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どらぽんっ!~ドラゴンたぬきのポン太郎  作者: ごぼふ
四章 たぬきの矜持
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たぬきへ来襲

 ――カーテンをくぐると、そこにあるのは謁見の間である。

 我々の目の前には玉座が二つ並んで置かれ、広間には十名ほどの魔物がかしずいていた。

 その中に、黒い全身鎧の男がいた。暗黒将軍ガッデオ。

 奴が現れた我をじろりと睨む。

 その視線に我は体の震えを抑えることができない。

 我の醜態を見、奴は鼻で笑った。

「ガッデオ。ポン太郎さんをいじめないで」

 そんなガッデオを、姫様が低い声でたしなめた。

 その声色には威厳があり、我のようなたぬきでは到底逆らえないような凄みがある。

「いえ、私はそんなつもりは……」

 その声に打ちのめされたのか。ガッデオはすっかり縮こまった様子で言葉を濁した。

 奴は怖いが、我の事は姫様が守ってくださる。

 ……これで良いのだ。これはきっと我が、たぬきが受けられる最上級の幸せなのだから。

 そんな事を念仏のように唱える我を、姫様は玉座にそっと置く。

「今日の謁見予定は?」

 そうして、自らも隣の玉座に座ると、彼女は姫らしく厳かな声で尋ねた。

「現在のところ、ありません」

 すると、室内であるのにフードを被った老人がそう返す。

 謁見の間とは言ったが、我らへと訪問しにくる者はまるでいない。

 まぁ姫様はともかく、遠路はるばるこんなたぬきに会いに来たがる物好きもいないだろうが。

 ではなぜこんな場所に日がな一日座っていなければならないかと言えば、これが王族の務めらしい。

 こうして今の内からこういった尻を痛める生活に慣れて、尻を大きく強く柔らかく鍛えるのだそうだ。何とも厳しい務めである。

 我もそれに倣い、せめて業務中だけはピシッと座っていようと思ったのだが――。

「ポン太郎さんは、何時ものように寝ていてくださいね」

「は、はい」

 こう言われて以来、玉座の上に丸まって寝ることにしていた。

 暗黒騎士はもちろん、他の配下達も我に白い目を向ける。

 だが、それも寝てしまえば関係ない。

 たぬき寝入りでも良い。とにかく、今はただ、たぬきの置物になるのだ……。

 念仏のように唱えているうちに、いつの間にか我の意識は底へと沈んでいた。



 そうしてしばらく後。姫様が昼食を摂る時間になり、謁見の間での姫様の尻を育てる作業――もとい王族としての努めは一旦中止となった。

 姫様は豪奢な食堂で食事に赴き、起こされた我は姫様の部屋へと戻されることとなる。

 彼女と我が食事を共にすることはない。立場が違うのだ。

 王族と畜生なのだから、、それは仕方がないことである。

 という訳で、我は彼女の部屋で独り、昼食をもそもそと貪った。今日も朝と同じカリカリとした丸い奴である。

 その後窓を見上げて、ため息をつく。

 なんだかやりきれない気持ちになるのは、きっと空がどんより暗いからだ。

 今まではあの黒騎士にやられた傷もあって安静にしていた。

 しかし姫様が一本何万ベイトもする傷薬をふんだんに使ってくれたおかげで、もはやこの体には逆剥けひとつ無い。

 リハビリがてら歩いてみるのも良かろう。たしか姫様は、この家を我が家だと思ってくれとおっしゃっていた。

 ……我が家、か。その言葉に何かが過ぎりかけたが、我は慌ててそれを振り払った。

 さてしかし、王宮内を我が物顔で歩くとうるさい奴に怒られる気がする。

 具体的に言うと、あの黒くて偉そうなデュラハンのガッデオだ。

 別に、奴に怯えている訳ではない。ただ、我がそういう軽薄な行動を取ると姫様の名に傷がつきかねない。うん、そう、それだ。

 自らに言い訳をすると、我は椅子を窓際に寄せる。

 そうしてそこをよじ登ると、窓を開けてえいやっと飛び降りた。

 姫の私室は二階であったが、真下には木が生えており、その枝を掴んで一回転する事で衝撃を軽減。

 ぴたっと着地を決めて、さて、どうしようかと我は考えた。

 姫の部屋の真下は、魔王城別荘の裏庭となっている。

 向かい側は堅牢な城壁であり、とても超えられそうに無い。

 超える気もない、が。

 城壁を見上げながら、自身がまたも暗い気分になっている事に気づき、我はふるふると頭を振った。

