番外編② 勝負です。
読んでいただいてありがとうございます。本日、8/25にコミックシーモアさんから電子書籍が先行発売されます。他社さんからは9/15の発売です。他のお知らせがある時に、また番外編を更新してお知らせいたしますので、よろしくお願いします。
メトロス男爵は、自分がうわばみであることをちゃんと知っている。
なので、本気でお酒を飲んでしまうと周りの人間がついて来られなくなることも。
そんなわけで、本気で飲む時は家と決めていた。
家なら、誰か潰れても客室に寝かせておけばいいから。
けれど若い時に一緒に飲んでくれた友人たちも、最近は少しご無沙汰している。
新しく誰か付き合ってくれる人はいないものかと探していた。
そんな時に、娘が騎士団の飲み会に最後まで付き合える人材を連れて来てくれた。
これはもう、一緒に飲むしかないだろう。
そんな軽い気持ちで誘った第一回目は、翌日、自分は領地に行かなくてはいけないし、未来の婿殿も仕事があるとのことだったので、そこそこの量とそれなりに早い時間で終わらせた。
婿殿は、少々青い顔をしながら職場に向かったようだった。
娘にはジト目で見られてしまったが、そういう娘も我が家の女性だ。
きっと婿殿よりも飲めるはずだ。
婿殿からは、また飲みたい旨と、その時は知り合いも連れて来るという手紙をもらった。
うきうき気分で皇都に戻って来たその日、婿殿は確かに知り合いを連れて来た。
ただその知り合いがメトロス男爵も知っている人物で、忙しい中でも再戦に来たのかと思うと、ものすごく心が弾んだ。
「さぁさぁ、よくおいでくださいました。本日は、どれから飲みましょうか」
メトロス・シードルもセオリツ国の清酒も、フレストール王国のワインも用意してある。
何なら、南の大陸にあるイール・シャハル帝国から取り寄せた『吟遊詩人の涙』と言われる特別な酒を出したっていい。
それだけの価値のある飲み相手……じゃなくて、お客様だ。
「本日はお世話になります。こちらをどうぞ」
そう言って微笑んでワインを差し出した青年は、次期宰相と名高いノア・フェレメレン。
事前に、それほど酒は強くないとの自己申告があったので、彼はただの付き添いだ。
もちろん本人の酒量に合わせて飲んでもらってかまわない。
本来、お酒とはそういうものなのだが、因縁のある相手は別だ。
「おぉ、これは、イール・シャハル帝国産の白ワイン。それも『幻の美姫』ではありませんか!」
とある王子が恋い焦がれたといわれる美しい姫をイメージして作られたというワイン。
男爵の手元にある『吟遊詩人の涙』同様、なかなか手に入りにくい酒だ。
「義父上、これは僕からです」
「何と、こちらは二十年物!ありがとう、婿殿」
手を取って喜んでいると、最後の一人からもワインを渡された。
「先代の秘蔵のワインだ」
「おぉ!まさしく海底ワインですな」
特殊な技術で海底に沈めて熟成させたワインだ。
メトロス男爵がこのワインを目にするのは二度目になる。
一本目は、彼の父親に勝利した時にもらったものだった。
ご本人はすごく嫌々だったが、そういう約束だったのだから仕方がない。
まぁ、その一本も彼の父親と一緒に空けてしまったのだが。
「さて、ユージーン様、本日はどれからいきましょうか?」
「……まずは、シードルからだ」
「はい。これは去年のシードルですが、ここ最近では一番の出来ですよー」
皇帝としてではなくて、ただのユージーンとして再戦にきた青年に、メトロス男爵は去年作ったシードルの中でも特級の印がついた瓶の栓を抜いた。
「嬉しいです、またこうして飲めるなんて」
「妻に、今日こそは絶対に勝つと宣言してきたんだ」
「ご自分を奮い立たせるための言葉は大変良いと思いますよ。ですが、こちらも初代よりあなた方の一族にお酒では負けなしの一族なんです。今回も負けませんよ」
ユージーンとメトロス男爵の間でバチバチと何かが音を立てている最中に扉がノックされて、リディアーヌがワゴンと共に入ってきた。
「リディ」
すかさずオルフェがリディアーヌの傍に行くと、一緒にワゴンの上から軽食の載った皿を机の上に並べた。
「オルフェ様、ありがとうございます」
「いいよ、これくらい」
見つめ合う二人に、メトロス男爵がわざとらしくゴホンと咳をした。
「あー、あー、リディアーヌ。こっちに来なさい」
「もう、お父様ったら」
自分の隣に座るように指示をした父に、リディアーヌは仕方なく従った。
「リディアーヌ、ちょうどいいから君もここで飲みなさい」
「え?私も?」
「そうだよ」
父の言葉にリディアーヌは戸惑いを隠せなかった。
「あの、一緒に飲むって……その、陛下も……」
「いいかい、リディアーヌ。この勝負をしている時だけは、あの方は皇帝陛下ではなくて、ただのユージーン様だ。リディアーヌもメトロス男爵家の人間なのだから、この勝負に負けるわけにはいかないのだよ」
「待ってください、お父様。それって、私もこの勝負に加わるということですか?」
「そうだよ?だって、リディアーヌは一人娘だもん。メトロス男爵家の人間は男女問わず、皇帝の一族との勝負から逃げてはいけないんだよ。ユージーン様はともかく、次代様の勝負相手は君になるかもしれないんだし」
そう、リディアーヌはメトロス男爵家の一人娘。次代が勝負を挑む時、現メトロス男爵は祖父に当たるような年齢になっているだろうし、リディアーヌとオルフェの間に生まれる子供は微妙なお年頃だ。
そうなると、次代の相手をするのはリディアーヌということになる。
「懐かしいなぁ。私もかつて、父上に同じようなことを言われて先代様との勝負に立ち会ったものだ。おかげでユージーン様との時には、遠慮なんてしなくていいということが分かっていたのだよ」
……その教育方針は合ってるのか?
オルフェは、思わず額に手を当てて考え込んでしまった。
さすがにオルフェでは、次代の相手は出来ない。
これは、メトロス一族の者が受ける勝負だからだ。
まだ見ぬ息子か娘が次代よりも年上ならば、その子が受けるかもしれないが、現状はリディアーヌただ一人が次代と勝負する資格を持つことになる。
「リディアーヌ嬢、遠慮することはない。これは我が一族がメトロス家に挑んでいる勝負なのだからな。代々、この勝負の時だけは皇族としてではなく、一人の人間として挑むように伝えられているのだ。相手に敬意を払い、正々堂々と忖度なしで勝て!それが我が家の教えだ」
ちなみに、最初にメトロス家の人間に負けた皇帝は、晩年になっても「人生で唯一の負けだ。くそ童顔野郎め。いい加減、年を取れ」とメトロス男爵に言い続けていたと伝えられている。
妙な使命感を背負ったユージーンの言葉に、リディアーヌはこれはもうやるしかないと覚悟を決めた。
翌日、いつも通りの笑顔のリディアーヌは、若干顔色の悪い青年三人に二日酔いに効くという薬茶を淹れていた。
そして、その様子を同じような笑顔の父が見守っていたのだった。




