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読んでいただいてありがとうございます。すみません、GW中の完結が無理かもしれません。少々延長させてください。でも、早めに更新いたします。ノアとドロシーの物語がリブラノベルズさんから電子書籍で発売中ですので、そちらもよろしくお願いします。加筆もしてます。
「モーリス、袖のボタンが取れたぞ」
「え?あ、本当だ。悪い」
一緒に歩いていた同僚が、袖からするりと落ちたボタンを拾ってくれた。
「こんな風に落ちたのは初めてだ」
渡されたボタン見ながらモーリスがぽつりとそう言うと、同僚が驚いていた。
「はぁ?俺たち、何だかんだ動き回るから、ボタンが取れるのなんてしょっちゅうあることだろ?おかげで俺だってボタンくらいは自分で付けられるようになったぞ」
「ボタン、自分で付けてるのか?」
「おう。いちいち誰かに頼むのが面倒くさくてなー。ボタンくらいなら、自分でやった方が早い。お前は出来ねーの?」
馬鹿にするような言い方にカチンときたが、実際のところ、モーリスが取れたボタンを縫い付けたことはない。
それどころか、ボタンが取れたことだってない。
何故だろうと考えて、その理由に思い至った。
いつもリディアーヌがボタンが取れそうなことに気が付いて、その都度、モーリスのシャツを預かって縫い付けていたことを思い出したのだ。
それもまたモーリスにとっては、当たり前のことだったので、ボタンが取れたら自分で縫い付ける、という発想は出てこなかった。
「どうせ、お前、リディアーヌ嬢に頼んでるんだろ?」
「頼んでない!」
そう頼んでなんかいない。
いつもリディアーヌが勝手にやっていることであって、モーリスが強要したことはない。
「でも出来ねーんだろ?だったらリディアーヌ嬢に頼めばいーんじゃね?」
「……あぁ、そうする」
「あれ?そういえば、リディアーヌ嬢を最近、見てない気がする。この間、フェレメレン様たちと何か話をしてたけど、あれはちょっと見かけただけだし。ここのところ、モーリスに会いに来てないよな?」
「たしかに、見てないな」
リディアーヌはどんなに忙しくても、週に一度はモーリスに会いに騎士団まで来ていた。
見ていない、という同僚の言葉で、モーリスは最近、リディアーヌと会っていないことにようやく気が付いた。
けれど、だから何だと言うのか。
リディアーヌがモーリスに会いに来ていないからといって、騒ぐことではない。
「はは、ひょっとしてお前、リディアーヌ嬢にボタン付けを頼みすぎて、愛想を尽かされたんじゃないのか?」
笑いながら同僚が冗談っぽく言った。
モーリスは同僚の言葉を、鼻で笑った。
モーリスがリディアーヌに愛想を尽かされる?
