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挿話13.真夏の夜の酔狂な宴

 夏である。オトマルク王国における社交シーズン。

 王都の貴族の邸宅や小離宮などでは夜な夜な華やかな夜会や男性貴族の会合が開かれ、昼は昼で貴族夫人を中心にお茶会が催され、そんな彼等のために商会や職人達も忙しく王都全体が活気付く季節。

 王宮でもシーズン初めの王家主催の夜会をはじめ、お茶会などの催しが何度か行われる。

 その中で、毎年、貴族達にとってちょっとした楽しみとされている夜会があった。

 元は日頃勤勉に王城に仕える臣下や諸侯達のために開かれる、息抜きの無礼講、肩の力を抜いて楽しんでもらうための小規模な夜会であったらしい。

 通称『紳士Nの夜会』。

 Nは名無しにちなむ。王が匿名で開く労いの夜会というわけである。


「毎年王都にいる貴族の投票で王族のドレスコードが決められる夜会だから、社交に出ていないマーリカでも知って……うん、まるで心当たりがない顔をしているね」


 フリードリヒの言葉に、彼の執務机の側に控え、彼の話を聞いていたマーリカは頷いた。

 まったく知らない。覚えもない。


「調整官、だったよね?」

「はい。ですが春先から秋口にかけては催しがあまりに多く……また会の通称ではなく主催名・施設名・式典名で管理していますから、どちらがその夜会にあたるのか……」

「投票は? 春に人事院の事務官が箱を持って各所を回るはずだけど?」

「冬以外は各所を駆けずり回っておりましたし、おそらくわたしが捕まらず数に入れられなかったのかと。殿下付になってからは殿下の執務室か視察のお供でしたし」


 本来、席があったはずの秘書官詰所なら来てくれたかもしれない。しかし、第二王子執務室では、下級官吏より階級の低い事務官が投票回収には来られないだろう。

 マーリカの説明になるほどとフリードリヒは頷き、「そうか、知らないか」と呟いた。


「社交に疎く、申し訳ありません」

「それはいいけど、この夜会、主催の父上は参加しないのに、王都にいる社交年齢に達した王子王女は参加必須でね。婚約者がいるなら同伴で参加。ドレスコードも適用される」

「つまり、殿下の婚約者であるわたしも参加必須でドレスコードに従うわけですね」

「うん、だからだと思うのだよね。今年のドレスコード、陰謀の気配を感じる……」


 陰謀とは、穏やかではない。しかし、ドレスコードに陰謀などあるのだろうかとマーリカは首を傾げる。


(特定の商会や工房しか扱えないものを指定して利益誘導する、とか?)


 投票が貴族に限られるのなら、派閥の組織票で出来ないこともない。


「君、いま本気の陰謀を考えているね? 遊びだから……」


 陰謀に本気も遊びもあるのだろうか。遊びで企てなど迷惑千万……と考え、なんとなくフリードリヒの顔をマーリカは見てしまった。


「マーリカ、王子をなにかよからぬ眼差しで見ない。面白半分、盛り上がるためだけのものだよ」


 フリードリヒは苦笑し、彼に届けられた開催概要をマーリカに見せた。

 詳細が決まるまで王族やその婚約者へは情報が回らないようになっているらしい。


「それはまた……取り仕切る担当者の気苦労を考えると、胸と胃が苦しくなりますね」

「マーリカ、骨の髄まで文官らしい感想だけれど、ドレスコード見て何も思わない?」 

「別にわたしは構いません」


 ドレスコードの説明に、『男性は女性の、女性は男性の正装であること』と書いてある。

 フリードリヒや男性王族の側は抵抗があるだろうが、日頃、男装で仕事をしているマーリカにとってはなんということもない。それに顔立ちから気の毒なことになりそうなのは父親似で雄々しい美丈夫な王太子のヴィルヘルムくらいのものであるような気がする。

