表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/90

2-4.第二王子と壁画と公国貴族(1)

 オトマルク王国、王都リントン。

 高台から栄える街を見下ろす王城は、今日も大陸五大国の栄華を誇る壮麗な姿を見せている。

 丘陵地に建つ王城は、中央の建物の左右に南北へ伸びる両翼を持ち、その両翼の裏から東へ回廊で繋がる二棟がある。

 中央の建物がやはり東へ向かって奥行があるため、王城は細長い建物の左端、右端、中央から三つ建物が突き出ている形になっている。

 鳥の如く上空から王城を見下ろせば、王城のある西側から囲うような城壁に守られて、東方で使われる「山」という文字に似た巨大な建物。建物よりはるかに広大な元狩猟地だった土地に造られた大規模な庭園と、庭園のはずれに点在する二つの離宮がある。

 そんなオトマルク王国王城左翼の棟の窓から、冬晴れの空を飛び去っていく鳥の影を仰いで、文官装束に身を包んだ黒髪黒目の男装の令嬢は廊下で小さくため息を吐くと、上着の内側から取り出した銀時計の時間を見てまた戻す。


「しばらく大人しくしてくれていると思っていたら。よりにもよって陛下との謁見前に……まったく」


 そうして彼女は、迷いのない足取りで廊下を歩く。 

 城の内部は主要な廊下から分岐する通路に迷宮としばしば評され、王宮勤めの者であっても無関係な区画であれば通路に迷うこともある。

 建国からまだ間もない頃、簡単に攻め落とされないために内部を複雑にしたという話。

 建築計画があまりに壮大かつ複雑であったために誤って図面と異なる形になった箇所がある話。

 現在の姿になるまでの増改築の結果だという話など、諸説あるものの本当のところを知る者はいない。

 王家の直系のみが知る通路があるといった噂まであるが、それについてはただの噂だと聞いている。

 だから、いま。

 彼女が仕える“彼”が、王城の外へ出て行った可能性は極めて低い。何故なら、“彼”が抜け出すための穴は彼女が潰したはずだから。

 彼――オトマルク王国第二王子にして文官組織の長。

 フリードリヒ・アウグスタ・フォン・オトマルク。

 公務に対するやる気のなさと気まぐれな言動で現場の文官達を振り回す、通称“無能殿下”に唯一仕事をさせることが出来るとして、いまや“文官組織の女神”と称される文官令嬢。

 文官組織専任王族公務補佐官。

 マーリカ・エリーザベト・ヘンリエッテ・ルドヴィカ・レオポルディーネ・フォン・エスター=テッヘンという、王国建国前から続き大陸各地に縁者がいる、由緒あるその家系を表す長い名前を持つ彼女は、フリードリヒの執務室のある左翼の棟から中央の主棟の境へと歩く足を早めた。

 人が行き交う大廊下と一筋違いの東の庭園に面し大きく開いた窓が連なる通路。

 女神の廊下(ギャラリー)と呼ばれる、円柱とアーチ天井が続く廊下。

 その名の通り、連なる窓三つ分にも渡る向かいの壁面を使って、古代神話の三女神が描かれている。

 昼と夜と黄昏、三女神は国の行く末や人の一生を見守る女神であるという。

 描いた画家は不明だが、時代を超える美しい壁画であることは間違いない。

 やけに厳かな静けさを保つ、白大理石で造られた廊下は窓からの光もあってやけに白っぽい明るさで、三女神の真ん中に描かれている黄昏の女神の足元にぽつんと佇む人影がある。


「時間かな? マーリカ」


 フリードリヒ殿下――、と。

 マーリカが声を掛けるより早く、壁画と向き合ったままの人影の問いかけに彼女は「はい」と答える。

 すると彼女の仕える主にして婚約者でもあるフリードリヒは、その美貌も台無しにする面倒くさそうなやる気のない表情を彼女に向けた。

 

「本当に主の私思いというか、さてはここだけ残したね」

「むやみに王城内や外をうろつかれるよりはと」

「ふむ」


 マーリカが使うはずの執務室と第二王子執務室にある筆頭秘書官の席を交換し、本来の第三王子執務室を引っ越しすることになったアルブレヒトを謁見に向かう時間までの約束で手伝っていたマーリカだったが、当番の護衛騎士にフリードリヒがいなくなったと泣きつかれ作業を切り上げた。

 ちなみにマーリカの執務室と第二王子付筆頭秘書官の席を交換することになったのは、フリードリヒの強い要望による。たしかにそうした方がマーリカもアルブレヒトも便利なので了承はしたものの、なんとなく釈然としない。


「高頻度でいらっしゃる場所のようですから」

「ぼんやりするにはいい場所だからね。何故か人があまり来ない」


 フリードリヒの言う通り、城内の一通路でしかないにも関わらず、大廊下と違って常に人気があまりない。

 公務から逃れるように護衛騎士の一瞬の隙を突き、すぐふらりと執務室を抜け出す彼の行き先として、あえて一つだけ潰さずに残した場所であった。

 フリードリヒが執務室抜け出したのはマーリカが側を離れていただけでなく、今日は、近衛騎士班長のクリスティアン子爵ことアンハルトも非番だからこれ幸いにといったところだろう。

 執務室にほど近い支度部屋に入っていなくなったらしいが、幸い、謁見に相応しい午後の衣装には着替え済みのようだ。濃紺の裏地を見せる、彼個人の紋章を刺繍した斜めがけの白絹のマントを羽織っている。

