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Ⅲ.近衛騎士アンハルト・フォン・クリスティアン(2)

 第二王子執務室内で、前代未聞のことが起きた。

 王家に仕えし上級官吏、それも二年程前に文官としては前例のない貴族令嬢で登用された、エスター=テッヘン伯爵家のマーリカ嬢が、執務室の主である第二王子、フリードリヒ・アウグスタ・フォン・オトマルクを壁際にまで追い詰め、その胸ぐらを掴んで、平手で、往復で、数回頬を打ちながら説教するといった……。


「室内の者は手が塞がっているため、応援要請を頼む」


 王族に暴行を働いた現行犯のマーリカを拘束し、取り調べを行うべく執務室の外へと彼女を連れて出たアンハルトは、執務室前の衛兵に言伝(ことづて)を頼んだ。

 室内でフリードリヒの後の警護を任せたのも、応援要請の伝言を頼んだ衛兵も、アンハルトの本業(・・)の部下である。

 主に非常時にアンハルトが動けるよう、第二王子周辺の近衛騎士と衛兵合わせ、交代勤務を考え二名ずつ諜報部隊の者を紛れ込ませていた。普段はどちらかに一人だが、今日は運良く室内室外に一人ずつ人員がいる。

 

「どうぞこちらへ、エスター=テッヘン伯爵令嬢」


 第二王子執務室を出て、一つ通路を置いた西側廊下にある小部屋へとアンハルトはマーリカを誘導し、テーブルの椅子に座るよう指示する。

 すぐ近くにほとんど使われていない賓客用の会食室があり、その隣室の小部屋であった。

 賓客の供の者や女性向けの控室や休憩室として使うような、用途の定まっていない簡素な部屋である。

 マーリカが一瞬、驚いたように目を見張ったのをアンハルトは見逃さなかった。

 

(やはりこのような部屋で取り調べなど、抵抗があるだろうな)


 現行犯とはいえ、まだ罪状も処分も確定していないうちは貴族であれば身分相応に扱う。

 特に彼女のような高位貴族令嬢であれば、本来なら、一旦、幽閉塔の貴族向けの個室か、王城内の然るべき部屋を手配した上で取り調べも行うものだ。

 しかしそうなるとなか起きたと部外者に知られる。

 どう考えても、彼女に一騒動起こさせることが主目的で扱いが難しい背景がありそうな案件である。

 朧げでも全容を掴むまでは騒ぎ立てず、秘密裏に進めたほうがよいだろう。


(どう説得したものか……)


 そう考えたアンハルトだったが、幸いにして頭を悩すには至らなかった。アンハルトの指示にマーリカが黙って大人しく従ってくれたからだ。

 椅子にかけたマーリカは、見ている方が気の毒に思えるほど憔悴した様子で項垂(うなだ)れている。

 それはもう従順過ぎるほどしおらしい態度だが、執務室からここまで、その表情が凪いだようになんの感情も読み取れないものなのが気になる。

 淑女はみだりに動揺を顔に出さぬよう教育されるものではあるが、マーリカのそれはなんというか……鋼鉄だとか氷のような無表情である。

 明らかに憔悴した様子との違和感がすごい。

 常ににこやかなフリードリヒと同じくらい考えの読めない、それでいて対極的な表情である。

 

(地方の弱小伯爵家とはいえ、エスター=テッヘン家は王国建国より遥か昔から続く由緒ある古い家系の貴族……)


 そう、貴族としての歴史でいえば、オトマルク王家も逆立ちしたって敵わない。

 このような盗みを犯した下女か側仕えのような扱いを受けては、内心、屈辱に打ち震えるものではなかろうか。

 そう考えると、表情にも出さずにこちらの指示に従ってくれる姿には、高潔さすら覚える。

 マーリカの側では、罪を犯した自分にこうも丁寧に礼儀を尽くしてくれるなんてと、驚き感激していたなどと想像もしていないアンハルトは、彼女の従順さに感謝するばかりである。


(現行犯でなければ、逆に不当な拘束と訴えられかねない。第一、エスター=テッヘン伯爵令嬢の言い分は完全に正しい。本当にフリードリヒの頬を叩いてさえいなければ、私だってこのようなご令嬢にこんなことは……)