 元が無礼講の会、王族に仮装めいたことをさせるのを許し、楽しむ宴なのだろう。

 ちなみに昨年は動物の耳と尻尾をつけるというものだったらしい。


「シャルロッテ王女殿下やロイエンタール侯爵令嬢も、素敵だと思いますよ」

「うん……まあ、大方その方面の画策だろうしね」

「その方面?」

「まあでも、お望み通りも一興かな」


 首を傾げたマーリカに、やるなら徹底するとフリードリヒは言った。

 他の公務もそれくらい気を入れてほしいものだとマーリカは思いながら、フリードリヒが少年だった頃の衣装を直せば彼女に丁度いいだろうと言った厚意には甘えることにした。

 普段から男装といっても仕事着なので、さすがに夜会用の正装は持っていない。


「お直し代はわたしに請求ください」

「どうして? 半ば公務でもいつも同様、国庫に手をつける気はないよ?」

「そのいつもにも正直困惑しているのですが……」


 夜会やお茶会のたびに衣装を贈られている。生まれた時から王族として人目に晒される立場であるだけにフリードリヒの選択に間違いはない。

 マーリカとしては、どんなことで揚げ足を取られるかもわからない、不慣れな社交の衣装に悩まないで済むことはありがたいものの、代金を請求して欲しい。

 ものすごく高額な請求になるだろうが、三年働いていた間の蓄えはそれなりにある。


「王宮から商会を通してなら経済政策の一環になるところ、わたしが不慣れであるためのご配慮には感謝しておりますが、殿下の私財であまりにも……これ以上甘えるわけには」

「文句言わないなと思ったら、そういう解釈か」

「え?」

「気にしなくていいよ、そもそも使ったうちにも入らない。出資すると大抵倍以上になって戻ってくるから減らないのだよねえ」

「……そういう問題ではないと思います」

「王子個人が貯め込んでいるのもよくないみたいだからさ、散財先になってよ」

「……」


 この人の運と引きの強さは財力においてもかと、マーリカは無言になった。

 だからといって、進んで享受する気もないけれど。


「これまで大祖母様の離宮の修繕くらしか使い道なくて……美術工芸品を蒐集しても結局資産になるのだよねえ」

「その離宮の修繕、一歩間違えれば殿下の責任問題になったのですが?」


(王家所有の建物なのに殿下個人が勝手に修繕していたと、わたしの療養に使われたことで発覚し、宮内局、整備局、財務局の三大既得権益強い厄介部局がそれはもう大変なお怒りで)


 離宮の修繕など本来なら公共事業である。それを王子個人が関係部局に相談もなくやっていたのだからこれは怒るのが道理だ。

 幸い宰相メクレンブルク公がとりなしに入りどういった力技なのか、フリードリヒが修繕工事ごと寄付した扱いで収拾はついている。


(三大厄介部局を一瞬で黙らせる宰相閣下のお力が……黙らせるだけじゃなく何故か好意的な収拾に転じているのも怖い)


「だからなおさら、婚約者なら散財先としても不自然ではないからね」

「なにか人を丸め込もうとされていませんか?」

「してないよ。欲がない以前にわかっていないよねえ、本当」

「どれほど値が張るものを頂戴しているかくらい、わかっているつもりです」

「まあ文官の衣服については譲歩するけど、他はボタン一つも譲る気はないのだよ」


 にこにこと机の上で両手を組み合わせたフリードリヒに、これは酔狂の類だなとマーリカは判断した。

 王宮に用意された彼女の私室のクローゼットやチェストの中はフリードリヒが用意したものでほぼ埋まっている。

 かくして真夏の夜の酔狂な宴に向けての支度は着々と進められたのだった。


*****


「あっ、あっ、待ってください……これは絵師をっ、いいえ写真技師を呼ぶべきではないでしょうかっ」

「シシィ……シャルロッテの布教でマーリカ推しは知っているけれど、さすがに第三王子の婚約者が救護隊のお世話になるのはまずいから気を鎮めて」

「わかっております。わかっておりますけれど! マーリカ様が、マーリカ様がっ……」


 鼻から口を覆うように両手を合わせているロイエンタール侯爵令嬢ことシシィに、本当に自分達の破壊力を自覚してほしいとアルブレヒトは嘆息する。

 夜会の場で次兄フリードリヒとその婚約者を見てすぐ、アルブレヒトは何故本気を出してしまったのか……と、額を押さえた。

 会場に設えられた休憩用の長椅子(ソファ)に、たっぷりした白絹のドレスに金糸で繊細な刺繍を施した幅広袖のローブを着た美しい聖女と、彼女を護るように側に立っている王族がいる。


(ローブで骨格を誤魔化しているのか。マーリカは底上げしたブーツとマントで細身の男性の体格に見える……マーリカ元々背も高いしねって、違和感消失し過ぎでしょ!)