 あれでは昼食が足りなかったのかもしれない。腹が減っているからこんな事を考えるのだ。

 姫様の料理をつくる厨房とは別に、働いている者たちの為の食堂もあったはずだ。

 あそこで何か恵んでもらうのも良いかもしれない。

 たまにカリカリを用意してくれる新人メイドのアイサが、我を撫で回したくてうずうずしていることは知っているのだ。

 形式上は姫の婚約者ということで躊躇するかもしれないが、我が腹の一つでも見せてやれば一発である。

 プライドなどあるものか。どうせ我はただの、たぬきで……。

 我がやけくそ気味にそんな事を考えている、そんな時だった。

 ヒュンッ。

 と音がして、先ほど超えようも無いと思っていた城壁から何が落ちた。

 そしてそれは、我の目の前にあった、茂みへと墜落。

 若干身を引きながらも、好奇心が抑えきれず、その茂みから目が離せない我。

 そんな時である――。

「ポン」

 茂みの中から、我を、小さく呼ぶ声が響いた。

 我をそんな風に呼ぶ方は、世界にお一方しかいない。

 我は心をざわめかせつつ、茂みの方を注視する。

 ……そして、見つけてしまった。

「やっと、見つけた」

「姉さん……」

 茂みから出てきたのは、我が姉さん。ドラゴンと虎のハーフ。フウ姉さんであった。

 トラポンライダーをする時の、少し大きめのお姿である。

 しかし現在の彼女は、所々に葉や枝をくっつけ、あの美しい白と黒の毛皮を茶色混じりに汚していた。

「ど、どうしたのですその体は!」

「あぁ、あれから一週間、ずっとポンを探してたから」

 驚きながら我が尋ねると、姉さんは何でもないようにそう答える。

 我を、ずっと探していただなんて。こんな、たぬきの自分を。

 言葉を出せない我に対し、姉さんは改めてこちらを見つめて言った。

「帰ろ、ポン」

 その優しげな美しさは、少々の汚れなどで損なわれることはない。

 姉さんが前足を差し出す。

 我らは共に四足歩行であるから、そのまま手に手を取ってここから抜け出す、ということは出来ない。

「ダメです、姉さん」

 しかしそれ以前に、我には彼女の前足を取る資格がなかった。

「我は、我はその、ドラゴンでは、なかったのです」

 姉さんはきっと知らないのだ。我は、ただのたぬきである。

 知っていれば、このような場所まで探しにくるはずがない。

 この一週間で、もうすっかり、受け入れたはずであった。

 しかし、もう一度、姉さんの前でそれを言うのは、心臓を削って口から吐くような苦痛を我に強いた。

 姉さんの顔を見ることが出来ず、俯いたまま呟く我に、姉さんの声がかかる。

「知ってる。……知ってた」

 その優しい声音に、我ははっと顔を上げた。

 知っていたとは、一体……。

「どういう、ことです?」

 我が問いかけると、姉さんはふっと顔を逸らし、雨でも待っているかのように遠くを見ながら言った。

「昔、私はポンを避けてた」

「あ、はい、でもそれは姉さんが本当の母上のことで悩んでいたからで……」

 そう言いかけた我に、姉さんはゆっくりと首を振る。

「あれは、ポンが、私達の……血が繋がった弟じゃないって知ってたから。お母さん達が話しているのを聞いて」

 そうして、そんな事を、打ち明けた。

「我が、たぬきだと、知っていた?」

「うん、ごめん。自分には母親がいないのに、血が繋がっていないポンが一緒に暮らしているのが、納得できなかった。だから、避けてた」

「どうして言ってくださらなかったのですか!?」

 姉さんの告白を聞いて、我は思わず叫んでいた。

 それが八つ当たりであることは、自分でも分かっている。

 それでも、叫ばずにはいられなかった。

 しかし、フウ姉さんは我に理不尽な言葉をぶつけられても、表情を変えない。

 代わりに、彼女は静かに言葉を返した。

「そんな事、関係ないって思ったから」

 静かで、何のためらいも無い。歯切れの良い言葉であった。

「ポンが、小さい頃、森の中で私を守るって言ってくれて。あの時、思ったの」

 姉さんは前足で軽く地面を掻き、それから前足を揃えて言った。

「ドラゴンだろうがたぬきだろうが、関係ない。この子は、私にとって世界で一番大切な存在になるって」

 それを、その告白を正面から受けて、我が銅鑼になったような衝撃を覚えた。

 一番、大切な――存在?