 裏にいる者が次の手を打つなり、彼女との接点の痕跡を消される前に迅速に調べねばならない。

 応援要請をかけたのはもちろん諜報部隊である。

 これからこの部屋に取り調べの補佐としてやってくるのも、同時進行で調査に動くのも諜報部隊の人員だ。

 もっとも近衛騎士を装って動いてくれるだろうが。


「対応にあたる者が揃うまでお待ちください」

「……承知いたしました」


 アンハルトの言葉にもマーリカは律儀に応じる。

 罪を犯した上級官吏の取り調べといったら、まったく悪びれず横柄な態度を崩すこともしない手合いばかりである。

 いつもそんな輩の相手ばかりをしているアンハルトからすれば、心情的にはもう無罪放免でいいではないかと思ってしまう。

 第一、頬を数発打たれて説教されても文句が言えない迷惑を、日頃から現場の官吏達にかけているのはフリードリヒの側だ。暴力に訴えるのは誉められたことではないが、それを除けば一体このうら若き令嬢がやったことにどれほどの罪がと正直首を捻りたくなる。

 

(本当に裏もなにもなく、ただ(いさ)めにきただけなら、保身の欠片もない忠誠心は讃えられるものだ)


 まさに、マーリカはただフリードリヒを諌めにきただけだとまだ知らないアンハルトは、項垂れたままでいるマーリカに同情の眼差しを向けて彼女の正面の椅子に腰掛けた。

 しばらくして取り調べの補助の人員が部屋にやってきた。

 アンハルトがまずマーリカの名を呼べば、突然、彼女はテーブルへ額を擦り付ける勢いで謝罪の言葉を述べ出した。

 まさかそんなことになると思わず、狼狽しながらアンハルトが彼女を宥めていたら、別働で周辺事情を調査させていた者からの第一報が入って、アンハルトはマーリカへの取り調べを始める前から頭を抱えたくなった。

 

(本当に、どう扱えばいいのだっ……これは!!!)


 結論をいえば、第二王子を叩いたことさえなければ、まったく彼女に非がない。

 むしろ文官組織の上層部に翻弄された被害者であるといってもいい。

 部下から第一報で報告で上がってきた情報は、もはや嫌がらせや新人いびりの範疇を超えていた。

 

(陛下が認めた、王家に仕えし臣下の上級官吏な高位貴族令嬢を……辞めさせる目的で劣悪激務部署に配属させて、適切な業務指導も指示もない状態で二年も放置し、その上、実務担当は実質彼女一人で二十五連勤……だと?!)


 おまけに本人はその環境で実に真面目に働き、支障なく現場仕事を回しているというのだから驚くしかない。

 ありえない……。

 国の要職にもつく資格を持つ立場の令嬢が、完全に使い捨ての末端人員扱いになっている。仮に誰かの思惑でそうしたにしても、利権や組織のしがらみで対立する別の誰かが横槍を入れるはずである。

 しかし、高官達が誰一人として問題視していない点から、おそらく誰もこの事実を把握していない。


(人事院の人間も、一人くらいおかしいと思う奴はいないのか!?)


 現場の官吏達も人事院の配属の仕方で、関われば巻き添えをくう訳ありの官吏と考えているようで、状況やマーリカの勤務態度から見て、彼女を使ってなにか企んでいる者がいる可能性は限りなく低い。

 ありえない……ありえないことだが、なにか大きな手違いと錯誤がいくつも重なって、このようなことになっているとしか考えられない。


(フリードリヒ殿下に説教どころではなく、陛下や宰相閣下に訴え出て賠償を求めてもいいくらいじゃないか?)


 胸の内でそう思っても、まさか言葉にして口に出すわけにもいかない。

 ひとまずこれはフリードリヒだけでなく、文官組織の高官連中にも調査報告を上げて処遇を決めなければ、あまりに彼女の忠誠心やこれまでの働きが報われない。

 

(陛下や宰相閣下の耳にもおそらく入ってはいないだろう。下手に触ると暴発しかねない。エスター=テッヘン伯爵令嬢への取り調べは形式程度で十分だろう。彼女にいま必要なのは裁きや罰ではなく、休息だ!)


 こんなひどい裏事情をマーリカ本人に伝えることもできない。

 だからアンハルトは彼女に手早く済ませる旨を伝え、形式ばかりの取り調べを始めた。


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