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2-2.それくらいできて当然と試されているらしい

「――というわけで、結婚までの間、お二人の公務補佐官を務めることとなりました」


 三日と空けずに訪れてはいる部屋ではあるものの、なんだか久しぶりに来た思いでマーリカは仕えるべき王族二人に着任挨拶をした。

 左右を窓に挟まれた壁。

 王冠を戴く双頭の鷲。

 オトマルク王家とこの国の国章でもある紋章を織り出したタペストリーを背に執務机の席に座るこの部屋の主と、彼の右後ろに書類を持って立っているその弟君に。


「フリードリヒ殿下、アルブレヒト殿下、あらためてよろしくお願いいたします」


 完璧な儀礼に則った文官が取る礼を見せたマーリカに、先に反応したのは第三王子のアルブレヒトであった。


「あ、うん。僕はすごく心強いというか。父上、大英断って拍手喝采したいくらいだけど。王子妃教育はいいの?」

「ええ、週一度のダンスの授業、隔週で行われる教師の方々との談話会、不定期に行われる王太子妃殿下やシャルロッテ王女殿下、アルブレヒト殿下のご婚約者ロイエンタール侯爵令嬢とのお茶会だけになりましたので」

「へ、へぇ……そう……」


 なんだか微妙に困惑しているような、無理に笑ったような変な表情を見せたアルブレヒトに、ああ彼は心配してくれているのだとマーリカは解釈した。


(ええ、わたしも王子妃教育の日数が減った途端、王命で王族の補佐官を任命されるなんて思ってもいませんでした。王家に仕えし上級官吏を遊ばせておく余裕は王宮にはないということでしょうけど)


 まさかフリードリヒだけでなく、アルブレヒトと王子二人の補佐を任されるとは。

 結婚準備を進めながら、文官組織が関係する公務全般に関われといった命令も同然である。

 これまで社交の場にはでていなかったマーリカだけれど、今後は第二王子の婚約者として顔を出さなければいけない。公務優先でいいとは言われたけれど蔑ろにはできないだろう。


(人事院からは結婚式まですることが山ほどあるから配属保留のままと聞いていたのに……)


 秘書官解任後は王子妃教育に専念し、作法や勉強ができるなんて考えが甘かった。

 まったくもってやることばかりが増えていく。

 しかし、第二王子の仕事の範囲は広く、その量は尋常ではないのもまた事実。

 人に任せるだけ任せて、自分は出来る限りなにもしない構えでいるけれどそれで回している点だけ見れば辣腕といってもいいし彼を評価する者達の見方はそうである。マーリカはいずれそれを側で支える立場となる。


(第二王子妃ならそれくらい出来て当然と試されているのかも。でも王家の女性って慈善事業や文化教育振興などが主で政務にはあまり関われなかったはず……関わりなくても理解はしておけということなのだろうか)


 国王陛下の命である。

 共に父親が重臣で、少女の頃から王宮に出入りしていた王太子妃殿下やアルブレヒトの婚約者である侯爵令嬢と違って、マーリカは王宮と疎遠な田舎貴族の娘に過ぎないから実地の王子妃教育なのかもしれない。

 今度、教師達との談話会の時に尋ねてみようと考えるマーリカであった。

 

「王子妃教育はまだ続いてはおりますが、月に数日といったものになりましたので大丈夫です」

「あーうん、だからそんな早く……いや、すっごく助かるけど。復活祭関連の準備もいよいよ本格的になることだし。ねっ、兄上」


 この部屋、第二王子執務室の主にそう言ったアルブレヒトに返ってくる言葉はなく、マーリカはわずかに眉を顰める。

 兄弟揃って金髪碧眼だが、どこか可愛らしい少年ぽい愛嬌のあるアルブレヒトと違い、美の女神に愛されたが如き整った美貌は黙っているとなにか深淵な考えを持っているように見える。見えるだけだが。

 

「フリードリヒ殿下?」


 短めに整えた、柔らかな光を放つ波打つ金髪に、誠実さと凛々しさを感じさせる澄んだ空色の眼差し。

 しみひとつなく滑らかな象牙色の肌をした頬はごく薄く薔薇色が差し、長いまつ毛が物憂げな影を落とす。

 通った鼻筋や品よく引き締まった口元……本当に、いつ見ても無駄に高貴で人が従いたくなるような、実態を知る者にとっては腹立つ顔の良さだとマーリカは思う。

 フリードリヒ・アウグスタ・フォン・オトマルク。

 深謀遠慮を要求される文官組織を管轄する、第二王子にしてマーリカの婚約者は一度彼女を上目に見ると、はあっと息を吐いて木目も美しい艶やかな執務机に組んだ腕の上に顎を載せるように突っ伏した。


「……最近、城内がぶらつきにくくなってる」

「左様ですか。殿下が執務に勤しむこととなにか関係が?」

「私がここに座っているよう、アルブレヒトが仕向けるようにもなってきたねえ」

「それが、わたしの後任がみつかるまで中継ぎを引き受けてくださった、アルブレヒト殿下の秘書官としてのお仕事ですから。殿下がお立ちになる必要がどこにあります?」


 ――マーリカ!


