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0.女帝と影の王子

 現王妃は五大公爵家の序列三位バーデン家の長女であった。

 しかし、家格と品の良さは繋がらないものだなと招かれたというよりは連れてこられた部屋を利発そうな黒い瞳で見回して、少年は思った。

 王妃の客間なのだろう。

 毒々しい緑色に黄色味の濃い金が目立つ部屋は目に煩い。

 それにこの甘ったるい香水の匂い。

 現国王は風雅を好む人だったはずで、王妃と合わないだろうことは齢十二の子供でも察せられた。


「お前がエスター=テッヘン家の?」


 赤く塗られた唇が棘をまぶした甲高い声で尋ね、少年は王国の宮廷作法に則って胸に手を当て肯定の意を示すに留める。

 尋ねられたが名乗れとも答えろともいった調子ではなかった。

 つまり発言は許されていない、と落ちた黒い横髪が顔にかかるのを少年は耳の後ろへと直す。

 それに、王宮と疎遠な弱小伯爵家の息子、非力な少年カール・モーリッツにこの王妃は敵意を剥き出しにしている。

 少年が考えた通りに、王妃はあてが外れて面白くないといった様子で目を細めた。

 淑女の手本となって然るべき立場で随分と慎みに欠ける。

 腐っても元公爵令嬢だから、それなりの振る舞いは出来るはずで少年が子供だからというのもあるのだろう。

 しかし子の後には親がいる。

 貴族の令息相手に迂闊なことだと少年は呆れた。


「お母様はお元気?」 


(侯爵令嬢であった母上が、かつて国王陛下の思い人であった話は父上から聞いているけれど)


 彼の母親は国王陛下に対し、敬意を払う王族以上のものを持ってはいない。

 そもそも彼の父とは熱烈な恋愛の末の結婚で、息子から見ても苦笑するほどいまも仲睦まじい。

 それに当時から国王陛下の婚約者は決まっていた。

 少年の目の前にいるまさにこの女性である。

 オトマルク王国の現国王は諸侯達を黙らせ押さえつけるには優しすぎる。

 先代国王が身罷られ、息子が王位を継いでもなお権力の中枢に身を置いている王太后陛下が押さえつけているのだ。

 現国王の王太后陛下によって決められた、あからさまな政略結婚。

 恋情を表に出すなら、周囲を黙らせるだけの力を持って出してもらいたい。

 

(こうして巻き込まれる側にとってはいい迷惑……)


 少年は、非力ではあるが早熟だった。

 六歳から十五歳までの大陸の各所に散らばる親族の子供達が毎年一度一季節の間集まって学ぶ場で、一番優等の証を十一歳になるまで取り続けている。

 おかげで兄と姉が一人ずついながら、父親からお前が跡取りだと半年前に指名されたばかりであった。

 同じ頃、王家から同い年の第一王子と共に学び側近候補となる令息を出すようにと、一部の上位貴族の家に召喚命令が届いた。

 集められたのは、ほぼ上位貴族の中でも力を持つ家の子供達である。

 

(名目通りであると同時に、体のよい人質かな)


 この国は、新興の大国と認知されてまだ百五十年程。

 その内百年は常に外敵の脅威に晒され、落ち着いたのはここ五十年程で大国としての立ち位置が大陸で磐石のものとなったのは先代国王の御代である。

 周辺国から脅かされることはほぼなくなったオトマルク王国であったが、内部はまだ落ち着いてはいない。

 諸侯の勢力の均衡は常に気を配る必要があった。


(本来、エスター=テッヘン家(うち)が入ることはないはずなのに)


 オトマルク王国成立前から続く由緒ある古い貴族の家ではあるけれど、どの派閥にも属さず王宮勢力とは疎遠。

 所領も王宮から適度に離れ、大きくも小さくもなく、さらには資力も乏しい弱小伯爵家なのだから。

 少なくとも、少年の目の前の女にとってはそのはずである。


(父上からしたら、ちょっとした“試験”のつもりなのだろうけど)


 少年は、「まあお前行ってこい」の父親の一言で王城へ来た。

 理不尽だ、と。

 エスター=テッヘン家の跡取り次男である、少年カール・モーリッツは胸の内で嘆息する。

 本当なら今頃は、北西の島国ながら広大な植民地と富を有するアルヴァール王国にいるはずだった。

 親族持ち回りで一族の子供たちを集め、一季節の間行う一族の教育行事。

 風光明媚な湖水地方にある親類の屋敷にひと夏の間滞在し、他国の宮廷作法や歴史などを教わりつつ合間に読書三昧だったはずなのだ。

 親類の子爵家の当主は愛書家で、その書庫はなかなかのものと聞かされていて楽しみにしていたのに。

 

「跪きなさい」


 耳の奥がきんきんするような甲高い声が命じる。

 内心辟易しながら、少年は命じられた通りに跪いた。

 これでこの王妃の気が済み、非生産的かつ非合理な時間を終了できるなら、頭などいくらでも下げる。

 外傷を作るような愚かな嫌がらせはしないだろう。 

 

