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2-5.思惑は踊るされど関せず(1)

「現実の世もこうであればいいのに……」

「なにか?」

「いいや、独り言」


 ルールは単純かつ簡単で明瞭なボードゲームの、盤上の拮抗状態をあえて維持して対戦しつつ、ぽつりと漏らしたぼんやりとした考えを聞き返してきた相手にフリードリヒは軽く首を横に振った。

 現実の世は、いつまでも終わらない確執や問題や義務のしがらみが多過ぎる。

 自分ではどうにもならないことに左右される要素も大きい。

 加えて様々な者の隠された思惑も乱舞している。実に面倒くさい。

 他者でも替えがきくのに、己が面倒な役割を担わなければならないのだといった圧や制約がかかるのも理不尽だ。

 そんなことはない、と主張する者もいるかもしれないが実際そうである。

 一国の王とて、代替わりあるいは倒されて別の者に変わる。交替の経緯が穏便かそうではないかの違いだけだ。

 オトマルク王国の第二王子にして、深謀遠慮を要求される文官組織の長。

 フリードリヒ・アウグスタ・フォン・オトマルク。

 彼は、国と民に有益に機能するなら、別に第三王子でも臣下でも誰でも彼の立場をやってくれていいと考えるくらい、国や民と等しく怠惰も大事な人であった。

 だって国や民に支障あれば、どんな立場でも楽ができない。


(私の場合、暢気に楽に人生送ろうと思ったら、結局のところ国が安泰で王子として生きるのが最適解。仕事とか義務とか本当に面倒だけれど王子でいる以上は仕方がないし)


 仮に臣に下ったとして、王家だけでなく、与えられるはずの領地のために尽力など今より絶対に骨が折れる。指示できる人材においても、最も質と数の面から見て揃っている王宮のようにはいかない。

 平民の生活はもっと無理だ。家から道具から食料その他、なにからなにまで自分で用立てていかなければならない。三日と保つ気がしない。


(それはそうと……)


 第二王子執務室、来室者を応対するテーブルセットの長椅子に少々だらしなく身を預けてフリードリヒは思考をゲームの盤面へと戻した。

 ぱちり、と石を置く小さな音がして、上下を白石に挟まれたフリードリヒの黒石が一つ、ひっくり返されて白石になる。


「殿下、本日の予定はご存じですよね?」

勿論(もちろん)だよ、マーリカ。なにしろ朝から三度も君が繰り返してくれたからね。流石の私も忘れるのは気が引ける」


 細く白い指が盤上から離れていくのを眺めながら、フリードリヒは確認に近い問いかけにのんびりとした調子で答える。

 勝負の相手、麗しき男装の王族補佐官でフリードリヒの婚約者でもある令嬢は、見る人によっては冷淡にも見える、冷静で凛とした様子をあまり崩さない。

 フリードリヒに問いかけた口調も淡々と落ち着いたものだったが、声音にはなにかを気にしているような焦りがごく僅かに含まれていて――彼との勝負にも身が入っていない。

 いつになく注意散漫な様子でいる理由はわかっている。


「でしたら――」

「まだお昼前だよ。夜会まで時間は十分ある」


 フリードリヒはそう言って、白にされたばかりの石の右斜上に黒石を置き、石の色を元の黒に戻す。彼と向かい合う一人掛けソファの席に座っているマーリカが、明らかにむっと眉を顰めたのに、彼はくすりと笑むと盤面に落としていた視線を持ち上げた。


「マーリカらしくもない。今日は随分と焦っている」

「殿下こそ、今日はいつになく鈍い手では」


 たしかに彼女の言う通り、初心者がむきになったようなこんな手はフリードリヒも普段は打たない。

 別の場所に石を置いただろう。

 しかし、鈍いと言われるほど悪手でもない。

 より正確には、盤上の戦況を良くも悪くもしない手であり、早く勝負を終わらせることばかり考えているマーリカの関心をフリードリヒへ向けさせる手でもある。

 ついでに言えば、彼の執務机の脇で置物のように立って、彼女とのやりとりを見守ってくれている護衛騎士のアンハルトが「いい加減、エスター=テッヘン殿を解放しては」と思っていそうなのもわかっているが、別に気にすることではない。