 流石に、父親である国王陛下の呼び出しをすっぽかすことはしないらしい。

 マーリカは、彼女から再び壁画へ顔を向けるフリードリヒから一歩離れた斜め後ろの位置まで近づくと、彼の視線の先を見つめる。

 三女神は一本の長い金色の糸をそれぞれの手に渡している。

 運命だとか人の一生を象徴している糸。

 そして、黄昏の女神の足元。

 草花の描かれた葉陰に隠れるように糸を切る鋏が描き込まれている。

 フリードリヒの眼差しは明らかにその鋏を捉えていた。

 何度も壁画の前を通っていても、まったく気がつかなかった絵の中の鋏について、マーリカはフリードリヒから教えられた。

 丁度、子供の背丈ほどの位置にあるそれに、彼は幼少の頃に夜自室を抜け出して王城探検に出た際にこの廊下まで来て気がついたらしい。

 小さな鋏の銀色の刃の中ほどには、灰色の影がさっと筆を掠めたような塗り方で描かれてもおり、フリードリヒは“女神の糸を切ろうとする者が絵からはみ出た場所にいる”とマーリカに説明した。

 そしてその誰かは、己かもしれないとフリードリヒは考えている節がある。

 本人の口から考えを聞いてはいないが、なんとなくマーリカはそう思う。

 

「参りましょう」

「私が行く必要ないと思うのだけどねぇ……君まで私と一緒に呼ばれて文官の格好をしてるし。一緒に行くなら私の婚約者、第二王子妃候補じゃない?」

「メルメーレ公国の人事交流の件と事前に用件をお知らせいただいておりますが?」

「そうだっけ」

「朝に予定を確認した際もお伝えしたはずです」


 フリードリの公務へのやる気のなさは怠惰が九割なのは間違いないけれど、残り一割だけはおそらく違う。

 まったく……と、胸の内でぼやいてマーリカは腕をフリードリヒの背に伸ばし、彼のマントの絹地をむんずと掴んだ。


「向かう気があるなら、行きますよ」

「向かう気はまったくないけど、流石に父上の召喚命令は無視できない……」


 マントを掴んだままマーリカは、謁見の間がある主棟へと歩き出す。 

 引きずられるような格好になったフリードリヒが、首元のマントのベルトとブローチへ両手をかけて声を上げた。


「ちょっ、ちょっまってまってまって、首っ、首が締まるっ……っ!」

「歩けば締まりません」

 

 フリードリヒの訴えを冷たくあしらって、マーリカはすたすたと廊下を歩く。

 フリードリヒは喜怒哀楽や常識的な感覚が、どうにも一般のそれと微妙にずれているところがある。

 主に外交や政務の場面において……稀に酷薄な人間に見える時も。

 それこそ諸外国が恐れる“オトマルクの腹黒王子”の如く。


(王族として、いつか逸脱してしまうかもしれないなどと考えているのなら、なんのためにそうならないよう止めて引き戻すための臣下がいると……わたしを側にと望んだのもそのためではないのかと言いたい)


 そう、少しばかり憤りを覚えながらマーリカは廊下を歩く。

 もちろん、フリードリヒのマントを掴み引っ張る手は緩めない。

 正直、この場所をフリードリヒの抜け出す場所として残すのは迷った。

 残したのは、彼にとってここで一人しばし過ごすのは必要な時間なのだろうと感じてもいるからだ。

 マーリカは、壁画の前にぼんやりと佇むフリードリヒの姿を見るのはあまり好きではない。


「なに、怒ってるの?」

「……王子がふらっと抜け出して怒らないとでも?」

「ごめっ、すみませんっ。申し訳ありませんでしたっ! マーリカ……マーリカ〜!!」

「王子が簡単に頭を下げないでください」


 マーリカに叱られながら彼女に半ば引きずられるように女神の廊下(ギャラリー)を歩き、それでもあらかじめ護衛騎士達に指示しておいた合流地点に辿りつく頃にはそれなりに第二王子の体裁を立て直しはしたフリードリヒに、まったく世話が焼けると彼女は誰にも聞こえない小声でぼやいた。


(絶対に王子としての彼が必要とされる時は、そうあろうとするくせに……)


 フリードリヒにマーリカが直に仕えるようになって、そろそろ一年半になる。

 考えがあるのかないのかよくわからないのは相変わらずであるけれど、少なくともマーリカが見てきた彼の行動はそうだ。現場にとっては色々と迷惑なこともあり、運任せの部分も大いにあるのは一官吏の立場から見て悩ましいけれど、少なくとも国を運営していく点において、彼は実に第二王子として忠実にその役目は果たしている。


「アルブレヒトもいることだし、父上もそろそろ私の仕事を減らしてくれてもいいと思うのだよね」

「そういうことは、王太子殿下のように自ら公務を積極的に指揮してから仰ってください」

「人には向き不向きというものがある」


 大仰なため息を吐いたフリードリヒに、ため息を吐きたいのはこっちだとマーリカは胸の内で毒づいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
感想等いただけたらうれしいです!

お知らせです! 2巻・2024年3月12日に発売しました!
王立学園視察の事件やマーリカとフリードリヒのエピソードなど色々大増量しています!
どうぞよろしくお願いいたします〜!

特典SS情報や取扱書店様など詳細は表紙画像から公式サイトをご覧ください↓↓↓


f34p17csd1pn9rlgelz2lahh4w4e_16j3_sd_15o_64qn.jpg


1巻発売中です!よろしくお願します!

書籍情報・お試し読みは表紙画像をクリック↓↓↓
en0mgmlfc1olkberahqd3stwkcr6_g58_m8_wn_5c8k.jpg

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