 声を上げたフリードリヒに、これ以上なく冷めた眼差しでマーリカは彼を見た。

 ほとんど睥睨するに近い、フリードリヒ相手でなければ間違いなく不敬だと咎められるものだろう。

 黒髪黒目の凛としたおかしがたい雰囲気を持った、男装の麗人という言葉が似合う容姿なこともあり、その様はまったくもって冷徹な文官令嬢であった。


「え、あの……二人とも……」


 マーリカとフリードリヒの殺伐としたやり取りを直接見るのは、実はこれが初めてなアルブレヒトがおろおろと二人に声をかけたが彼等は頓着しない。

 何故なら、これが二人の出会いを知る者を除く第三者がいない時の通常運転にして自然体。

 この程度はむしろ軽く戯れ合っているようなものである。

 あーやっぱり君の仕業だっ、マーリカの表情を見てフリードリヒは口を尖らせた。


「こんなの王子の生活じゃないっ!」

「完全に正しく王子の生活です。まったく……アルブレヒト殿下の常用の胃薬はもう後がないのですよ」

「マーリカはアルブレヒトに甘過ぎるっ! 私には厳しいのにーっ」

「殿下がやれば出来ることをしないからです!」

「えっちょっとマーリカ……兄上も……。あ、アンハルト……」


 アルブレヒトは助けを求めるようにフリードリヒの左側に立つ赤髪の護衛騎士を見たが、第二王子付近衛騎士班長であるはずの彼は緩く首を横に振っただけであった。


「これから山のように決裁書類が回ってくるという時期に、ふらふらされては困ります」

「息抜き大事!」

「放っておいたら、殿下は息抜きしかないでしょうっ! 大体、一人でいらっしゃってなにかあったらといつも……」

「それって、私と公務、どちらに重きを置いて言っているのかな」

「殿下に決まっているでしょう」


 兄フリードリヒから聞いてはいたけれど想像以上だったと、アルブレヒトは若干圧倒されていた。

 何故なら、フリードリヒの問いかけはアルブレヒトもあまり聞かない声音の問いかけだった。

 不服そうに机の上で組んだ腕に半ば顔を埋めているけれど、その目が恐ろしいほど冷めているのにマーリカは気がついていないのだろうか。

 おまけに彼の問いかけに、即答である。

 なにを馬鹿なことをと呆れ返っているようなマーリカのフリードリヒを見下ろす眼差しといったら、こちらも少なくとも王子に向ける目ではない。

 婚約してるのだよねこの二人と、若干心配で胃がきゅっと締め付けられるアルブレヒトであったが、残念ながら彼のそんな健気な心配を察してくれるようなマーリカでもフリードリヒでもなかった。

 

「殿下がいなければ公務もなにもないのですから」

「別に他の人でも色々できるよ。私になにかあったところで、まだ下に王子が二人もいる」

「仰る通りですが、わたしがお仕えしているのは目下のところ殿下です。お仕えする以上は最優先でしょう」

「それは、たしかに」


 まったく、なにをわかりきったことをとマーリカはため息を吐く。

 三日と空けず、アルブレヒトからの引き継ぎ仕切れていないことの確認の要請に応じて訪れてはいるものの、フリードリヒの秘書官は一ヶ月前に解任となっている。

 いまのフリードリヒの仕事の状況を見ることからマーリカは離れていた。

 まずは現状把握であるが、この様子だとあまり捗々しくはなさそうである。

 

「ふむ……で、私の(・・)補佐官?」

お二人の(・・・・)補佐官です。文官組織の中で専任で公務補佐にあたる職務を命じられました」

「アルブレヒトとで二対一で来るなんて卑怯だ……」

「なにが卑怯ですか。王命ですよ。アルブレヒト殿下、お持ちの書類は本日の決裁書類でしょうか」

「あ、はい……うん」


 少なくとも、アルブレヒトが王族として担当している仕事に滞りが出始めていることは、挨拶より先に確認済。

 兄フリードリヒの世話に手を取られ、アルブレヒトが彼の側近や秘書官への指示がままならなくなっているのはマーリカがほぼ予想した通りであった。まずは彼の仕事を出来るようにするところからだ。

 フリードリヒと違って、アルブレヒトはとても勤勉かつ優秀で、苦労性のためかよく気が回る。

 胃が心配なこと以外は手のかからない王族である、というよりフリードリヒが怠惰過ぎるだけでそれが普通だ。

 

(それにフリードリヒ殿下の場合、考えがあるのかないのかよくわからないところで仕事を滞らせていたり、反対に手を回していたりと、ちょっと周囲の者に聞く程度では掴みづらい)