「さっきまで大臣達との会議に出ていたし、私と一勝負くらい大した時間じゃない」

「そう仰ってもう三度目です」


 すんっ、と。

 愛想の欠片もない、冷めた声と表情で返してきたマーリカに、フリードリヒは笑い声を立ててしまいそうになる。

 つれない言葉と態度でいて、彼が彼女の退室をこうして引き留めているのには付き合ってくれているのだから。こんなことは仕事の範疇ではないと突っぱねて、部屋を出ていくことだってできるのに。彼女はそれを選ばない。


(本当、仕事以外では私に甘いよねえ。マーリカって)


 本日は、メルメーレ公国との官吏交流制度で受け入れる一団を歓待する夜会がある。


「殿下の婚約者として公の場に出る支度が色々と。その、侍女の方々が張り切っていまして……」

「そうだろうねえ」


 貴族女性にとって夜会の支度は時間がかかる。マーリカ自身はともかく、第二王子妃候補である彼女付きの者達は、普段、男装でお手入れより仕事最優先な彼女を磨き立てられるこの日を心待ちにしていたはずである。それを察していて蔑ろにできる彼女ではない。


「それについては私も多少は気が向くのだけどね」

「多少ですか」


 第二王子の婚約者としてマーリカが初めて出る、婚約の正式なお披露目も兼ねた公の場。

 貴族令嬢として夜会に出るのも初めてだ。

 なにを言われることもないようにと気を張っているのもわかるが、ことさら磨き立てずとも、装ったマーリカが綺麗なのは間違いない。

 秘書官だった頃は、フリードリヒに付いて外交の場に赴けば、黒髪黒目の冷涼な魅力を放つ男装の麗人ぶりで、 “オトマルクの黒い宝石”などと他国の者達から呼ばれていた。

 マナーや立ち居振る舞いはもっと問題ない。この国の貴族達よりずっと作法に厳格な他国の王族から感心されるくらいである。

 そんな彼女の腕を取り、婚約者として夜会の場に出ることは彼も悪い気はしない。


(婚約が公示されても諦めの悪い虫が一掃できるだろうし)


 とはいえ、“絶対に必要なこと”でもない。彼にとっては日常の延長でもある。

 秘書官でも王族補佐官でもマーリカの最大の任務はフリードリヒに仕事をさせることに変わりない。それこそ「おはよう」から「おやすみ」まで、一日の大半、彼女は彼の側にいる。

 王宮に出入りする者なら、何度か一緒にいるところを見ているだろう。


(侍女達にあまり気合を入れてかかられても可哀想な気もするから、侍女達に欲求不満解消の機会を時折と思ったのだけどね)


 フリードリヒ自身の楽しみも半分含め、彼は盛装指定で時折彼女を誘ったものの、「この忙しい時に遊ぶのもいい加減にしろ」と楽即斬、怠惰即滅の勢いで切り捨てられた。

 十回誘って一回だけ、交換条件付きで渋々フリードリヒが贈ったドレスを着て、私室の応接間で二人きりの夕食に応じてくれたくらいのつれなさである。

 婚約する前より後の方が、婚前の節度を盾に接触に厳しくなっている気もする。


(私相手にちょっと緊張して可愛かったけどね。それ以上に交換条件の仕事が厳しかったけれど。盛装の美女に冷ややかな目と尋問めいた口調で詰められ、現状説明させられる王子って……いや、あれはあれでまあ、うん)


