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読んでいただいてありがとうございます。ラフィーネさんの物語も始めました。多少、ゆっくり更新になりますが、そちらもよろしくお願いします。

 その日、オルフェは過去一番、緊張した。

 後日、ノアにどれだけ緊張したかを語ったくらいだ。

 メトロス男爵夫妻とはどこかの夜会で多少、話をしたことはあったが、挨拶と軽い世間話程度だった。

 それが、こうして婚約の挨拶をすることになったのだから、もう少し親しくしておけばよかった、と後悔していた。

 

「マークス子爵殿、いえ、オルフェ殿、私の娘をよろしくお願いします」

「こちらこそ。必ずリディアーヌを幸せにします」

「親としてもちろん娘の幸せを願っておりますが、オルフェ殿もリディアーヌと一緒になることで幸せになってほしいと思っています」

「義父上、必ず二人で幸せになります」

「一人が幸せになれても、もう一人が不幸ではいけませんからね」


 きらきらした目で今にも手を取り合いそうな二人を、母娘は少し離れた場所からにこやかな表情で見ていた。


「よかったわね、リディ。お父様とオルフェ様の相性はよさそうよ」

「はい。お父様とお酒を一緒に飲める相手が出来ましたね」


 リディアーヌとイレーヌは、ほどほどにしかお酒を飲まない。

 それほどたくさんの量を飲みたいと思わないので、嗜む程度でちょうどいい。

 父は、大人しい顔をしてうわばみと呼ばれるタイプの人間だ。

 普段はそこまで飲まないが、たまには一緒に飲み明かしてくれる相手がほしい、と呟いていた。

 義理の息子は、きっといい相手になってくれる。

 オルフェは、多少顔が赤くなるけれど、友人の騎士たちとの飲み会は最後まで付き合えると言っていた。


「リディ、私、お父様と結婚出来て幸せよ。私と同じ年齢になった時、そう思えるような人生をあなたにも歩んでほしいわ」

「はい、お母様」


 それはきっと待っていたら当り前に訪れる未来ではない。

 オルフェと二人、そして父母やこれから出来る家族、皆で築いていくものだ。

 

「イレーヌ、リディ」


 父に呼ばれて二人が座っているソファーに行くと、オルフェがにこりと微笑んでくれた。

 きっと内心では、ほっとしているのだろう。

 オルフェが父にも母にも気に入られたようだったので、リディアーヌもほっとしていた。

 

「まずは婚約を発表して、それから結婚式の時期は、だいたい一年後を目処に考えるがまた改めて決めましょう。オルフェ殿には、一度、我が家の領地にも来ていただきたい。ご存じの通り、メトロス・シードルは陛下より絶やすことを許されていません。それに、まだまだ領地の改良やシードルの品質を上げることは可能だと思っています。意見も聞きたいから、見てもらうのが一番手っ取り早いでしょう」

「はい。陛下より聞き及んでおります」

「出来れば、こちらでの社交は若い二人に任せて、私たちは領地に……」

「あなた、社交が苦手だからって逃げてはいけませんわよ」


 メトロス男爵の逃げの一手は、妻によってぴしゃりと防がれたのだった。




「ほう。メトロス男爵領に行くのか」

「近いうちに、という話です。なので、長期休暇を申請いたします」


 にやにやしている皇帝を相手に、緊張感のきの字もなくオルフェは言い切った。


「そうか、その手があったか。陛下、私もドロシーにうちの領地を見せたいので長期休暇を申請します」


 ノアが便乗してそんなことを言い始めた。


「しばらくの間は却下だな。少なくとも、フレストールの女王が帰るまではここにいろ。ドロシーもリディアーヌも貴重な戦力なんだぞ。二人ずつ抜けるのが確定しているから、しばらく待て」

