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3-3.伝達事項の手紙(1)

 いつまでも薄明るい夏が終わり、秋になれば定刻を過ぎる頃には日も暮れている。

 机やテーブルの上に灯した、オイルランプの光のみの薄暗い執務室内でフリードリヒはぼんやり頬杖をついて机の上に白く浮かぶ便箋(びんせん)を眺めていた。


「さて、どうしたものかねえ……口はきいてくれるけれど、それなりに怒らせてはいる」


 執務机に向かう彼の、すぐ側に立つことを許している護衛騎士はアンハルトのみである。

 今日は彼は非番なため、暗くなった部屋の隅に彼の部下である護衛騎士が三人、フリードリヒが仕事を終えて部屋を出るのを待っている。

 内一人、褐色の髪を襟足でひと束にしている二十代半ばの青年は、おそらくアンハルトの本業の側でも彼の部下である。はっきり聞いたことはなく、調べてもいないがたぶん間違いはないだろうとフリードリヒは考えている。


「そこの左側の角に立つ君だけで、あとは下がっていいよ。そう長くもいるつもりない」


 アンハルトは秘匿されているヴィルヘルムの側近。武官組織で公安と対諜報を担当する諜報部隊第八局長である。こちらが彼の本業であり、このことを知るのは国王と公務につく王子のみだ。

 第二王子付の近衛と衛兵に、アンハルトが彼の本業の部下を紛れ込ませているのは知っている。隠密性の高い護衛も二人別にいるというのに過保護なことだと思う。


「とりあえず、とっさの時の武器を持ってる人がいれば、私一人なら王城内なら多少のことは大丈夫だから」


 気まぐれな(あるじ)の指示をどこまで通すか判断するアンハルトが不在なこともあり、護衛騎士達が顔を見合わせる気配にフリードリヒは軽く肩をすくめた。

 少しばかり思案する表情でいた彼等だったが、フリードリヒの言う通りではあるため一人を除いて下がった。

 過去にふらっとフリードリヒがいなくなった先で、彼がたまたま遭遇した悪漢を一人で片付けた現場の後始末に関わっていない者は、いま第二王子付護衛にはいない。


「アンハルトは今日一日だめなのだっけ?」

「非番ですので」


 さすがに教育されていて、単に当番で休みと疑いもない様子で答える。

 しかしまだ若い。経験を積ませるためにこちらにつけているといった気がする。

 そう、と答えて、フリードリヒは取り上げたペンの先をインク壺へつけて、便箋の上で滑らせる。上質な白い紙に流麗な文字で、かなり殺伐と危うい事柄が(つづ)られていく。

 

(本当なら、もっと恋文らしい文面を書きたいのだけれどねえ……)


 フリードリヒは途中まで書いた、マーリカへ提出する伝達事項の文面を見下ろした。

 バーデン家が国外へ持ち出そうとしていた品は、ルーシー大公国と取引予定だったこと。

 両者を引き合わせたのはメルメーレ公国の第二公子である可能性が高いが、バーデン家側はそれを知らず、ルーシー大公国から話を持ちかけられた認識であること。

 また、ルーシー大公国との連絡は身元不明な連絡役を幾人も介していて、現状、証言したバーデン家当主ダミアンの妄言に過ぎないことまで記してある。

 

「メルメーレ公国の第二公子ねえ……」


 暗い部屋の隅に残した護衛騎士に反応の気配はない。

 アンハルトは要注意人物としているはずである。

 彼の部下として知っていて反応しないのか、知らされてない者なのか……どちらにせよ、フリードリヒが多少の独り言を呟いても大丈夫そうではある。


(たしかに狡猾(こうかつ)なのだろうけれど、じっとしていたのが数年前から急に目立ち始めている……誰の入れ知恵かな)


「一応、次期君主候補だから招待状は送っているはずだけれど……来られるかな?」


 フリードリヒは、手紙の続きを書くためペンを再び動かした。

 メルメーレ公国の君主シュタウヘン家の当主に、息子は二人。

 彼等は異母兄弟で、第二公子の母親は現当主の正妻ではない。君主家の一員に迎えられはしたが、一歩引いた家臣のような存在だった。

 第二公子はまだ少年の頃からまるで下僕のように、当主の身の回りから仕事の手伝いを引き受けて尽くしていた。正妻の子として甘やかされていた兄の側で。

 公の場において、君主が息子として側に居させるのは第一公子のみだった。

 長子相続をとってはいないが、後継者は当初第一公子のはずだった。


(情勢の記録からみるに、危うい仕事もやっていそうだ……オトマルク王家(うち)ならそんなことはしないけれど)


 兄弟の平等や危険を避けるといったことではなく、国や己を左右する弱点を特定の子に握らせることはしない。


(父上はあれで大祖母様似の合理性と計算高さな王だから……腰なんて痛めてるけれど)

 

 武官組織と文官組織を、ヴィルヘルムとフリードリヒに分けて管轄させているのもその一つ。

 また均衡は常に考慮されている。フリードリヒ自身にも問題があるとして、実質側近は大臣達な状態や人員がろくに配置されないことに手を入れず、放置しているのもそのためだ。


(それはそれとして……第二公子についてはどこまで書いたものか……)


