番外編① 子孫たちも
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「いざ尋常に、勝負だ!」
そう言って青年は、杯をぐいっと煽った。
優雅に微笑んだ女性が同じように杯を煽ると、にやりと笑って次の酒をついだ。
何度かそんなことを繰り返した後、青年は机に突っ伏していた。
「出直して来い、小僧」
小僧と呼ばれた青年は二十歳になったばかりだ。
女性は青年よりは年上に見えるが、精々三十歳前後にしか見えない。だが、女性が親と同世代であることを青年は知っている。
「ふふふ、当代も負けだな。いったい、いつになったら我が家に勝てるようになるのだろうなぁ」
「く、くそう……」
先祖代々の悲願は、今回も叶わなかった。
青年は皇太子、女性は伯爵。
普段の身分としては女性の方が下なのだが、この飲み比べの時だけは、いつだって皇帝家が挑戦する側だ。
それゆえに、この勝負の時だけはどんな態度であろうとも、勝者の一族は許されている。
メトロス伯爵家は元々男爵家だったのだが、何代か前に一人娘がとある子爵家に嫁ぎ子爵領に組み込まれた。
その際、皇帝からメトロスの名をなくすことは許さないと言われたので、当時の子爵がさくっとメトロスに改名した。その後、その当主が宰相補佐という地位に就いた時に、嫌がる子爵を皇帝が強引に伯爵にしたという、中々面白い経歴を持っている家だ。
今では豊かな領地を持ち、メトロス・シードルと呼ばれる特産品のリンゴ酒を作っている帝国でも有数のお金持ちの家として有名になっている。
ちなみに、これ以上の陞爵はさらに面倒事が増えるだけなのでいらない、と断り続けている。
爵位に伴ってこれ以上仕事が増えるくらいなら、領地とメトロス・シードルの改良に時間を注ぎたいと宣言している。
そして、初代メトロス男爵に挑戦して敗れた皇帝家の悲願として、いつの日か飲み比べ対決で負かしたいというのがあった。
今のところ代々負け続けており、当代もこうして負けたので、その悲願は次代に持ち越しとなってしまった。
「母上、せこいです。殿下の相手は僕がしたかったのに」
「ふふ、セージ、お前に負けたら殿下が可哀想だろう?」
まだまだ余裕の女性の息子であるセージは皇太子と同じ年齢だが、どう見たって年下の十代の少年にしか見えない。
そんな見た目少年の友人に負けるのは可哀想だという母心だ。
「でも、やりたかったです」
「うーん、さすがの私も、お前と殿下が飲み比べしている姿を眺めるのはちょっと……」
我が子ながら、どうしてここまで童顔なのだろう。
皇太子と飲んでいたら、大人と子供の飲み比べにしか見えなそうだ。
そのくせ、セージも立派なメトロス伯爵家の人間。
つまりは、うわばみだ。
女性は自分のことは棚に上げて、我が子と皇太子を可哀想な目で見た。
「……あの、伯母様。殿下は大丈夫ですか?」
「うん?あぁ、そうだな。客室に放り込むか」
心配そうな声をかけてきた少女は、女性の妹の娘。
姪に当たるフェレメレン侯爵令嬢、シンシアだ。
シンシアは撃沈した皇太子の婚約者。
彼女は未来の皇妃ということになる。
「い、いつになったら、勝てるんだ……」
「ふふ、殿下、いいことを教えてあげましょう。シンシアの母は我が妹。メトロス伯爵家の娘。つまり、あなた方の間に生まれる次代は、メトロスの血を継いでいることになります」
「はっ!そうか、ならば、我が子ならば……!」
「ただ、シンシアはどちらかというと、父親似。お子様に皇家かフェレメレン家の血が色濃く出れば、メトロス家の特性は受け継がれないかも知れませんね」
「くっ!だが、それでも!」
「ついでに言っておきますが、我が家の血が色濃く出た場合、次代様はものすごく童顔になりますがいいですか?」
「あ……」
酒には強いが、童顔の皇帝ってどうだろう?
各国に、皇帝は不老の妙薬を飲んでいるとか噂されないだろうか。
「ふふ、どちらがいいですか?威厳のある皇帝と年齢不詳の童顔の皇帝。個人的には、一人くらいそんな面白い皇帝がいてもいいとは思いますが」
「うーん、母上、僕としては年齢不詳の皇帝の方が何だか怖い気がしますが」
「まぁ、そう見えるだけで無邪気な子供ではないからなぁ」
「あ、でもそうなると、対戦するのは僕になりますね」
「さすがにその頃にはお前に家督を譲って、私は領地でのんびりしているだろうな」
「従姉妹の子供と飲み比べすることになるのか。シンシア、手加減はしないけどいいかな?」
「手加減をするような家でしたら、とっくの昔に皇族の誰かに勝ちを譲っていますよね。お酒に関しては、挑まれたのならば全力で相手をする家だと母からも教えられていますので、仕方ありませんわ」
「あはは、母君からの許可も出たことだし、次代様が楽しみだなー。うん、やっぱり僕としては童顔の皇帝もありだと思います。殿下はどう思われますか?」
そろそろ意識が落ちそうになっていた皇太子は親友にそう聞かれて、それもありかぁ、まて、その童顔は一代で済むのか?、など色々と考えながら意識を失ったのだった。