「殿下、なにをお考えで?」

「ん? んー、お披露目といっても、私がマーリカと一緒にいるなんて王宮に出入りする者達には今更だ。そう気負う必要はないよ」


 フリードリヒとしてはマーリカのことを慮って言ったつもりだったが、しかし彼女はなんとなく不服そうに彼から軽く目をそらした。


「それとこれとは違います」

「男装の印象が強いだろうから新鮮味はあるだろうけどね。我々については形式上差し込まれた前座、主役は官吏交流制度で受け入れるメルメーレ公国の特に君の親族だからさ」


 フリードリヒからすれば正直出るのが億劫な夜会だ。

 マーリカが会議に出ている間に、さらに億劫に思う事が追加されてもいる。


「……だとしても。殿下のやる気のなさに、人を巻き込まないでください」


 マーリカが普段の彼女なら絶対に置かない場所に石を置き、ぱちぱちとフリードリヒの黒石を白へひっくり返す様子を見て、彼は見切りをつけたように軽く目を伏せた。


「ふむ、やはり君らしくもない」


 大臣達との会議の報告を済ませ、さっさと執務室を退室したいマーリカを引き止めている自覚はあるものの、王家が選んで彼女に付けた侍女達はどんな状況だって支度をしくじるわけがないし、夜会には彼女一人で出るわけでもないというのに。


(責任感の強さゆえにしても、考えものだよね)


 もう勝負は終盤に差し掛かっている、終わらせて解放しないと本当に機嫌を損ねそうだ。本気で怒らせると二、三日は業務遂行に必要な最小限でしか構ってくれなくなる。

 フリードリヒは、彼から見て右上角へ彼の石を置いた。


「打ち間違えたにしても、抜けているなんてものじゃないよ」

「あっ」


 大きく目を開いた後、瞬きしてフリードリヒの顔を見た彼女に、ようやくこちらに気を向けたと彼は空色の瞳をにっこりと細める。


「待ったは、なし」


 普段のマーリカであれば、こんな失態はおかさない。

 盤上の拮抗は完全に崩れ、フリードリヒの優位に傾いていた。

 終盤に差し掛かっての立て直しは難しい。


「マーリカが重く感じるような夜会なら、ますますやる気が出ない。アルブレヒトに渡す書類を見る方がいくらかマシだとすら思える。バーデン家の謹慎も解けたことだしね」

「……バーデン家?」


 彼女にしては珍しい、ぽかんと呆けた表情と世間知らずな令嬢が口にしたような呟きにおやとフリードリヒはわずかに首を傾げた。文官として優秀なマーリカのことだから、そのことを意識して気を張っているのだと思っていた。そうではなかったらしい。


「知らない?」

「え、あ、いえ……知っています。先代の王妃様のご実家で序列三位の五大公爵家の一つ。わたしが王宮に上がる前に殿下が関わった案件の記録も読んでいます」

「そっ、王家の厄介な外戚。祖父上は亡くなっているし、王太后も隠居して久しいけれど」

「たしかバーデン家の当主をされているのは、先代の王妃様の甥の方ですよね」

「そう。隠居して公務一切から退いて久しく、七十を超えても王太后は健勝でね。ああっ、いいよねえ隠居! マーリカ、私も隠居したいっ!」

「……殿下」


 ハアっ、とこれ見よがしなため息を吐いて額を軽く右手で押さえ、左手で石を置いたマーリカの手を見てフリードリヒは口の端をわずかに吊り上げた。

負けは確定しているのに、最善を尽くそうとしている手だ。


「人が聞いたらどう思うかといった言葉を口にして、なにをにやにやと……」

「マーリカは、勝負に主従は関係なしの貴重な好敵手だからね」

「負けは確定ですが……。今日はこちらで最後ですよ」

「わかっているよ。私がマーリカを本当に困らせるとでも?」

「常に本当に困っておりますが? 殿下のお仕事へのやる気のなさと、現場を振り回す言動と、顔と運の良さと偶然で成される大き過ぎる功績の後始末と、節度のなさ加減が透けて見える振る舞いに」


 フリードリヒを真っ直ぐに見る目は真剣そのもの。並べ立てられた言葉は淡々と冷静な口調だからこそ怖い。なにか具体的に思い浮かべての怨嗟と殺意すら感じる。

 愛憎は表裏一体となにかで読んだ気がするけれど、だとしたらまったくもって――。


「マーリカの愛が重く厳しい……っ」

「なにを仰っているのか意味不明です」


 いつものことながら、王子であるフリードリヒに容赦がない。二人の他、執務室にいるのが護衛のアンハルトだけなのもある。中継ぎの筆頭秘書官、第三王子の弟アルブレヒトがいると彼に配慮して、少しだけ厳しさ控えめになる。

