オルフェの変化した日々【10万ポイント突破記念】
読んでいただいてありがとうございます。10万ポイントを超えました。ありがとうございます。書籍化の作業も終わり、加筆もいたしました。発売日が決定しましたら、またお知らせいたします。
オルフェにとって毎日は、同じことの繰り返しだった。
起きて、仕事に行って、帰って来て、寝る。
たまに友人や知り合いたちと食事をしたりお酒を飲んだりすることはあるが、彼自身は一人でいることに慣れきっていた。
両親はすでに亡くなっていて、王都の屋敷に住んでいるのは彼一人だ。
使用人はいるが、最低限の人数で回している。
もっとも、両親が生きていたとしても、オルフェと深く関わっていたかと言われれば微妙だ。
両親にとって、オルフェは息子というよりも家を継ぐ者として生まれただけの存在だった。
たまに会って会話をするにしても、褒めてはくれたがそれだけだった。
その言葉に、息子に対する愛情など感じたことはない。
父は、子爵家から伯爵家になることに執念を燃やしていた。
マークス子爵は比較的新しい家だったので、古くからある家には成り上がり者と陰口を言われていた。
後に聞いた話だが、父は古くからある伯爵家と少々因縁があったらしい。
だからこそ、家の爵位を一つでも上げて、彼らを見返したかったのだろう。
別にそれは悪いことではないし、目標を持って生きるのはいいことなのだろうが、そのために肝心の家を継ぐ子供を放置するのはどうかと思う。
それならそうと言えばいいのに、オルフェには何も言わないくせに分かっているだろう的な態度だったのは、面倒くさい察してちゃんだったのかと今なら何となく分かる。
母はそんな父が何とか結婚にこぎつけた、マークス子爵家よりは古い家の出身の女性だった。
けれど母の実家は多少古いだけで、これといった特徴のない家だった。
父は本当はもっと古い家柄の女性を望んでいたのだが、悉く断られたらしい。
母は子供が苦手だったらしく、義務として跡取りを産んだだけで、あまり育てることに積極的になれなかったようだ。何度か顔を合わせたが、その度にぎこちない会話をした。
比較的冷めた子供だったオルフェは、早い内に勉強をしていい成績を収めていれば何も言われないことを学び、顔の良さを存分に生かして愛想を振りまけば周囲の評価が上がることを知った。
多くの人間がオルフェのことを、頭の良い器用な人間だと評したのに、学園で出会った友人のトーゴだけは、そんなオルフェを不器用な人間だと評したのが面白かった。
トーゴ曰く、オルフェは愛情の受け取り方も示し方も知らない甘え下手の人間なのだそうだ。
そんなことないよ、と笑うと、そういうところだと呆れられた。
両親が亡くなった時も、淡々と葬儀を行った。
元から傍にいなかった人たちなので、亡くなったからといってどういう感情を示せばいいのか分からなかったのだが、何となくもやもやした感情が残った。
変化のない日々で、気になったのはたまに見かける少女。
婚約者だと思われる騎士の後ろで、何か言いたげな顔をしているのだが、伸ばされた手はいつも触れる寸前で引っ込められていた。
気が付くと彼女の姿を目で追っていた。
言いたいことがあればちゃんと言った方がいいのにな、と酔った時にトーゴに話したら、それはお前も同じだ、と言われた。
あぁ、そうか。僕も両親にちゃんと言えばよかったんだ。
子供らしく自分の存在を強調して、適当な対応で済ますな!と怒ればよかったんだ。
察してちゃんは面倒くさいんだよ!と怒鳴ればよかったんだ。
それでどうなったのかはもう分からないが、少なくとも両親との関係は変わったと思う。
悪い方か良い方か、どちらだとしても、オルフェの中での両親像というものが変わっただろうし、ひょっとしたら、彼らの考えの一端くらいは理解出来たかも知れない。
言葉に愛情を感じたことはなかったけれど、それもオルフェの思い込みで、ひょっとしたら何らかの感情は入っていたのかもしれない。
分からないことだらけで、かもしれない、ということばかりだったが、何かは変わっていたと思うと、ちょっと残念に感じた。
その日から、見守っている少女を心の中で応援し続けた。
そんなある日、少女の瞳に輝きが宿っていることに気が付いた。
いつの間にか騎士からそっと離れて一人で行動する少女は、周りのもの全てをまるで初めて見るかのような感じで見ていた。
それはもう、楽しそうに。
同僚と思わしき女性と話す姿は楽しそうで、上司の婚約者の女性とのんびりお茶を飲む姿は今までと違って笑顔が絶えなかった。
ねぇ、君に何があったの?
騎士くんと別れたの?
言いたいことはちゃんと言えた?