「皇宮は表も裏も慢性的な人手不足ですから、仕方ありませんね」

「これでも、最近は少し人数が回復してきたんだぞ」

「先帝陛下の時に、もう少し何とかしておいてほしかったです」


 ユージーンとノアが、ふぅ、とため息を吐いた。

 今は田舎で隠居している先代皇帝の時代は、皇宮内に不正や賄賂が蔓延していた。

 ユージーンに代替わりした時に軒並み粛正した結果、人手不足に陥ったのだ。

 残しておいても害にしかならなかったので仕方なかったとはいえ、あの頃は寝る間も惜しんで仕事をしていた。

 今だってまだまだ人材不足で、若い者たちが育つのを待っている状態だ。


「……そういえば、俺もオーレリアに皇都以外の場所を見せていないな」

「陛下、まさかと思いますが……」

「領主が領地を確認するのが仕事なら、皇帝は帝国内の全てを確認するのが仕事なのではないのか?」

「中央でどんと構えているのも皇帝陛下の仕事ですよ」

「そうですよ、陛下。視察は僕たち臣下に任せてください」


 ユージーンの思い付きを、ノアとオルフェが即座に却下した。


「俺たちが視察に行くとなれば、当然、ドロシーとリディアーヌも行くことになるぞ」

「だまされませんよ。ドロシーとリディアーヌ嬢が皇妃様に付いて行くのは当然だとしても、私たちの方をここに残すつもりでしょう」

「チッ、つまらん奴だ。そこは素直にだまされておけよ」

「えー、陛下、ひどいですね。僕たちを置いて行くつもりだったんですか?」

「そんな顔をしても、全然可愛くないぞ」


 オルフェが「ひどいー、陛下ー」と嘆いているが、どう見ても芝居にしか見えない。

  

「お前、メトロス男爵の前でもそんな小芝居をしたのか?」

「しませんよ。真摯に向き合いました。その結果、ちゃんと認めてもらいましたから」

「ふーん、まぁ、よかったな」

「はい。ありがとうございます。ただ、義父上から今度お酒を飲もうと誘われたんですが、どうも噂によるとうわばみだとか」

「あぁ、あそこの一族は代々うわばみだからな」


 ユージーンが聞き捨てならない言葉をさらっと言った。


「一族が代々うわばみ?」

「うん?知らなかったのか?表向きメトロス男爵家は、リンゴ園とシードルの製法を守るために皇帝が男爵位を与えたことになっているが、実は当時の皇帝が丸ごと取り上げようとしたら、酒のことを何も知らない若造が、的なことを言われて何故か酒飲み対決になり、皇帝の用意した猛者共を悉く倒した結果、気に入られてそのまま領地と爵位を与えられたんだ。そもそもシードルだって、自分たちが酒を飲みたくて作り始めた物らしいからな。それ以来、密かに代々の皇帝たちがメトロス男爵に勝負を挑んでは負けている」

「……ちなみに陛下も?」

「皇太子時代にな。あそこは男性だろうが女性だろうが、うわばみ揃いだぞ」


 男爵家と言っても、歴代の中には女性の当主もいた。

 そして当時の皇帝は見事に散った。


「リディも?」

「おそらく」


 リディアーヌはお酒は嗜む程度だと言っていたが、嗜む程度しか飲めない、のではなくて、嗜む程度にしか飲まないだけ、という可能性が出てきた。


「あはは、いやー、婚約者の新しい一面を知りました」

「ふ、退屈しなくて済みそうだな」

「えぇ、知れば知るほど、リディのことが愛しくなります」


 オルフェの笑顔に、同じ様なことを恋人に思ったことがあるユージーンとノアは、くすりと笑ったのだった。




「モーリス、そろそろ見張りの時間だぞ」

「あぁ、分かった」


 東の砦の自室で休憩をしていたモーリスは、支度をするためにイスから立ち上がった。

 ここには、何もない。

 リディアーヌがくれた物は、全て帝都に置いて来た。

 父に全て捨ててほしいと頼んでおいたので、次に帰った時には帝都の部屋にも思い出の品は何もないだろう。

 