 アルブレヒトはいま、第三王子執務室で引越し準備中だ。

 来週には、彼の執務室はフリードリヒの真向かいの部屋へ移る予定である。


「バーデン家のお話ですが、殿下のやる気のなさはいつものこととして、なにか気がかりでも?」

「今日刺々しくない? なにか怒っている?」

「通常運転です。婚約者だからといって、臣下として主を甘やかす理由にはなりません」

「たまには主を誉め称えようよ」

「誉め称えるようなことをしていただけたら、いくらでも誉め称えます」

「まあいいけどさあ、あの家は私に好意的ではないのだよ。ところで、君の言う通り負けは確定。最善を尽くしてあと三回で手詰まりになると思うよ」

「くっ……!」

「最後までやりたいところだけど、君が時間を惜しむなら止めてもいい」


 不服そうな表情を見せたマーリカではあったが、元々上の空で対戦していたのは彼女である。了承して、盤上の石を片付け始める。


「人を引き留めるだけ引き留めて……」

「理由はわかっていても、一刻も早く去りたそうにされるのは、主の立場でも婚約者の立場でも面白くない」


 集めた石を袋へ収めていたマーリカが俯けていた頭を少し持ち上げる。彼女はフリードリヒを上目遣いに見て、口の中でなにかぼやきながらため息を吐いた。


「幸せが逃げるよ、マーリカ」

「殿下に捕まった時点ですべての幸いから逃げられております。日頃の己の行いを振り返れとも思いますが……申し訳ありません」

「棘があるけど、許す」


 マーリカ、と少しばかり甘みを乗せた声音でフリードリヒは呼びかけた。


「それで、バーデン家と殿下の間にどのような確執があるのでしょうか」


 甘やかに呼びかけたのに……即座に、鉄壁の忠臣の冷静さで無効化された。


「マーリカぁぁあっ」

「業務時間内です。何度も言っておりますが公私は区別する主義です」

「ならば私も何度でも言おう。王族に公私の区別なんてないっ」


 じっと黒い瞳がフリードリを見詰める。引き込まれそうな目だ。

 磨いた黒曜石のような眼差しはふっと翳り、軽くそむけた白い頬にかかる一筋残した横髪を軽く払って、マーリカは口元を動かした。


「――三年前、殿下が法務大臣に丸投げし処理された、公爵令息による中級下級貴族令嬢への搾取及び詐欺事案。バーデン公からすれば、殿下の指示による調査で王宮から遠ざけられ、家を守るため処分されるより早く、自ら跡取りの令息を断罪し廃嫡せざるをえませんでした」


 澱みなく、記録文書の内容を要約して述べたマーリカに、文官組織の記録保管庫が頭の中にあるようだと、フリードリヒは半ば呆れ半ば感心する。


「会話の流れを綺麗に無視してくれたね」

「殿下は殿下の思う通りに振る舞うでしょうから、公私の区別については不毛な議論。時間の無駄です。わたしが適切に対応すれば済むことです」

「成程。続けて」

「はい。しかし王太后殿下のご実家であることを考慮し、表向き謹慎は長期療養。序列も三位のまま。人に仕事を丸投げした途端に忘れるフリードリヒ殿下が、この程度の事案でバーデン公を気にされるとは思えません」

「真剣な憂い顔で失礼なことを言う……。随分以前のことだけれど、大祖母様と王太后はなにかと牽制し合っていた間柄でね、私も一度だけ間に挟まれたことがある」


 フリードリヒにとっては楽しく優しい大祖母だが、彼女は他国から嫁いだ姫にしてオトマルク王国で“女帝”の二つ名を持つに至り、女性王族の中で唯一 “陛下”と呼ばれる人である。