 特に、短い金髪の先を編み込んだようにピンで留め、母親似の顔立ちを生かし目元の際と口元だけを薄い化粧で引き立てたフリードリヒは作り込み過ぎである。


「フリードリヒ殿下も素敵ですね。はあ……マーリカ様、物語の王子様のよう……」

「兄上には平常心か。君もわりとブレないよね、シシィ」


 ちなみにアルブレヒトは女性騎士の正装姿で、その婚約者は彼が少年の頃に着ていた式典服を夜会向けに直したもので装っている。

 可憐な彼女に合わせて、明るく淡い色味のものを選びレースやフリルを多めに直し、男装でも癒される愛らしさはそのまま。

 大変無難に、さしたる面白みもなく仲睦まじさだけを主張してまとめたつもりだ。

 そもそもこの夜会は暗黙の了解で主役とされる生贄がいる。

 わざわざ人目に晒される必要はないのである。


「マーリカおねえさまっ! それはっ、フリッツ兄様が十五の誕生祝いの際のお召し物!」


 貴族令嬢としてはややはしたない黄色い叫び声が聞こえ、ああうんそうなるよねとアルブレヒトは声の主である彼の妹を見て頷いた。

 王女なのだから自重しようと言いたいが、会場を見回せば概ね似たような反応なのでまあいいかと早々に諦め、アルブレヒトは彼の婚約者のために妹の近くへ移動することにした。

 少し離れた位置から不躾に話しかけたシャルロッテに、自ら近寄り挨拶して応じるのはさすがマーリカである。


(でも、ドレスコードだけで振る舞いまで合わせる必要はないのだけどね)


 恭しくシャルロッテの手を取って挨拶するマーリカに、ぎゅっとアルブレヒトのエスコートの腕を掴みふるふると首を振って自分を抑えているらしいシシィに、少しばかり複雑な気持ちになる。


(通常より気安い態度も許されるこの会で、マーリカに近づきたい男性貴族を令嬢達の人気で退けようとする、兄上の悪意を感じる)


 シャルロッテとマーリカの会話が聞こえて邪魔しない程度に近寄って、アルブレヒトはシシィと二人で待機の構えをとった。


「ここなら大丈夫?」


 耳打ちすればこくこくと頷くシシィに、複雑だけど可愛いとアルブレヒトは目を細める。

シシィにとっては慎みを保ち、マーリカの姿を存分に眺められる特等席だ。

 祖父が内務大臣の侯爵令嬢として、慎みある淑女を幼い頃から意識しているシシィが少しばかりそれを崩せる楽しみを見つけたなら、相手はマーリカであるしまあいいかといったところだ。


「いつの衣装かわかるなんて、さすがご兄妹ですね。シャルロッテ王女殿下」

「ええ……フリッツ兄様衣装の中でも五指に入る素敵衣装ですもの……」


(シャルロッテ、王女としても妹としてもどうかと思うのが漏れているよ)


 白絹に金糸や金モール刺繍を施した、王子の正装は少年らしさよりも少し大人びた雰囲気を演出するよう作られたもの。フリードリヒの衣装を流用するにあたって、中性的な容貌のマーリカにこれほど似合うものもない。

 下ろせば長い黒髪を後頭部の中程で一つ結びにしたマーリカは、女性としては長身なすらりとした立ち姿もあって、どこの国から来た麗しい若君だといった風情である。


「ふふ、シャルロッテ王女殿下は近衛騎士の正装なのですね。よくお似合いです」


 普段の延長なのか官吏の時の言葉遣いのまま、シャルロッテと談笑するマーリカはアルブレヒトから見ても、どこかの令嬢との縁談が来てもおかしくない貴公子ぶりである。


(文官の時も性別で区別しないからって、紳士的(・・・)な対応しているしね)