「……これで、よかったのかもな……」


 東の砦には騎士以外にも傭兵などが出入りしている。

 帝都の騎士団では見かけなかった彼らの粗野な振る舞いが、自分がリディアーヌに取っていた態度と重なった。

 彼らの態度を見て嫌悪すればするほど、じゃあリディアーヌに対する自分の振る舞いはどうだったのかと自己嫌悪に陥った。

 今更、もうどうしようもないところまで来て、初めて気が付いた。

 モーリスは、大きくため息を吐いた。

 短い髪を掻き上げ、さっきまで読んでいた手紙を手に取った。

 母の嘆きが書かれた手紙に返事を書くつもりはない。

 くしゃりと握り潰すと、そのままゴミ箱へと投げ捨てて部屋を出て行った。




「陛下は諦められたのですか?」

「うん。ご夫婦揃っての視察となれば、さすがに護衛などの規模が大きくなるからね。視察だと行く先の安全確保も重要だし」

「では、離宮へ行かれるのですか?」

「そこは、宰相閣下も許可を出してたよ」


 オルフェとリディアーヌは、皇宮の庭のベンチに座って会話をしていた。


「お二人ともちゃんと仕事をしてくださっているので、臣下としてはありがたいけれど、働き詰めだと身体にも悪いからね。息抜きは必要だよ。ところでリディ、義父上はうわばみだって聞いたけど、リディはどれくらいの量を飲めるの?」

「量ですか?うーんと……酔っ払ったことがないので、どれくらいかと問われるとちょっと……」

「あ、そうなんだね」


 この分だと、リディアーヌの言う『嗜む程度』という量も怪しいかもしれない。


「確認しておいた方がいいですか?」

「しなくていいよ。でも、どうしても確認したくなった時は、僕がいる時にしてね」

「すっごく酔っ払って、絡むかもしれませんよ?」

「他の誰かに絡むよりいいよ。むしろ、リディの初絡みの権利をいただけるわけだ」

「いきなり寝ちゃうかもしれませんよ」

「きっと可愛らしい寝顔だろうね」

「えーっと、見たこともない態度を取るかもしれません」

「それはそれで新しいリディの登場だね」


 何を言っても笑顔で返してくるオルフェに、リディアーヌの方が何故か焦る気持ちになった。


「そうそう、リディ、結婚の時期だけど、早まっても問題はないかな?」

「え?何かあったんですか?」


 一年後を目処にしていたはずだが、オルフェの方で何かあったのだろうか心配になった。


「そうじゃなくて、さっき言った陛下と皇妃様が離宮に行く話なんだけど」

「はい?」


 どうして自分たちの結婚と皇帝夫妻の離宮行きが関連するのだろう。


「今は二人ともお忙しいからあれだけど、次の世代は大切だよねって話で」

「あ!」

「そういうことだよ。それで陛下が、子供たちは近い年齢、出来れば同じ年齢に一人はいてほしいな、とか言い始めて……」


 リディアーヌの顔が赤くなったのを見て、オルフェも若干顔を赤らめた。


「僕たちだけじゃなくて、側近の皆さんがいる場所でそう言われて、全員がそっと視線を外すっていう手段に出たんだよね」


 皇帝の周辺は、婚約者がいる人は多いけれど結婚をしている人は少ない。

 二人の時間を堪能している最中の人間ばかりだ。

 ちなみに婚約者がいない人間は、関係ないので、という感じで窓の外を眺めていた。

 特に騎士団長は、お前は俺の従兄弟なんだから、早く婚約者を見つけろ、と言われていた。

 

「僕はまだ二人の時間を大切にしたいんだけど……」


 性別に関係なく、皇帝と皇妃の間に生まれた第一子は、次代の皇帝候補になる。

 その子に近しい年齢の子供が必要になることも理解しているが、それはそれだ。


「では、オルフェ様。いつそうなってもいいように、短くても濃厚な思い出を作りませんか?」

「なるほど。色々と一緒に行きたい場所もあるから、ちょっと忙しくなるかもよ」

「でも後で思い出した時、一緒に笑えると思うんですよね」

「あの時、こんなんだったねー、って笑えそうだよね。うん、それもいいね」

「はい!」


 きっと将来、この時のことを思い出しては、何度も夫婦で笑うのだろう。

 そんな当たり前の日々をオルフェと過ごすことを夢見て、リディアーヌは笑ったのだった。

本編はこれで完結させていただきます。

番外編はもう少し書きますので、よろしくお願いします。

書籍化にあたり、修正・加筆作業に入ります。

書籍化等の情報はまたお知らせいたします。

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― 新着の感想 ―
読ませていただきました、面白かったです
>>それはきっと待っていたら当り前に訪れる未来ではない。 ここ好き
ほのぼのカップルで良かった。 次は騎士団長の話に期待!
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