ずっと何も言えずに苦しそうにしていた君は、もういなくなったんだね。
そのことが何故か嬉しくて、その日は浮かれてトーゴと明け方まで飲んだ。
しばらく楽しそうな彼女をこっそりと見ていたら、ある日、上司から見合いが持ち込まれた。
相手が彼女だと知って、興味をそそられた。
実際に会って話をしてみたら、まだ騎士くんにははっきりと言えていないようだったけれど、彼女自身の覚悟はもう決まっていた。
きっとそのうち、騎士くんには言う機会がくると思うから、それまではまず僕で練習しよう。
僕に言いたいことを言えるようになったら、騎士くんにも言えるよ。
元からちょっと気になっていた女性だったので、付き合いはこれでもかというほど順調に進み、彼女の内面を知ってもっと好意を持った。
いつの間にか、彼女にずっと傍にいてほしいと願うくらいに。
騎士くんの後ろでじっと何かに耐えていた時とは全く違う笑顔に、癒される日々が続いていた。
そして、いつ爆発するのかと警戒していた騎士くんが皇宮でやらかした時は、場所をもっと考えろよ、と言いたくなった。
かばいようがないし、なかったことにも出来ない。
それで彼女が苦しんだらどうしてくれる。
幸い彼女は無事で、騎士くんは地方の砦に飛んで行った。
戻って来られるかどうかも怪しいだろう。
リディアーヌと付き合い始めてから、オルフェの日常は変化に富んだものになった。
起きて、仕事に行って、リディアーヌと話をして、変なことに巻き込まれて、帰って寝る。
途中がものすごく豊かになった。
毎日何かしらが起きて、オルフェも駆り出される。
そんな日々に、オルフェは満足していた。
今日もユージーンやノアとあーだこーだ言っていたら、ふとユージーンが思いついたように、リディアーヌの実家であるメトロス男爵家のことを言い出した。
「オルフェ、お前の子供にメトロス男爵家を継がせるのはいいが、名前は消すなよ」
「もちろんです。あぁ、でも、もし僕たちの子供が一人だけだった場合、メトロス男爵家だけを継がせるわけにはいきませんよね。一応、マークス子爵の方もあるし」
「そうだな。お前たちの結婚で一時的にマークス子爵の方に取込まれることになるが、メトロス男爵家の名で作られたシードルは有名だからな。名前を絶やすのはもったいない」
「今は家名とシードルの名前が一緒だから、分かりやすいですよね。あー、そっか。マークス子爵家をメトロス男爵家、じゃなくて、メトロス子爵家に改名すればいいのか」
いいことを思いついた、と思ってオルフェはあっさりとマークス子爵の名前をなくすことを提案した。
「は?確かにその方がメトロスの名前は確実に残るが、マークス子爵の名が消えるぞ?二人目の子供に継がせるんじゃないのか?」
「マークス子爵なんて、そんなに有名じゃないですから、改名したところで被害なんてありませんよ。むしろメトロス男爵家が子爵家になることで、シードルの価値をもっと上げられそうですよ。男爵家時代の物はレア物になりますしね」
「まぁ、そうだが、しかしマークス子爵の名をなくしたら、親戚がうるさくないのか?」
「うるさく言うような家じゃないですから。両親も祖父母もすでにいませんし、マークス子爵は成り上がりなので、メトロス男爵家の方が古いですから、ご先祖様たちも文句は言わないんじゃないですかねー」
「そうなのか?」
「はい。何でも父は若い頃に古い家柄の人間に馬鹿にされたとかで、家の古さは競えませんが、爵位なら競えるので、爵位を上げたくて仕方なかったらしいですよ。まぁ、当時の皇帝は先代ですから、無理な話ではあったんですけど」
「ふーん、なら結婚して改名した時に伯爵家にするか?お前の功績と今までのメトロス男爵家の功績を考えると、正直、子爵位では不足になるからな」
「えー、いらないです。伯爵になったらもっと色々と面倒くさいじゃないですか。高位貴族ほど見栄を張らなくてもよくて、税もそこそこの子爵位は便利なんですよ」
「本当にお前は俺の前で堂々と言うな」
子爵までは下位貴族になるので国に支払う税率は高位貴族ほど高くない。その分、特権は高位貴族ほどないが、結婚面などはまだ自由に出来る。
「あははは。それに絶対にいつか、酒飲み対決で誰か結婚相手を見つけそうじゃないですか。子爵家までなら許されそうですけど、伯爵家とかになるとうるさそうですし。僕としては、メトロス家の名前を残す方を優先します」
「分かった。メトロス男爵夫妻にはお前から伝えろよ」
「はい」
「それと、王都の屋敷を改装したとしても、皇族用の部屋は用意しておいてくれよ」
「その辺はまた義父上と相談しますが、誰が最初に使うんでしょうね。陛下か、もしくは陛下のお子様か」
「男爵が引退するまでに、一度くらいは勝ちたいものだな」
「義父上も楽しみに待っていると思いますよ」
オルフェは、挑戦を続ける皇帝一族との付き合いは長くなりそうだな、と思って笑ったのだった。




