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読んでいただいてありがとうございます。気が付いたらランキングの上の方に……。ブクマとポイントもすごく増えていて、ありがとうございます。そして、やっぱりGW中の完結は無理でした。
モーリスは同僚にリディアーヌとの関係について忠告をされたが、自分からリディアーヌに会いに行こうとは全く考えていなかった。
それどころか、リディアーヌの姿を見かけなくなったことでモーリスに話しかける令嬢が増えたので、すっかりそのことを忘れてしまっていた。
どうせそのうち顔を見せるだろう。
もしその時、モーリスが他の女性と話をしていたら、困ったような顔をするんだろう。
だからといって、リディアーヌに文句は言わせない。
騎士であるモーリスがモテるのは仕方がない。
むしろ将来の夫の人気があることに、リディアーヌは感謝するべきだ。
モーリスが他の女性と話をするのは、今までこまめに顔を見せに来ていたくせに急に来なくなったリディアーヌが悪い。
だからといって、婚約者面されるのも嫌だ。
「チッ!早く来いよ。俺だって暇じゃないんだ。リディアーヌに構ってる時間だって惜しい」
結局のところモーリスがほしいのは、モーリスの思い通りに動く都合の良い女性だった。
そして幼い頃からずっと傍にいたリディアーヌのことを、モーリスはいつの間にか自分の中でそういう都合の良い女性として位置付けており、彼女が自分から離れていくとは微塵も思っていなかった。
フェレメレン邸でお互いに結婚を前提とした付き合いをすることを確認し合ったリディアーヌとオルフェは、その後も順調に付き合いを重ねていた。
といっても、お見合いの直後、宰相室は修羅場へと突入した。
西大陸の最大国家であるフレストール王国。
その女王が、東大陸にあるバルバ帝国に親善のために来ることになったのだ。
それぞれの大陸で最大国家である両国の関係は極めて良好だった。
貿易は順調で、両国間での人の往来も激しく、学術や文化の面でも交流を重ねていた。
海を渡らなければならないが、地続きでないため領地争いも紛争も起こらない。
皇帝も女王も、戦争を仕掛けられたら相手を徹底的に潰すが、自ら仕掛けることはない。
極めて重要な大国同士、これからの更なる発展のために女王が帝国に来るのだ。
帝国のプライドにかけて女王を完璧にもてなして、成功に導かなくてはいけない。
その中心となったのが宰相室だった。
王国から来るのは女王だけではない。
当然ながら各分野の重要人物も来るので、その話し合いや交流の場を設けたり、夜会の手配、何を紹介するのか、誰に何処に行ってもらうのか、予算の編成などなど、各部署が気合いを入れて作成した書類を精査して皇帝の認可に回さなければならないので、宰相室の面々は文字通り部屋に缶詰になった。
たまに宰相室の人間が外に出てくると書類を持って走り回っているので、女官長から、廊下を走らないでください、と子供のような注意をされていた。
あのノアでさえドロシーとの時間を作ることが出来なくなっているので、事態は相当だった。
ただノアの場合はすでにドロシーとは恋人として付き合っているし、皇妃の傍に控えているので会おうと思えば何とか会える。
一方、オルフェとリディアーヌは仕事上の接点があまりない。
そこでノアがオルフェとリディアーヌのため、というよりは仕事が忙しくて本当に食堂まで食べに行く暇がない宰相室の人間のために、毎日リディアーヌに昼食を届けるように命令を出した。
元々の皇妃からの命令もあり、女官長もすんなりと許可を出したので、リディアーヌは毎日オルフェと顔を合わせることが出来るようになった。
宰相室の隣の部屋が、臨時の宰相室専用の休憩室として使えるようにセッティングされた。
仮眠が出来るように長めのソファーが置かれ、食事が出来るようにテーブルとイスも置かれた。
リディアーヌはこの部屋に昼食や、時には夕方に軽食を持ってきていた。
オルフェとリディアーヌが結婚を前提としたお付き合いをしていることを宰相室の人間は知らされていたが、他の人間はほとんど知らない。
二人は外で会ったのはフェレメレン邸での顔合わせの時だけで、それ以外で会っていたのはこの休憩室の中だけだったので、関係者が全員口をつぐんでいれば外に漏れることが一切ない状態だったのだ。
しかも紹介したのがノアだったので、宰相室の人間は余計な情報は漏らしません、という状態だった。
