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オルフェとリディアーヌのデートを見てしまった騎士は、団の詰め所に戻ってから悩んでいた。
モーリスは同僚だ。
一緒に訓練を受け、同じ部隊に所属している。
確かにモーリスのリディアーヌに対する扱いは、正直に言うとひどいと思う。
もし自分が同じような扱いを受けたら、そんな男はいらないと言うだろう。
リディアーヌとは何度か話をしたことはあるが、笑顔が可愛らしい女性だ。
モーリスに対して、いつも同じように少しだけ微笑んでいたのが印象に残っている。
「……まいったな……」
ここで自分がモーリスに何か言うことで、彼女とオルフェ・マークス子爵との間に出来たであろう想いに傷が出来てしまうかもしれない。
それはさすがにダメだろう。
一番いいのはモーリスが自分と同じように彼女たちのことを直接見ることだろうけど、意図的に見せるのもどうかと思う。
悩んでいると、他の同僚から小声で話しかけられた。
「なぁ、お前も見たんだろ?」
「何を?」
「……リディアーヌ嬢、今日、デートしてただろう?あんまり見かけない顔の男と」
こいつも見たのか、と思ったが、人目を気にしながら小声で言ってきたあたり、こいつもどうしていいのか悩んでいるのかもしれない。
「正直、俺たちも悪ノリして色々言っちまった記憶はある。だけど、モーリスとリディアーヌ嬢は婚約してないって話だし、リディアーヌ嬢が他の男とデートしていても、別に問題はないんだよな」
「……あぁ。リディアーヌ嬢はモーリスの幼馴染ではあるが、婚約者じゃない。何事もなければモーリスと結婚していたかもしれないけど、最近、リディアーヌ嬢は騎士団の方に顔を出さなくなった。モーリスと何かあったとしか思えない。そうなると、彼女が誰と恋愛をしようが自由なんだよな」
「……モーリスさ、リディアーヌ嬢に対してだけ言動がおかしいよな」
「お前もそう思ってたのか。実は俺もそう思ってた。アイツ、リディアーヌ嬢は何をしても自分から絶対に離れていかないと思ってるよな。だから、好き勝手言ってるんだよな」
「だよなぁ」
「リディアーヌ嬢は、モーリスの家族じゃないんだ。嫌えば当然離れていく。モーリスはそのことを分かっていない」
「……モーリスに言った方がいいのか」
不安そうな言葉に、同じことで悩んでいたので何も言えなくなった。
モーリスにリディアーヌが他の男性と楽しそうにデートしていたことを告げるのか。
彼女を大切にするように説得するのか。
そもそも、モーリスにリディアーヌのことを大切にするように言ったところで、アイツが理解出来るのかどうか。
「止めておけ」
悩んでいると、急に声をかけられた。
「え?」
黒の騎士服を着た男性がいつの間にか二人の近くに佇んでいた。
その顔を見て、二人は慌てて敬礼をした。
「今の話だが、何も言うな」
「「はっ!」」
騎士団長、ヴァッシュ・トリアテール。
皇帝ユージーンの従兄弟で、トリアテール公爵の地位にいる美丈夫だ。
本来、こんな場所にいる人物でもなければ、わざわざ下っ端騎士の恋愛事情に口を挟むような人物ではない。
「こちらも色々とあってな、もし騎士があの二人にちょっかいを出すようなら止めるように頼まれている」
頼まれている、誰に?