そんなこと、あるわけがない。
アイツが傍にいることは当たり前なんだから。
「愛想を尽かすんだったら、リディアーヌじゃなくて、俺の方だろ?リディアーヌよりいいオンナはたくさんいるんだからな」
得意そうに言ったモーリスに、からかい口調だった同僚が真剣な眼差しになった。
「モーリス、本気でそう思っているのか?」
「あぁ、事実だし」
「……からかった俺も悪かったが、お前、一度、真剣にリディアーヌ嬢と話をした方がいいぞ?」
「何でだよ?いちいちリディアーヌと何か話す必要なんてないだろ?」
モーリスが怒ったような口調になったので、同僚はそれ以上のことを言うのは止めた。
「お前がそう思っているのなら、俺がどうこう言うことじゃないんだろうけど、忠告はしたぞ?本当にリディアーヌ嬢が大切なら、彼女を蔑ろにするなよ」
「蔑ろにしたことなんてない」
俺とリディアーヌの関係の何が分かるっていうんだ。
モーリスは反射的にそう言ってしまいそうになったが、さすがに騎士仲間の前でそんなことは言えないので、軽く頷いたのだった。
フェレメレン邸に招かれたリディアーヌは、用意された部屋でノアから紹介された青年と向き合っていた。
目の下に隈があって少々顔も青白くなっているが、ノアに、今日の休みをもぎ取るために必死に仕事をした結果なので、よければ褒めてやってくれ、と言われた。
リディアーヌは、忙しいはずのノアが涼しい顔をしてドロシーと逢い引きしていた姿を見かけたことがある。そして同時に忙しい宰相室の様子を見知っているので、ノアのドロシーに会いたいがための努力を素直に尊敬した。
目の前の青年も同じような努力をして今日ここに来てくれたのかと思うと、思いっきり頭を撫でて褒めてあげたい気分になった。
さすがに初対面の大人の男性にそんなことは出来ないけれど。
「オルフェ様、お仕事が忙しい中、会ってくださってありがとうございます」
「いえ、リディアーヌ嬢には、いつかきちんとお礼を言いたいと思っていたんです。忙しくて食堂に行く暇もない時、いつも宰相室に食事を届けてくださってありがとうございます」
「お礼でしたら、ぜひ皇妃様に。皆様が食事を摂ることが出来ない時があると知って、私たちに様子を見て食事を運ぶように言われたのは皇妃様ですから」
「それでも、実際に運んでくださっているのはリディアーヌ嬢ですし。その……他の方も運んでくれますが、えーっと視線が不躾というか……リディアーヌ嬢はいつもささっと用意をして無駄な動きをせずに去って行くので、個人的にはとても好感が持てます」
「ふふ、仕事はきっちりしたい派なんです」
「本当はその都度、お礼を言うべきだったんでしょうが、そこまで頭が回らず、適当な返事で済ませてしまっていて、申し訳なく思っていたんです。気が付いたら食事の用意がされていたことも多々ありまして、あなたが入室した記憶がない時も正直、あります」
「大丈夫ですよ。皆様、いつもお礼の言葉を言ってくださっていますから」
「……たぶん、無意識です」
「無意識でも言ってくださっていますから、オルフェ様が気になさることはありませんわ」
申し訳なさそうに反省を口にしている青年は、オルフェ・マークスという子爵だ。
若いけれどすでに子爵の地位にあり、少々年齢が上の宰相の後任がノア・フェレメレンなら、宰相補佐として彼を支えるのがこのオルフェだと噂されている。
おかげで皇宮勤めの若い女性たちから狙われている一人でもある。
濃い隈のおかげで少々疲れ気味に見えるが、ミルクティー色の髪と翡翠色の瞳を持つ優しそうな顔立ちの青年だ。
どう見ても切れ者というノアとは正反対な雰囲気を持つ青年で、ノア派とオルフェ派で女性人気を二分している。
そして、童顔だ。
年齢より完全に若く見える。
下手をしたら、年下のモーリスよりも下に見えるかもしれない。
「こうして向き合ってお話をする日が来るなんて、不思議な感じがしますね」
「そうですね。ノア様から話を聞いた時は、何かの間違いかと思いました。ですが、正直に言いますと、あなたのことが気になっていたんです。僕としては、今回の話は嬉しい限りでした」
「まぁ、ありがとうございます」
嬉しそうにふわりと微笑むリディアーヌは可愛かった。
オルフェは、彼女の笑顔につられるように微笑んだ。
リディアーヌ自身は気が付いていないが、オルフェのことを童顔だと思っているリディアーヌ自身も、実は童顔だった。
皇宮勤めの女性はどうも大人っぽい人が多いので、リディアーヌ嬢を見ると何だかほのぼのする、と意識がある時に宰相室の中で話題になったこともある。
ドロシーからリディアーヌに誰か紹介してほしい、とお願いされた時、ノアがこそっと童顔二人が並ぶ姿を見てみたい、と思ったことは、恋人には言えない秘密だった。