中には、出来れば自分をリディアーヌに紹介してほしかった、とぽつりと漏らした猛者もいたが、オルフェの無邪気を装った笑顔を見て、慌てて冗談ですと言うしかなかった。
「オルフェの童顔であの笑顔されると怖えぇー」
「無邪気な子供の笑顔って、一番怖いよな」
「馬鹿、オルフェだぞ?無は付かない。邪気で覆われた笑顔だろ」
リディアーヌによってテーブルの上に置かれた昼食を食べながら、宰相室の面々はこそこそとそんな話をしていた。
オルフェとのことを知ってから、こうしてリディアーヌが用意してくれた昼食を食べるのが実は怖かったりもするのだが、食べないと午後からの仕事に響くので素早く食べていた。
もちろん作ったのは料理人たちだし、リディアーヌはここに運んでテーブルの上に置いて紅茶を用意してくれているだけだが、笑顔で働く童顔の彼女の姿に心が癒されていた。
同じ童顔の笑顔でも、あっちは何だか恐怖の対象になるし。
今までのリディアーヌは宰相室の片隅に持ってきた食事を置いたらささっと帰り、適当な時間になったら片付けに来ていただけだったが、別の部屋を作ったことで全員が食べ終えるまでそこで待機して、温かい紅茶を淹れてくれるようになった。
これは皇妃から、置いておくだけだといつまで経っても食べに来ない人間がいるので、声をかけて見張るように言われたからだ。
おかげで修羅場だというのに、最低でも昼食だけは必ず食べられるようになった。
その順番もいつの間にか決まっていて、最初にノアが食べて、その後は順番に手の空いた者から食べる。そして最後にオルフェが食べる。オルフェは最後の最後なので、必ずリディアーヌと話をすることが出来るようになったのだ。
このちょっとした時間を使った交流で、リディアーヌとオルフェの仲は急速に接近した。
ただし、その事実を知るのは宰相室の人間だけだった。
「リディ、いつもありがとう」
「オルフェ様、無理はなさらないでくださいね」
相変わらずオルフェの目の下の隈は濃くて、取れる様子を見せない。
聞けば、先日はこの部屋で何人か倒れ込むように寝ていたのだという。
当然、オルフェも夜遅くまで書類と格闘している。
「細かい文字ばかり追っていると、目がかすんでくるんだよね。ノア様もたまに外を眺めて目の周りを揉んでるんだ」
「今度、目の疲れに良いという果物をお持ちしますね。料理長に言えば用意してもらえると思いますので。宰相室の方々は全員、目がお疲れでしょうから」
「うん。目の疲れから頭痛になっている人もいるくらいだから、つくづく人間の身体は繋がっているんだな、と感じるよ。目と肩と頭はセットでツライ」
「フレストール王国の女王陛下がお帰りになるまでは、休む暇もありませんね」
「そうだね。準備は万端にしておかないと。当日は何事もないことを祈るだけだ。……終わったら順番に休みがもらえることになっているから、どこかに出かけようか」
「よろしいのですか?せっかくのお休みなのに」
「リディといる方が癒されるよ。さすがにこの部屋だけの交流はね」
「ふふ、そうですね」
食後の紅茶を淹れながら、リディアーヌは自然と笑顔になっていた。
オルフェに愛称で呼ばれると、どこかくすぐったさと心地良さを感じる。
そういえば、モーリスには愛称で呼ばれたことはない。
幼い頃から呼び捨てにされているので特に違和感もなくそのまま時が経ったのだが、よく考えると一度でも結婚を意識したことがある相手に対してそれはどうかと思う。
それではまるで、リディアーヌがモーリスの下僕のようではないか。
「どうかした?リディ」
「……いいえ。私、オルフェ様に愛称で呼ばれるのが好きです」
「ん?そうなの?なら、いくらでも呼ぶよ。リディ、リディ」
「……すみません、少し恥ずかしいので、連呼はちょっと……」
「あはは、リディは可愛いね」
顔を赤らめたリディアーヌを見て、オルフェは十分癒された。
これから全然減らない書類を見なくてはいけないけれど、明日からもこうして職場で堂々と可愛いリディアーヌの姿を見られると思うと、たまの修羅場も悪くない。
そんな風に思いながら、二人っきりの時間にリディアーヌが淹れてくれたオルフェ好みの紅茶を堪能したのだった。
将来は、逆らったら族滅されること間違いなしの怖い皇帝陛下と、泣きぼくろと大人の色気持ちの宰相、そして年齢不詳の童顔宰相補佐が帝国を動かしていくことになるんですかねー。ちょっと文官に偏っているので、そろそろ騎士団長の話を考えようかな。




