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「ねぇ、リディアーヌ、あなた、マークス子爵と結婚する予定なのよね?」
「はい。最初から結婚を前提にしたお付き合いをさせていただいていますから。でも仕事もありますし、両親からはオルフェ様ときちんと話し合って決めるように言われています」
「婚約はまだなの?」
「両親が帰って来たので、オルフェ様が正式に申し込みに来てくださることになっています」
「そうなの、よかったわね。マークス子爵って見た目からして優しそうな方だけど、実際はどうなの?」
「すごく優しくて、私を大切にしてくださっているのが分かりますよ」
「いいわねー。贈り物のセンスもありそうよね。マークス子爵の瞳の色のネックレスは着けないの?」
「髪飾りなどをいただきましたが、私好みのデザインでした。ネックレスは、用意するから少し待ってほしいと言われました。ふふ、ちょっと楽しみにしているんです」
「あら、リディアーヌに似合いそうなデザインの物を探してるのかしらね。あなたたちって見ていると何かほのぼのするのよねぇ。顔立ちのせいかしら?結婚式はやるの?」
「はい、家同士の繋がりの関係もあるので、式とお披露目の夜会はやる予定です。家同士の関係で顔も知らない相手と婚約することだってあるのに、こうして私の気持ちを優先してくれた両親には感謝しかありません」
「そうね。それはそれぞれの家の方針だから仕方ないけれど、いいご両親に恵まれたわね。ふふふ、絶対にマークス子爵は、リディアーヌを妻に出来て幸せです、っていう笑顔で自慢してそうよね」
「それは……私も、オルフェ様が旦那様になってくれて幸せです、っていう顔をしてると思います」
「あらあら、ごちそうさま。マークス子爵は他の女性なんて一切見ずにリディアーヌだけを見ているから、気持ちいいくらいだわ。二人はすごく理解し合ってそう」
「知り合ってからまだ短いので、些細なことでも話し合おうって言われて色々な話をしているんです。なので、けっこうお互いのことは知っていると思います」
「それは当たり前だと思うわよ。人間、言葉に出さないと分からないことが多いもの。でも、それが出来ないことが多いのよね。勝手に相手の気持ちを決めつけて分かった気でいると、後で痛い目に遭っちゃうのよね」
「そうですね、私もそう思います。ずっと近くにいても、相手の心をちっとも理解していなかったこともありました」
「ごめんね、思い出させちゃったかな。でも、それを教訓にして、マークス子爵と仲良くするのよ。両想いっていいわねー」
「はい」
人気のない廊下で、あまりモーリスが見たことがないような笑顔で侍女仲間とそんな話をしているリディアーヌの声を、モーリスは陰に隠れながら聞いていた。
同僚に胸ぐらを掴まれて、騎士団の中でも何となく孤立をしてしまったモーリスは、初めて自分からリディアーヌを探した。
そして、たまたまリディアーヌが同僚と二人で歩いている姿を見かけて声をかけようと近付いたら、信じられない話をしていた。
リディアーヌが自分ではない誰かと婚約をして、結婚までしようとしている。
その瞬間、今まで当たり前だと思っていた将来が、音を立てて崩れていった。
リディアーヌが傍にいる当たり前の日常が、闇の中に消えていった。
同僚たちは、リディアーヌとマークス子爵のことを知っていたのだ。
それどころか、皇宮に勤めている人間の多くが知っていたのだ。
知っていて、誰もモーリスに教えてくれなかった。
いや、母がそんなようなことを言っていたが、見間違いだと思っていた。
リディアーヌが自分以外の男と一緒にいるなんて、あり得ないと思っていた。
捕まえなくては。
今まで一緒にいたのだから、リディアーヌが離れていかないように捕まえなくては。
捕まえて、今まで通りの生活に戻らなくては。
リディアーヌさえ傍にいれば、何も変わらないのだから。
モーリスの目には、暗い光が宿っていた。
「あら?今、そこに誰かいなかった?」
「え?……誰もいませんけど」
「見間違いかしら」
ラフィーネと話をしながら歩いていたら、ラフィーネが急にそんなことを言った。
きょろきょろと周囲を見渡したが、ここにいるのはラフィーネとリディアーヌだけで、他の人の姿は見当たらない。
「気のせいじゃないですか?」
「……そうね、まぁ、誰かに聞かれたとしても、内容はリディアーヌののろけ話だけど」
「のろけ話、そ、それはそうなんですけど、そう言われるとちょっと照れます」