 王国を名実共に大国にするため尽力し、夫亡き後、王として国をまとめるには優柔不断だった息子を憂い、外交を担い内政の安定を維持するため、死ぬまで権力の中枢に君臨し続け王家の求心力を孫である現国王ゲオルクに引き継いで亡くなった。

 一方、先代の王妃、現在王太后と呼ばれているフリードリヒの祖母は、実家の家門の利益と王宮内の権力のみに固執した人である。

 先代国王とバーデン家の娘であった王太后は、王宮勢力の調整のため“女帝”が決めた政略結婚であったらしい。王妃にしても好きにはさせないとなれば、衝突は避けられない。


「先程から、祖母君のことは王太后なのですね」


 呟くようにそう言ったマーリカに、あまり深い考えも意味もないけれど、そういえばそうだなとフリードリは思う。


「細かいところを突いてくるね。母上と一緒にいた時に一、二度顔を合わせて睨まれたくらいの接触しかないし、四つの私を幽閉塔に送ろうとした人でもあるから祖母といった親しみがないだけだよ。ちなみに幽閉は大祖母様と父上によって阻止された」


 フリードリヒはソファから立ち上がると両手を軽くあげて肩をすくめ、彼の執務机に向かう。背中に困惑を含んだマーリカの視線を感じる。


「それは、親しみがないといった話ではないのでは……」

「そう? 当時、大祖母様の周辺で一番難癖つけやすかったのが幼い私だっただけだよ。大体、幽閉されかけたって知ったのはかなり後だし」


 当時、フリードリヒは周囲の大人が彼に困惑や奇異の目を向け、家庭教師の幾人かが辞めていったことを覚えている。女帝に懐き可愛がられていた幼い第二王子は、攻撃するのに都合がいいだけのものはあったのだろう。

 幸いだったのは、先代王はフリードリヒが三歳の時に父ゲオルクに譲位し玉座から退いた後だったこと。家族の情に厚い父ゲオルクが、王太后の権力欲と内政に混乱を招く過干渉には辟易し、息子を擁護する姿勢を崩すことが一切なかったことだ。 

 そうでなければ、現役王妃と王宮内で勢力をまだ保っていたバーデン家の力で押し切られていたかもしれない。

 バーデン家は北方の国境近くに領地があり、王国の工業発展に欠かせない良質な鉄鋼の鉱脈を有しているため、王家としてもぞんざいには扱えない。


「まあそんなこともあってね。それなのにバーデン家の当主が夜会に来て私を祝ってくれるってさ」


 執務机に積まれた書類の影から上等な紙のカードを指に挟んで取り上げ、マーリカが会議に出ている間に届いたことをフリードリヒは飄とした調子で伝えた。


「マーリカに意地の悪いことの一つも言うかもしれないけれど、エスター=テッヘン家には、バーデン家どころか王家も逆立ちしたって敵わない歴史がある。その一点でただの伯爵家とは言えないよ」


 テーブルの上を片付け、立ち上がったマーリカが近づいてくるのを見ながら、先回りしてフリードリヒはそう言ってカードを口元に笑った。

 本当はそれどころでなく、影の大国とも言えるエスター=テッヘン家だが、マーリカは彼女の実家の真実を知らない。一族でも知る者が限られていることをフリードリヒから教える気はない。

 知らされていない理由や事情があるのだから、そっとしておくに限る。


「はあ。それは……何度か王子妃教育の教師や王太子妃殿下からも言われました」


 マーリカの言葉に、フリードリヒは執務机の椅子に座って首を傾げた。


「じゃあ、どうしてそんな心配そうなの?」

「殿下自らそんなまともなことを仰って、なにかの予兆としか思えません」

「理不尽だ……」


 丁度、午時となったところで、フリードリヒはマーリカを解放した。

 午後は夜会の支度のために非番となるマーリカから、くれぐれも本日分の書類を彼も支度をする前に片付けておくよう念を押され、まるでそういった仕掛け人形のように首を縦に振りながらフリードリヒは彼女を執務室から送り出した。

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