 謹慎で離宮に軟禁状態の第一公子を監督しているのは第二公子。

 不器用で誤解されやすい兄の第一公子を擁護しながら信用を落とし、己に家臣の支持を集め、ついには第一公子派閥の貴族達もろとも失脚させた。

 その上で、彼等の資力を削り、孤立させ、生殺与奪の権はこちらにあると折に触れてほのめかし、精神的に追い詰める……バーデン家という受け皿も用意して。


(その目的は、公国内部の分断。そしてバーデン家と確執ある私を、彼等を使って害することで王国との対立の火種を起こす――そのようなことを狙ったと推察できる証言が、バーデン家当主とメルメーレ公国第一公子派閥貴族の者より取れたが、証拠は一つもない……っと)


 いま大陸は、五大国はもとより様々な国同士が互いに同盟関係を持っている。一つの火種に思惑ある国が一つ二つ介入すれば、関係諸国もまた選択を迫られることになるだろう。

 火は燃え上がり、大陸の均衡はあっという間に崩れる危うさがある。


「私一人では弱いと思うけれどねえ……」


 父や兄やマーリカが上手くやるだろうし、なによりマーリカの父親が動くはずだ。

 大陸中にその家系を広げ、密やかな謎の影響力を持つ由緒ある古き一族。

 その本家であるエスター=テッヘン伯爵家当主。

 カール・モーリッツという名の、かつてオトマルク王国の女帝アマーリアに仕えた“可愛い黒馬”。


「やはり花嫁の父上には事前に話は通しておいた方がよいのだろうね。後で微妙な嫌がらせをされそうだ……いまひとつ私とマーリカの結婚をよしとしているのかどうかわからない」


 ペンを持ったまま腕組みして、ぶすりとフリードリヒはぼやく。

 あの男を使っていた大祖母はやはり傑物だ。

 その大祖母が、唯一思いどおりにならぬから憎らしいと離宮でぼやいていたのが、在位四十年を迎えたアルヴァール連合王国の女王陛下である。

 少し考えて、フリードリヒは再び便箋にペンを走らせる。

 二枚ぴったり文字で埋め、追加した三枚目の紙に二行書いて、フリードリヒはペンを置いた。

 四つ折りにした便箋を封筒に入れて、封蝋(ふうろう)で手紙に封をし、彼の紋章を用いた印璽(いんじ)()したそれを上着の内側に収めて立ち上がると、部屋の隅の護衛騎士に声をかけた。


「待たせたね」


 執務室を出て、フリードリヒは彼の私室へ向かい廊下を歩く。

 王族の私的区画。彼の私室の斜め向かいは、王家が用意したマーリカの部屋である。

 彼女はとっくに彼女の部屋で寛いで、定時退勤後の夕べを満喫していることだろう。

 もう夕食も取ったかもしれない……それくらいの時間は経っているなどととりとめなく考えながらしばらく歩く。

 彼とマーリカの部屋の手前、脇道となる通路を過ぎて、ふとフリードリヒは足を止めて視線を通路へ向けた。


「どうしましたフリードリヒ殿下?」


 訝しむように目を細め、わずかに首を傾げたフリードリヒの様子を不審に感じたのか、護衛騎士が尋ねてきたのに、いやとフリードリヒはゆるく首を振った。


「……気のせいかな? 夜番の王宮使用人も入る頃だから彼等がこちらを見たのだろう」

「そう、ですか……」

「気になる?」


 おそらく、フリードリヒがアンハルトになにか伝えたそうにしていたことが彼の脳裏を過ったはずである。ただの近衛騎士ならフリードリヒの言葉に素直に迎合するだろうが、精鋭の諜報部隊の者だからこそこの手のことには敏感だ。

 

「……万一があってはと」

「まあ……場所も場所だしね。確認してきて。あ、私はもうすぐそこだ、衛兵にも言っておくから彼等と連携してくれたらいいよ」

 

 そうフリードリヒは向かう先で、廊下を守っている衛兵の影へと視線を向ければ、護衛騎士は彼に軽く頭を下げて(きびす)を返した。

 護衛騎士を(かえり)みることも待つこともせず、フリードリヒは歩を進めて彼とマーリカの部屋を警護する衛兵二人に声をかける。


「マーリカは戻ってる?」

「はい。しかしその……」

「いま、私の護衛が不審な気配に気づいてね、一人しかいないのに確認に向かった。どちらか応援に行ってくれる?」


 何故一人、と言いたげな顔を衛兵達は見せたが、第二王子の口から出た不審の言葉にわずかな緊張も走る。では、私がとフリードリヒに声をかけられて応じた衛兵が動き、彼が通路を曲がったのを見てフリードリヒはもう一人の衛兵を見た。


「おそらくマーリカはもう侍女を下がらせているから、君は伝えに」

「殿下は」

「マーリカに。出入り禁止と言われてるだろうけど、万一だから」


 少し低めた声でやや早口に伝えれば、もう一人の衛兵もフリードリヒの言葉通りに動いた。

 なにしろ二度狙われて重傷を負った実績がある、第二王子妃候補のマーリカである。

 しかもフリードリヒの妃になれる者は彼女の他にないと言われていて、侍女も手練れの者がつけられているから、衛兵も反応が違う。

 阻む者がいなくなったマーリカの寝室側の扉をフリードリヒはノックする。

 おそらく廊下の足音の気配を察したのだろう。少し間を置いて、扉が薄く開く。

 開いた隙間からフリードリヒの姿を見て、眉根を寄せたマーリカに彼は上着から手紙を取り出した。


「伝達事項を書面で提出に来たので入れてくれる?」

「殿下……」


 フリードリヒの言葉で、彼が衛兵を翻弄したとおそらく察したのだろう。

 マーリカはため息をついて、フリードリヒの出入り禁止を解いた。

 

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