 会場のざわめきの中に、きゃあきゃあと年若い令嬢達の声が混じっている。


「フリッツ兄様、よい仕事をしすぎです……っ」

「え?」

「いいえっ、なんでもありません。フリッツ兄様はさすがですわね」

「ええ……まあ。やるなら徹底すると仰って」

「フリッツ兄様のお姿も眺めていたいのですが……わたくし少し外の風に……」


 でないとただ静かに見守るだけの平常心が……と呟くシャルロッテに、少しばかり不安の色がマーリカに浮かんだのを見てアルブレヒトはやれやれと胸の内で呟く。

 シャルロッテの呟きを聞いて、なにか物申したくなるおかしなところがあるのだろうかとでも考えているに違いない。同時になにも知らずに見たら、少し苦しそうな様子で頬を紅潮させているシャルロッテの様子も心配している。

 案の定、付き添おうかとマーリカが申し出て、シャルロッテはものすごい勢いで首を横に振った。

 平常心っ……平常心……と、呟きながらバルコニーに去っていくシャルロッテを見送ったマーリカが、アルブレヒトに気がついた。


「アルブレヒト殿下、ロイエンタール侯爵令嬢もご機嫌麗しく」


 ぴぇっ、と小さく淑女らしからぬ声を上げかけ内気そうにアルブレヒトの袖に顔を隠したシシィに、無自覚は怖いと彼はマーリカににこやかな笑みを向けた。


「うん。マーリカ僕らにはそれくらいで。父上主催といっても今日は気楽な場だから」

「はい。ああやはり趣旨にたいして堅苦しいのでしょうか。先程からまだあまりお話ししたことがないご令嬢がご挨拶にいらしてくれるのですが、なんだか居心地悪そうにされているように思えて」

「気にしなくていいと思うよ。社交界慣れしていない若い令嬢が多かったでしょう」

「ええ。成程、王太子妃のルイーゼ様のように優しそうにはお世辞にも見せませんから緊張させてしまったのですね」

「うーん、まあ半分くらいは兄上の服の効果かな?」

「やはり殿下の衣装は豪華過ぎたのでしょうか?」

「マーリカ……先程から、若い令嬢や一部ご夫人ものぼせて救護隊の衛兵が忙しそうだよね?」

「たしかに少々蒸し暑いですものね。大丈夫でしょうか」

「あのさ、マーリカ……ああうん、そうだね。夏だしね」


 少しは他者から見た彼女について自覚してもとアルブレヒトは思ったのだが、長椅子(ソファ)からにっこりと微笑みを向けてきた兄フリードリヒに、彼は引き下がることにした。

 笑みの圧が強い。


「マーリカ、シシィを任せても?」

「えっ、アルブレヒト様……」

「僕は兄上の補佐でマーリカとの接点が多いから、こっちのマーリカにも慣れて」


 ぴったり彼女が自分にひっついているのも彼女が楽しそうなのもいいけれど、その理由が少々アルブレヒトは面白くない。それにこのまま順調にいけば共に王子妃となる二人には打ち解けてほしい。


「こっちのわたし?」

「シシィは令嬢のマーリカとしか会っていないからか、男装のマーリカに人見知りしちゃって」

「そうなのですか? そんなに違いますか、ロイエンタール侯爵令嬢は男装でも愛らしさが変わりませんね」

「あ、ありがとうごございます。その、マーリカ様のお姿は王宮でお見かけしておりますけれど、今宵はあまりに素敵でしたので……」

「わたしにはお二人の方がずっと素敵に思えますよ。アルブレヒト殿下を見て気がつきましたが、なにもフリードリヒ殿下が無理にドレスを着なくてもよいと思いましたし」

「でもお美しいですから」

「ええ本当に……殿下のおかげで少々自信を失いかけました……」

「まあ、マーリカ様ったら」


 小柄なシシィと目線を合わせ、アルブレヒトの影に隠れている彼女を覗き込むように話かけ、自然にアルブレヒトからシシィを引き剥がしたマーリカに、本当に彼女が貴族の男でなくてよかったと彼は思う。

 エスター=テッヘン家は王宮と疎遠な伯爵家。家の力の序列は低い。しかし古い家系で家格は意外と高い。マーリカは古くから続いているのが唯一の取り柄と言うけれど。その唯一が大き過ぎる。


(親類の広がりも考えたら、高官職を輩出する名門ロイエンタール家なら王家と天秤にかけかねないよね。あの謎の影響力を知れば間違いなく王家より優先する)


