突撃してくるかもしれない。
リディアーヌには、その時は恋人だと言ってかまわないと伝えてあるし、もし危なそうならオルフェがその令嬢と直接話すとも言ってある。
まだ手紙だけだが、リディアーヌの両親には婚約したい旨を伝えた。
リディアーヌの両親からは、娘の意志に任せる、という返事をもらったところだ。
今は領地に帰っているので、帝都に戻ってきたら直接会うことにもしている。
「ノア様はいつ頃、ドロシーさんと結婚する予定ですか?」
「時期については迷っているな。ドロシーが、今は仕事が楽しくて仕方ないらしいし。ずっと屋敷に閉じこもってばかりだったから、こうして外で働くのが楽しいそうだ。レティシア嬢やリディアーヌ嬢と女性だけの会話をするのも楽しいらしい。たまに皇妃様も交じって男性には聞かせられない会話をしているとか何とか」
「それは、何か怖いですねぇ」
「女性特有の悩みも色々あるだろうし、そういう相談相手がいるのはいいことだな」
「そうですね」
とりあえず、そういう時に自慢してもらえるような男になろう、と二人は密かに心に誓った。