(まさか母上への嫌がらせと鬱憤の捌け口として、王妃にねじ込まれるなんて迷惑過ぎる)


 現国王は風雅を好み、気が優しい。

 派手好みで高慢な王妃と反りが合わない。

 王妃の側も情があるかというと怪しいが、公の場で蔑ろにされることはなくても自分以外に思い人がいるなどというのは彼女の自尊心を大いに傷つけ、許せないことであったようだ。

 結婚前、少年の母親に影で数々の嫌がらせを行なっていたらしい。

 それが今度は少年に回ってきている。


「そうよ、お前はそういう立場なの。お前の母親も……侯爵家の次女如きがわたくしを差し置いて」


(とばっちり以外のなにものでもない……ん?)


 王妃の部屋の扉の外からなにか物々しい話声のする気配に気がついて、彼は瞬きした。

 キィ……と、少年がこの部屋に連れてこられた時よりずっと重々しい雰囲気で両開きの扉が大きく開く。


「なんです。誰も通さぬよう言ったはず……っ!?」


 人払いをした部屋で、それまでゆったりと椅子に掛けて少年を足元に跪かせていた王妃は声を荒げかけたが、入室者の姿を見て息を引き込む声をかすかに漏らすと、狼狽しながら慌てて立ち上がった。


「まあっ、王太后陛下! 前触れもなくわたくしのところにいらっしゃるなんて」

「貴女に用があって来たわけではありませんからね」


 落ち着き払った声が床を見ていた少年の耳に届く。

 さして声量は大きくないというのに、よく通る威厳と重みのある年配女性の声音であった。


(流石、古代帝国を継承するラティウムの元姫君……)


 大陸の東側大半を占めていた大国であるラティウム帝国。

 歴史の流れのなかで巨体を持て余して分裂し、その一部は現在のオトマルク王国となっている。

 そのため領土をめぐって諍っていたが、先々代の王の時代に講和を結び、その証に当時二十歳の王国の王太子に十四歳で帝国から嫁がされた末の姫。

 

(しかし先代王が存命の内は夫を支え、周辺諸国との講和や同盟、通商交渉を推進し、大陸におけるこの国の大国としての存在感を確固たるものとした。息子が即位してもなお権力の中枢にいるオトマルクの女帝)


 先代王は病で早逝している。

 王太后といってもまだ齢四十七である。


「で、でしたら……一体どのような御用で……?」 

「ゲオルクの側近候補の令息達に挨拶くらいはしておきたくてね。集めさせたら一人足りなくて、貴女の側使いが連れ歩いていたというではないの」


 ゆったり規則的な足取りで近づいてきた女帝を、少年は伏せていた頭を僅かに動かし視線を上向けて盗み見る。

 豪奢でありながら落ち着いた深紅に染め上げた絹のドレスに豊満な身を包み、淡い金髪に透けるような白肌は血色がよい。その呼び名に相応しい堂々たる風格を持つ人だった。

 正妃の他に第三夫人まで持てる帝国で、十数人はいる皇帝の子供の中で揉まれて育ち、品物のように出された他国で己の地位を自らの手で築き上げた女傑である。

 三番手の公爵家でただ甘やかされて育った令嬢あがりの、諸侯の勢力調整のための王妃とは格が違う。

 

(父上から聞かされた通りだなあ)


「この子は?」

「わ、わたくしの侍女がっ……廊下で足を挫いたらしいと言って……」

「それで貴女が手当を?」

「当然ですわ。わたくしの(・・・・・)ゲオルクの学友として招いた子ですもの」

「そう。貴方、名は?」

「その子は……」

「私は、この子に尋ねているの」


 ぴしゃりと言い放った王太后に、王妃は黙った。

 不服そうではあったが、高慢な彼女も女帝には逆らえぬらしい。

 

「エスター=テッヘン家が次男カール・モーリッツと申します、王太后陛下」

「随分と幅広く人選をしたようね……まあいいでしょう。足を挫いたとのことだけど、立てるわね?」

「はい」


 少年は立ち上がり、オトマルクの流儀とは少々違う儀礼で女帝に敬意を表する。

 思慮深く微笑むような表情は慈悲深さを感じさせるが、しかし気高く獰猛な鷲の如き目をした、王者たる威圧感を持つ女性だと彼は女帝に対して思った。


「帝国式ね」

「恐れながら、高祖父の代までは属領の内にありました」

「そうね。昔も今も、中央と距離を取りたがる家だこと。南の庭に歓迎の席を用意しました。貴方もいらっしゃい」


 黙って了承の意を示し、踵を返した女帝の後を追って半歩踏み出しかけた少年の背後から、「お待ちくださいっ!」と甲高い声が彼らを呼び止めた。


「聞いておりませんわ、そのようなこと」

「言っていませんからね」

「なっ……!」


 少年が軽く後ろを振り返れば、憎悪も露わに怒りに目を光らせた王妃の姿があった。

 やれやれと少年は胸の内で呟く。

 現国王と王妃の間に子供は三人、先に生まれた二人は姫であり男児は末の第一王子のゲオルク一人だけである。

 王妃はゲオルクを偏愛し、そんな彼女の影響を退けるため王太后が自分の選んだ乳母へと引き離したらしいが、王妃も王妃の父親であるバーデン公もそれを苦々しく思っているらしい。