「ふふ、やっぱりリディアーヌって可愛いわね。マークス子爵もリディアーヌのこういうところに惹かれたのかしら?」
「あの、ラフィーネさん、可愛いって言葉は、私よりオルフェ様の方が似合うと思いませんか?」
ラフィーネがリディアーヌのことを可愛いと表現したら、当の本人が割と真剣な表情でそう言ってきた。
リディアーヌの表情で、真剣にそう思っていることが見て取れる。
とはいえ、否定出来ない部分もある。
ラフィーネから見ても、オルフェ・マークス子爵は可愛らしい青年だった。
あれでいて、実はラフィーネと同じ年齢だったりする。
学園で同じクラスになったことはないが、有名人だったので顔は見知っていた。
当時から、年齢より断然下に見えて可愛いと評判だった。
「そういえば、オルフェ様派の方に何か言われることを覚悟していたのですが、未だに何も言って来ないんですよね。ラフィーネさんは何か知っていますか?」
以前、モーリスのことを好きになったという女性から、嫌みを言われたことが何度かあった。
オルフェは人気がある男性なので、誰かから嫌みを言われることを覚悟していた。
それどころか、ベタだが偶然を装って軽い怪我をさせられるくらいはあるかもしれないと思っていた。
けれど、未だにそんな気配はない。
「あぁ、それは……昔はいたのよ、マークス子爵のことを狙っている女性たちが。でもある時、その内の一人の令嬢が、気が付いてしまったのよね。マークス子爵があのままでいる可能性に」
「え?それって、どういうことですか?」
「マークス子爵は昔っからあの顔のままなの。もちろん昔に比べて多少は幼さが抜けたけど、童顔であることに変わりはないわ。当然、同じ年齢の女性たちよりも年下に見えるから、一緒に歩いていても姉弟か年下の男を侍らせている年上の女性にしか見えなかったのよねぇ。で、年を重ねていけば、女性の方は年相応の見た目になっても、マークス子爵は童顔のまませいぜい白髪が増えるくらいにしかならなそうじゃない?それって、下手をしたら母と息子に見られてしまう可能性が出てくるのよ。さすがに夫婦なのに母子に見られるのはちょっと……。しかも、そうなるかどうかの答えが分かるのは数十年後のことだし、さらに子供がマークス子爵の特性を受け継いで童顔だったら、自分だけ年を重ねていくのに家族はちっとも年を取らないという事態になるの。それってどうなの?っていう議論が沸き起こって……」
「童顔が特性?でもオルフェ様が白髪になっても、ただのオシャレにしか見えないかも」
「でしょう?見た目が若い旦那と一緒にいるのがいい、とか、嫉妬しそう、とか色々と議論されたみたいだけど、それで一気にマークス子爵の妻の座を狙う人間は減って、代わりにマークス子爵を愛でる会になったのよ」
「マークス子爵を愛でる会……」
「マークス子爵派と言われている人たちの正式名称。ただマークス子爵を見守って、目の保養として楽しんでる人たちね。ちなみにあなたたちの噂を聞いた愛でる会の人から聞いたのだけど、愛でる会的には、ようやくマークス子爵と同じくらいの童顔の女性が現れた、って喜んでいるらしいわよ」
ラフィーネから聞かされた真実に、リディアーヌは驚いた。
オルフェ派と言われている人たちが、実はただオルフェを見守っていただけとは全く知らなかった。
「知らなかったです。あの、嫉妬、とかは?」
「愛でる会に関してはないわ。マークス子爵に惚れる女性が現れる度に、愛でる会がその可能性の話をして愛でる会に勧誘してたらしいわ。基本的に害はない人たちだから、女性同士の会話で済んでいるの。もめ事を起こしたこともないわ」
ノアがオルフェを紹介してくれた時に、仕事が忙しくて恋人がいない、と言っていたが、そうではなくて、童顔過ぎて誰もオルフェの妻になる覚悟が出来なかった、というのがどうやら真実だったらしい。
「よ、喜ばれているようでよかったです」
「ふふ、そうね。言ったでしょう?あなたちは見ているとほのぼのするって。愛でる会の女性たちも皆そう思っているみたいよ。ただ、愛でる会の人たちが牽制していても、あなたのことをよく思わない人もいるから、気を付けていた方がいいのは事実よ」
「そうですね、気を付けます」
愛でる会はともかく、オルフェが人気のある男性であることは事実だ。
「しばらくの間は、誰かと一緒にいた方がいいわね。仕事中なら私が一緒にいられるけど、ちょっとでもおかしいと感じたら、すぐに逃げるのよ」
「はい、ありがとうございます」
ラフィーネの言葉にリディアーヌは感謝を述べた。
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