 言葉の残響が身体を揺らし続け、思わず、自らの身体を見てしまう。

 そうして、我は、ようやく自らの気持ちに気づいた。

 あぁ、そうだ。我は……。

「ポンは、思うの?」

 姉さんが言葉を重ねる。それで我の体はようやく震えから立ち直り、彼女を見返すことができた。

「血が繋がっていないと分かったら、ユマや、ミュッケや、アグノが、貴方に冷たくすると」

 しかし、姉さんの質問に、我はすぐに顔を伏せる羽目になった。

 そうして、小さく彼女に答える。答えは、確かに分かっていた。

「そんな訳、ありません」

 姉様達は、器の大きい方々だ。我の正体がたぬきだろうが、態度を変えたりはしないだろう。

 そんな事は、我にも分かっている。

「だったら……」

「だから、だからこそ嫌なのです。自らのちっぽけさが、恥ずかしいのです。姉さん達の強さ、器の大きさに比べ、我は、こんなにも小さくて、弱くて……まるで、弟として見合わない」

 フウ姉さんを遮るようにして出した台詞が、自分でも驚くほどの感情と長さを伴い、我は自身の言葉に驚いた。

 それから、そうだったのだと遅まきながら納得する。

 一週間ぶりに姉さんと会って、ようやく分かった。

 こんな風に、迎えに来てもらって、血の繋がりなど気にしないと言ってもらって。

 我は、姉さん達に貰ってばかりだ。

 そして、何も返す事が出来ない。

 そんな、そんな我が、求めて良いはずが無いのだ。

「私を、甘やかしてくれるんじゃなかったの?」

「我はただのたぬきです……こんな我に、姉さんを甘やかしたり、守ることなど……大切などと言ってもらう資格など、ありません」

 我は、ただのたぬきなのだ。

 あの時は、立派なドラゴンになる目算があったから、だから、だからあんな約束ができたのだ。

 幼い頃とて、きっと、そうだ。そんな何も分からぬ毛玉が吐いた言葉で、姉さんを縛る訳にはいかなかった。

 我侭など、言ってはならない。

「元々、たぬきには過ぎた生活だったのです」

 自らに言い聞かせるように、我は呟いていた。

「……じゃぁ、今の生活に、満足しているの?」

 そんな我に、姉さんが問いかける。

「……ただのたぬきには、もったいないほどの生活です」

 やはり、言い訳がましい口調になっている事は、自分でも分かっている。

 そんな我の姿を、姉さんはしばらくじっと見つめていた。

 つむじの辺りの姉さんの視線を感じ、そこから汗が吹き出そうになる我。

 ややあってから、姉さんが口を開いた。

「本当にそう思うなら、あなたは何故自分の正体を……」

 その言葉に、我ははっと顔を上げた。

「やめてください!」

 そして、反射的に叫ぶ。

 姉さんが言いかけたのは、トラポンライダーをしたあの日、我が姉さんに知られたあの秘密の事だ。

 我の、本当の正体のことだ。

「す、すみません」

 慌てて謝る我を、姉さんが寂しそうな目で見る。

 そうして、彼女が再び何か言わんと口を開きかける。その時――。

「ポン太郎さーん?」

 声が、響いた。

「姫様……」

 振り向いて、呟く。

 そうしてしまってから、何だか悪いことをした気がして姉さんの方へと視線を向けなおすと、彼女の目は、細く、鋭いものへと変わっていた。

「あ、あの姉さん」

 弁明しようとする我だが、そもそも何を謝っていいのか分からない。

 そうしている間に、姉さんはくるりと背を向けてしまった。

「……知らない」

 そう言った瞬間、姉さんの姿がかき消える。

 残像を追って宙を見上げると、彼女はいつの間にやら城壁の上に登っていた。

「あ、姉さん……!」

 彼女に前足を伸ばしたが、もう遅かった。姉さんは我が叫ぶより早く、その向こう側へと消えてしまう。

 行ってしまわれた……。

 そもそも我は、前足を伸ばして、どうするつもりだったのだ。

 じっと我が前足を見る。そこには土で汚れた肉球があるのみである。

 そんな我を、後ろからひょいと抱え上げる手があった。

 続いてぽよんと、我の頚椎にかかる柔らかな重み。

「良かった、ポン太郎さん。迷子になっちゃったのかと思いました。ひゃっ」

 見上げるが、鼻が埋まって呼吸困難になるだけだった。

「ふぃつ礼しました」

 仕方なく、きゅぽんと鼻を抜き、前方を見直しながら謝罪。

 顔は見えないが、こんな柔らかい物をお持ちの方はこの城にお一人しかいなかろう。

「もうっ、ポン太郎さんはイタズラ好きですね」

 姫様は、抱えていた我を裏返すと、そこからもう少し持ち上げて自分と視線が合うようにした。

 彼女と目線の高さが合うのも久しぶりである。

 我はその赤い瞳を見るとドキドキと胸が高鳴り、同時に、それを罪深く感じた。

「……首輪をつけましょうか。位置が分かるように魔法をかけて」

「は?」

 おそらく、そんな我の気持ちなど知らないであろう姫様が、そんな事を呟いた。

「赤い首輪。きっと似合いますよ」

 彼女はにっこりと笑うと、「ねっ」と首をかしげる。

 渋る必要など無い。彼女のくれる首輪ならば、きっと付け心地も最上のものだろう。

 それなのに、なんだろうこの胸のもやもやは。

 どうしよう。どうする。我は、どうしたいのだ。

 自らに問いかけたが、結局答えは出なかった。

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