「あれは怒らせましたよ」


 護衛騎士と侍従や侍女を複数引き連れて廊下を歩く王太后の、深紅のドレスのスカートの側にまだ子供の歳である無邪気さ寄り添って少年が小声で話しかければ、放っておけばいいのよと王妃の部屋にいた時と比べて随分と気安い調子の言葉が返ってきた。

 

「王妃の自覚に欠ける小娘になにができるというの。けれど貴方を王宮(ここ)へ出させたのは誉めてあげてもいいわね」

「陛下のお力で家に帰していただけませんか。この夏はアルヴァールの湖水地方で読書の予定なのです」

「戦こそしていないけれど、アルヴァールとオトマルクは水と油の関係よ」

「“諍いなど他家に任せ、一族和合と相互扶助の下、我らは栄える”が家訓ですから」

「貴方の一族は千年前の大昔からその調子なのだから。最もその頃は星の数ほどの冠を集めていたけれど。いまや名も変えて見る影もないのは寂しいわね」

「所詮は衰退した一族です」

「そういうことにしておきましょう」


 血筋だけでいえば、少年はいまもって多くの国の継承権を主張しようとすればできる血を引いている。

 ただし順位はかなり低い。ものすごく低い。主張すれば笑い者になるくらいに低い。

 どれくらい低いかといえば、それこそ大戦争か疫病が大流行して継承権を持つめぼしい者達がほぼ全員倒れてようやく、そういえばそんな血筋の者がいたと挙がってくるかこないかくらいである。

 だから実際に主張する気はないけれど、まあそういった由緒正しい家系ではあった。

 大陸各地に広がった家系が持つ所領も集めれば、もう一つの影の大国といっていい広さになったりもする。

 各地に分散しているから本家筋も分家筋も各家はたかがしれている。それぞれの国の一貴族に過ぎない。

 恋愛結婚を認めているから貴族ではなくなった者もいる。

 

「私の息子はあの通りの頼りなさだけれど、孫のゲオルクは見込みがあるの」

「祖父も私のことをそう言います」

「生意気な子供だこと」


 にこにこしながら頬を軽くつねられる。

 しかも歩きながら。

 女帝にしては随分とお茶目な人だが、結構痛い。

 てててて……っ、と少年は声をあげ、後ろを歩く女帝の側仕え達の間でくすくすと苦笑の声が漏れる。


「わっ……わひゃひに(私に)にゃにを(なにを)おにょのみで(お望みで)……っ」

「ご自分で考えなさいな、“本家の跡取り”なのでしょ」


 理不尽である。

 それにこの女帝はこんなお茶目なおばあちゃまのように振る舞うが、先代王を雄々しい賢帝と持ち上げる裏でえげつないことを微笑みながらやっていた人だと少年は父親から教わっている。

 廊下の区切りの扉まで来て、頬はようやく離してもらえた。絶対赤くなっている。

 

「私の血を引く上にあの女が産んだ子でしょう。今のところ大丈夫そうだけれど」

「きちんとご自分を入れているところはご立派です、王太后陛下」


 この女帝、たぶん人の心がない。

 類稀なる観察眼であるように振る舞っているだけだ、絶対そうだ。

 でなければこんないたいけで非力な十二歳の少年の薔薇色の頬をつねったまま、広い王城の一区画分も無邪気ににこにこしながら引っ張って歩く所業などできはしない。

 ひーはーと息を吐きつつ、つねられていた頬を手で押さえながら少年カール・モーリッツは思った。


「今日はね、たくさんお菓子を用意したの。貴方の柔らかい頬いっぱいにしたいわね」

「さらっと愉快な処刑法を即興で提示しないでください」


 お菓子を詰め込まれて窒息死はごめんである。

 

「あらそう。なら適当に他の子供達と仲良く過ごして、孫といい学友になって頂戴」

「王太后陛下の仰せのままに」 


(バーデン家傘下の令息達を王太子殿下と懇意にさせるなかなあ。うちは弱小伯爵家なのに公爵家の令息と取り巻きに虐められるのだろうなあ、やだなあ)


 まだ十二歳なのに。

 王妃からは睨まれ、王太后陛下からは密命を賜るなんて、理不尽だ。

 少年は、非力ではあるが早熟だったので、今後の展開は大体読めている。

 意外と読めなかったのは王太子ゲオルクで、おかげで彼らは普通に友情を育んだのであるが、それはまた別の話である。


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