「そちらはわたしがお引き受けいたします。アルブレヒト殿下は一度、ご自分の執務室へお戻りください」

「ああ……マーリカ、助かる。じゃあこれ」

「承知いたしました。今日はご自身のお仕事に専念ください」


 アルブレヒトから書類を受け取り、第二王子執務室から出て行く彼をマーリカは見送る。

 部屋の扉が閉まると、さて、と彼女はフリードリヒを顧みた。

 ついさっきまで、拗ねたように腕を枕に机に頭を乗せて文句めいたことを言っていたのに、いまは頭を上げてにこにことしている。

 本当になにを考えているのやら、とマーリカは嘆息する思いで肩を落とした。


「わたしが殿下の秘書官を解任されてから、随分と羽を伸ばされていたようで……」

「最早、君がいないと私は色々と駄目なのだよ。父上はよくわかっている」

「なにをご令嬢を口説くようなことを……わたしがいなくても大丈夫であってください」

「口説いてるんだよ。婚約して王子妃教育に入った途端に私の側に全然いないし」


 人をうっとりさせるような微笑みに騙されてはいけない。

 大体、フリードリヒがマーリカに対してこういった様子を見せる時は、なにか後回しにしてるかそうしたいものがある時だ。アルブレヒトから渡された書類以外にもまだある。


「……誤魔化されませんよ。それに三日と空けずこちらで顔を合わせておりますが?」

「だってアルブレヒトとばかり引き継ぎで話してるじゃない」

「こちらの書類以外にも、まだ後回しにしているものがありますね?」

「あるけど……アルブレヒトと対応違わない?」

「わたしは当然の対応をしているまでです」

「マーリカは私に容赦なさすぎるっ!」

「いいから、出せ! 殿下の言動一つでどれだけの文官武官が振り回されると思ってるんです!」


 はい、と。

 フリードリヒがマーリカに渡したのは、メールメーレ公国関連の案件が複数。

 ご丁寧に執務机の引き出しの中に溜め込んでいた。

 王国主導の鉄道事業と利権に関しての条約と、協力体制構築のため互いの文官や技官を派遣し合う人事交流制度を結んだ国である。


「ああっ、王子の私にこの怒号。やはり私はマーリカでないと……」

「寝言は寝てから仰ってください。宰相閣下も入って決まった案件で確認するだけだというのに、なにか気掛かりでも? そういえば人事交流制度が決まった際もなにやらぐずぐずとしていましたね」

「……やる気がでない」

「見たところ、やはり特に問題はなさそうですが」


 受け取った書類はほぼ報告書類といったところだ。

 別に署名を躊躇うようなものではない。

 現場については、国家間のことで宰相閣下の指示が各所に下りてもいて、それなりに動いている案件でもある。

 フリードリヒが書類を滞らせていても正直それほど大きな影響はないため、マーリカとしてはほっとした。

 しかし彼の認めがないまま動いている気持ち悪さは現場にあるだろう。なにかと現場をひっくり返してきた前科があるフリードリヒだから、その対策を考えるなど余計な手間も取られているに違いない。


「問題なくても、気が乗らない」

「まさか……条約締結によって利権の当てが外れた彼の国の貴族にわたしが逆恨みされ、襲撃を受けたからですか?」

「これでも二十数年王子をやっているのだよ。一官吏のことは関係ない」

「ですよね」

 

(関係あるなんて言ったらそれこそ怒って殴るところだけど。それより、これでも王子だからではなく、“二十数年王子をやっている(・・・・・)”か)


「経験上、殿下の気が乗らないはあまり馬鹿にはできません……顔と勘だけはいいですから」

「いま若干失礼なこと言ったね、君」

「事実を述べたまでです。受け入れる一団がやってくるのは一週間後に迫っています。思うところがあるなら聞かせていただいても?」


 ついでに言えば、歓待の宴はフリードリヒとマーリカの婚約のお披露目の場も兼ねている。

 そのため、彼の国の外交官と次期君主の命を受け、非公式ながらもマーリカへの謝罪のため文官もくるらしい。

 非公式なのは国同士のことに妙な影響が生じるのを防ぐため、事件自体が公にはされていないからだ。


「んー。私の部屋で夕食でも一緒にならいいよ」 

「……さらっと公私混同させないでいただけますか」

「だってマーリカ誘っても来てくれないからっ」

「どうしていちいち殿下の私室なんです。婚前の節度は守るべきです!」


 平時が戻ってきた感があるな、と。

 マーリカとフリードリヒのやり取りを眺めながら、近衛騎士班長のアンハルトが胸の内で呟いていたことなど二人にとっては知るべくもないことではある。


「婚約しても冷たいし厳しい」

「……応接間でしたら、ご一緒しても」

「じゃあ、それで」

「ここ一ヶ月、わたしが見ていなかった間のお仕事について聞かせていただきます」


 しかし、二人ともなんとなく互いに少し遠ざかっていた日常が戻ってきたような気はしていた。


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