番外編③ オルフェの屋敷
読んでいただいてありがとうございます。ランキングの異世界・恋愛で年間四位に入っていました。これも読んでくださいました皆様のおかげです。ありがとうございました。この物語の更新は、年内はこれで最後になると思いますが、またお知らせがありましたら更新させていただきますのでよろしくお願いいたします。
少々早いですが、今年一年、リディアーヌとオルフェを見守っていただきまして、ありがとうございました。後は、ラフィーネさんの物語が年内に完結するかどうかというところですねー。
緊張して馬車から降りると、そこには白い外壁の思ったよりはこぢんまりとした屋敷が建っていた。
「ようこそ、リディ。僕の家へ」
エスコートをしてくれたオルフェがくすりと笑った。
「子爵家だけど、小さな家だろう?」
「え?あ、あの、はい。正直に言うとそう思いました」
「あはは、僕は全然気にしてないんだけど、ノア様にはいい加減引っ越すか建て直せって言われているんだ」
屋敷は華美な装飾などはなく、どちらかと言うと落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
というか、普通の貴族の家ならもっと絵画などが色々と飾ってあるのだが、そういった物は玄関など客から見えるところに最低限飾ってあるだけで、私室に近い方はものすごくさっぱりとしていた。
一通り屋敷内を案内されてから通された応接室には、小さめの風景画が飾ってあった。
「この屋敷はとある男爵家の持ち家で、その家が手放した時に僕の祖父が買ったんだ。本当はもっと大きめの屋敷がほしかったらしいんだけど、当時の帝都ではどこにもそんな物件はなかったらしくて、かろうじて出たのがこの家だったんだって。買った時はそのうちもっと大きい屋敷に移りたいと思っていたから最低限の修理で済ませたそうだよ。外壁とかは塗り直しているんだけど、いい加減古くなってきたから本格的に全体を修理するか建て直した方がいいのは確かだね。だけど、僕と使用人しかいないから、何だかんだと後回しにしてきちゃって」
元の造りが丈夫だったようで雨漏り等はしていないが、子爵家にしては小さな家だし、大勢の人を招いてパーティーをする場所もない。ただオルフェと使用人が暮らすには十分な家だったので、そのままにしてきた。
ただ家の場所はよく、皇宮からもほどよく近い場所にあり、普通ならば男爵家が家を建てられるような場所ではない。
もっと高位の貴族の家が建っていてもおかしくない場所だ。
「土地がどうしても狭いから残っていた場所に、それなりにお金を持っていた男爵家が建てたんだけど、何年かした後に少し遠くなるけれどもっと広い土地に家を建て直したらしい。それでここを売りに出していたんだ」
「そうなんですね」
「うん。それで義父上と色々と相談したんだけど、ちょうど隣の家が空いたそうだからそこを買って合体させて、こっちにメトロス家の本邸を建てようってことになったんだ」
「え?メトロス家の本邸ですか?マークス子爵家ではなくて?」
リディアーヌは一人娘だが、オルフェはすでにマークス子爵を継いでいる身だ。
それなのに、マークス子爵家の本邸ではなく、メトロス男爵家の本邸をここに建てる?
しかも、オルフェが。
「驚かせちゃった?実は陛下から、メトロス家の名前は惜しいからなくすなって言われているんだ。メトロス・シードルは国内はもとより他国でも有名だし、その生産をしているメトロス家の名前も知られている。僕たちの間に何人か子供が生まれたらその内の一人にメトロス家を継いでもらうっていう案も出たんだけど、そう都合良く何人も生まれるとは限らないし、その間に義父上に何かあってメトロス家がごちゃつくのも面倒くさい。だからいっそうマークス子爵家の方をなくそうと思って」
「……それって、つまり、オルフェ様がうちに婿入するということですか?」
「最終的にはそうなるのかな」
あっさりと自分の家をなくすと言うオルフェにリディアーヌの方が慌てた。
「待ってください。マークス子爵家の方が爵位も上ですし、それに他の親族の方とかがうるさく言われると思いますが」
「うちはあらかた親族が滅んでるから大丈夫だよ。今残っているのも本家との血の繋がりは薄いから、文句を言ってくるほどの間柄でもないし。家としての歴史も浅いから、むしろ古い家柄のメトロス家の名前を冠することが出来ることに、きっと先祖も喜んでるよ」
死人も文句は言えないから、確かめようはないけど。まぁ、たとえ言われても言い負かすから大丈夫。
オルフェは内心でそんなことを思いながら、リディアーヌが可愛らしく戸惑っている姿を見ていた。
強欲先祖たちのことを考えるより、可愛いリディアーヌを見る方が断然いい。
「それから爵位だけど、僕が継いだ時点でメトロス家は子爵に上がる。さすがに領地も子爵領と男爵領の二つになるから広がるし、メトロス家は色々と実績もある。陛下としてはそんな家の爵位を男爵家のままにはしておけないし、他家に示しが付かないからって言われてね。義父上もうなってはいたけれど、仕方なく受け入れていた」
とはいえ、子爵としての仕事のあれこれをオルフェが引き受け自分は酒造りの方に没頭出来るから、という理由がなければもう少ししぶっていたかもしれない。
「今のメトロス邸は義父上たちが引き続き皇都に滞在する時に使えるようにしておくから、リディの生まれ育った家がなくなるわけじゃないよ。基本的にあちらは、お酒に関わることの中心になってもらおうと思って。たとえば新酒が出た時の試飲会を開いたり、皇都でのお酒の保管場所として使ったり、という感じかな。一階の一室を貴族相手の販売所にしてもいいかも」
「そうですね、それなら今とそう変わらない気がします」
実際、今も家の方にメトロス・シードルを売ってほしいと言う客は来るのだ。
規定量は商会に卸してはいるのだが、手に入らない時や急に入り用になった時は直接来る貴族も多い。
その都度、父母が応接間で対応して売ってはいるが、それならいっそ販売所の形を取ればいちいち父母が相手をしなくてもいい。相手にしても、父母がいる時を見計らって来なくてもよくなる。
「お父様が変わったお酒を造ることもありますので、そういう物の試飲会を開いて、舌の肥えた貴族たちの意見を聞くことも出来ますね」
「うん。その代わり、こっちの本邸は家族でゆっくり過ごせるような家にしよう。それと、本邸には少々高貴な方々の宿泊部屋が必要になるんだけど」
先日の飲み対決の結果を思い出したのか、オルフェが苦笑しながらそう言った。
「とある高貴な方から絶対に用意しろとも言われているし」
ご本人は、あと何回かは現メトロス男爵に挑戦する気満々だ。
いつか勝つその日まで、あの一族の挑戦は終わらない。
「あら、それだけはうちも譲れませんから、専用の宿泊部屋は絶対に必要ですね」
次代との戦いが待っている彼の未来の妻は、今までで一番見惚れるくらいの良い笑顔をしていたのだった。