 そんなことをひっそり胸の内で思いながら、アルブレヒトは気怠そうに長椅子(ソファ)の肘掛けに斜めに寄りかかって座っているフリードリヒの真正面に立って、彼を見下ろした。


「兄上、どうしてそんなに気合い入れてきたの……あとが大変だよ?」

「マーリカで楽しもうなんて、若い令嬢やご夫人達でもちょっとね。まあでも社交の必要なくなるくらいご満足いただけたら後々楽かなと。この場の虫除けにもなる」

「その狭量さ呆れるよ」

「幼女の頃から囲い込んで婚約した弟に言われたくない」


 むすっとしてぼやいたフリードリヒに、別に囲い込んだわけじゃとアルブレヒトは口の中で言い淀む。

 子供の頃は虚弱だったアルブレヒトが寝込むと、シャルロッテの遊び相手で連れ立ってお見舞いに来てくれたシシィが可愛い過ぎた。ただそれだけなのだ。


「いいよもう」


 間違いなく何人かの貴族女性はマーリカの支持者になるだろう。王子妃になっても男装大歓迎となるのも狙っているかもしれない。マーリカについては人知れず手間暇惜しまないアルブレヒトの兄である。

 それはそれとして。


 ――え、いやいや待て……アリ……なんだが。

 ――クリスティーネ嬢と遜色ない……美女、だと。

 ――第二王子だ、しっかりしろ、清楚な……第二王子、だよな……?


「ねえ、兄上がその格好する必要ある?」

「ないけど、マーリカに相応しくないと。やると決めたら徹底するのだよ、私は」

「そう」


 紳士諸君のなにか惑わされている様子に、我が兄はなに無差別に人の新しい扉をこじ開けているのだろうと、アルブレヒトは嘆息する。


「まあでも、主役には及ばないけどね。本当、義姉上って大兄上で遊ぶのが好きだよね」

「今回は私が圧勝と思っていたのだけどねえ」


 アルブレヒトとフリードリヒはホールの一角の人だかりへと目をやった。

 そこには椅子にかけた王太子夫妻の姿があった。


「夫婦で衣装を取り替えたって感じで、なにをどうしたらああなるの? おかしくない?」

「うーん、父上似とはいえ兄上は美丈夫の部類だからねえ。義姉上の装いと化粧の腕があってこそだけど」


 真紅のドレスに真紅のベールを纏った王太子ヴィルヘルムは間違いなく妖艶な傾国の美女となっていた。


「まあ皆、大兄上の変身ぶりを毎回楽しみに来るようなものだからね」


 その後、“推しはただ静かに見守るべし”といった、平常心を取り戻したシャルロッテとその取り巻きのご令嬢達に囲まれて、ホールの上階へ行く階段を上り下りし、握手を求められていたマーリカが解放されてフリードリヒの側に戻ってきた。

 下手に入っては令嬢達全員を敵に回しそうで、様々な思惑でマーリカとお近づきになりたかった男性陣は側に寄ることも出来ないでいた様子だ。

 残る者は残って楽しむだろうがお開きの時間も近づいている。


「そういえば……殿下と踊る間もなかったですね。よかったのでしょうか」

「そういう正しい夜会ではないから」

「兄上なんて長椅子(ソファ)でだらだらしていただけだしね。シシィは?」

「シャルロッテ王女殿下とご一緒ですよ」

「そう、じゃあ迎えに行こうかな」


 アルブレヒトはフリードリヒとマーリカに簡単に挨拶して、シャルロッテの集まりへと向かった。

 背後で、「なるほど、こういうものなのですね」とフリードリヒに話しかける声が聞こえて、軽く振り返ればフリードリヒの隣にマーリカが腰掛けている。

 遠く前方から複数の少女の悲鳴にも似た盛り上がる声が聞こえて、アルブレヒトは苦笑する。寄り添ってなにか話している様子はシシィの言う通り物語めいた雰囲気だ。

 なにを言ったのだろう。フリードリヒが口元を動かし、花が綻ぶような微笑みをマーリカが見せた。

 それはもうフリードリヒ以上に男女無差別な破壊力で、今宵一番のざわめきが前方の一角から起きる。

 兄上が独り占めは無理じゃない? と、アハハッと思わず声を立ててアルブレヒトは笑ってしまった。

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