騎士団長にそんなことを頼める人間が帝国内に何人いると思っているのか。
それだけで言った人間が特定出来そうだ。
「少し調べたが、その男は気が大きくなっているのか、どうも余計なことを色々と言っていたようだな。覚えておけ、お前等。一度口に出した言葉はなかったことには出来ないし、常に誰かに聞かれているものと思え。まして、皇宮内で言った言葉はな」
その言葉で、モーリスの言葉は他の誰かに聞かれていて、ひょっとしたらリディアーヌの耳にも届いていたのかもしれないと、初めて気が付いた。
「余計なことは言うな。言動に気を付けろ。俺も部下を失いたくないのでな」
「「はっ!」」
「まぁ、あれだけ人目を気にせずにデートをしていたんだ。その内、嫌でも耳に入るさ」
そんな風に言ってその場から去っていった騎士団長の後ろ姿を見ながら、二人は目を見合わせ、余計なことは言うまいと誓った。
「ありがとうございます。騎士団長殿」
ご機嫌な笑顔のノアは気持ち悪い。
ヴァッシュがギロリと睨んだところで何の効果もないことは分かっているが、睨まずにはいられなかった。
「こちらの部下のせいで、そっちにまで被害がいっては困るからな」
「えぇ、そうですね。オルフェとリディアーヌ嬢は健全なお付き合いを順調に重ねていってるんです。リディアーヌ嬢のご両親は今、領地に帰っていらっしゃるそうなので、帝都に戻ってきたら婚約の挨拶に伺うそうです。そんな二人を宰相室としてはぜひ応援したいと思っています。リディアーヌ嬢と何の約束もしていないただの幼馴染の騎士とやらに邪魔をされたくないのですよ」
「わざわざお前が出張るほどのことか?」
いくら後輩とはいえここまで親身になるなんて、ノア・フェレメレンらしくない。
それもわざわざヴァッシュに頼み事までして。
「オルフェには俺とドロシーの時に世話になったんですよ。ドロシーの情報を色々と収集してくれたのがオルフェなんです。仕事しつつドロシーと会って情報収集をして、となると少し手間だったのですが、その手間を省いてくれたので、これはそのお礼ですね」
「まぁ、そういうことにしておいてやろう」
素直に可愛がっている後輩のため、と言えばいいものを。
素直じゃないなぁ、と思ってヴァッシュはにやりと笑ったのだった。
デートの翌日、リディアーヌが昨日のことを思い出しつつ食堂で幸せに浸っていたら、ドロシーが隣に座った。
「ドロシーさん」
「ふふ、昨日、マークス子爵とデートしたそうですね」
「はい。もう噂になってるんですか?」
昨日の今日ですぐに噂になるんて、相変わらずここの情報網はすごい。
隠すつもりはないけれど、そうなるとオルフェ派の人間に何か言われる可能性もあって、正直不安になる。
「まだ、噂になってはいませんよ。私はノア様に聞いただけだから」
リディアーヌが座っていたのは食堂でも端っこの方なので、周りには誰もいない。
ドロシーも小さな声でデートのことを言ったので、ここで聞かれることはないだろう。
「でも、誰かに見られた可能性は高いから、そのうち噂になるでしょうね。……隠しますか?」
「いいえ。オルフェ様とのことで疚しい事は何もありませんから。デートも健全そのものでしたよ。その、私たちは年齢より下に見られるそうなので、学生のような感じになりました」
「……そうねぇ。こういってはなんだけど、童顔だものね、二人とも」
「あの、やっぱり私も、その、童顔、ですか?」
「えぇ、ひょっとして自覚なしですか?」
「いえ、多少は幼い顔立ちだな、とは思っていました……」
年齢を重ねるにつれて、薄々感じてはいた。
同級生に比べて、ちょっと子供っぽい顔をしているよね、とは思っていた。
仕事中は大人っぽく見えるような化粧をしているが、どうしてもリディアーヌが好きな服に合わせた化粧をすると年齢より下に見える。
「ですが、私の好きな服を着るにはちょうどいい感じなので、童顔でよかったと思います」
「前向きな発言ですね。実はちょっと羨ましいです。昔は、私もフリフリの服を着てみたかったんですよ」
「ぜひ、一緒に着ませんか?フェレメレン様なら喜んでくださると思います」
「子供っぽすぎないかしら?」
「淡い色ではなくて、濃いめの青とか黒系とかどうでしょう」
「黒のフリフリ?」
「はい」
「んー、そうねぇ。外に出ずに家の中だけならちょっと試してみたいかも……」
「その時は、ぜひ私も呼んでください」
「えぇ、色違いの服でも着てみますか?」
「いいですね」
些細な妄想はどこまでも膨らみ、ドロシーとリディアーヌはくすくすと笑ったのだった。
騎士団長、次の話の人……かも?




