act.37 「怒りの力と命の力」
―― こりゃ、また。ズイブンなのが出てきやがったな……
巨大魔虫の出現。そのことに先に気付いたのはシンザであった。
(あのバカは……一体何して……? )
魔虫の背後に、仮面の女と交戦中のジュウベエの姿が見える。どうやら、女が繰り出す無数の魔虫鞭の攻撃に、苦戦を強いられているらしい。
(ちっとばかり、荷が勝ちすぎたか…… )
攻撃を捌きながら、チラチラと、こちらを心配する視線を、ジュウベエが飛ばしているのが見える。
(情けねえ顔して見てんじゃねぇよ。バカが。目の前の相手に集中しやがれってんだ)
息子のその不安気な表情を見て、シンザは自嘲した笑いをこぼす。「父親」で、一族の「頭領」である自分がこのザマで背負わせた「荷」なのだ。
本当に情けないのが「自分」であることは、自明の理。
シンザは身内に、自身への怒りが沸々と沸き上がるのを感じた。それをそのまま、拳を握る力にのせた。すると――
「む!? 」
シンザは、先程までと比べものにならないほど、拳に力が籠められるようになっている事に驚いた。
改めて掌の指を開き、そしてもう一度握り直してみる。
―― 力強い!!
ハッとして、リノの顔を見上げる。
リノは目を瞑り、一心不乱に何度目かの回復術式を発動させている。そのお陰で、ついに脇腹からの出血は止まっており、これならどうにか上体を起こすくらいまで出来そうな具合である。
「……母ちゃん」
「分かってる。せめてもう一回」
リノも、危険がこちらに迫っていることに気付いていたようだ。それでもなお、逃げることよりも、シンザの回復を優先させようというのである。
(つくづく強え女だよ、お前は)
蒼白な顔に、大粒の汗をめいっぱい浮かべながら、リノは効果の小さくなった術式を、回数を繰り返すことでカバーしようとしていた。
(……こっちも、いつまでも甘えっぱなしじゃいられねぇ……!! )
何度目かの柔らかく、温かな―― まるでリノの「命」そのものような ――風が、シンザの傷口を癒していく。
シンザは、その身内から「怒り」とはまた別の、確かな「力」が湧き上がってくるのを感じた。そしてついに、刀を手に起き上がったのである。
「……あなた。良かった」
「全部、母ちゃんのお陰だ」
「もっと、早く治してあげられたら……」
「バカ言うんじゃねえよ。治すこと自体、母ちゃんじゃなきゃ出来やしなかった。ありがとうよ」
シンザの真剣な視線と言葉を受け、全てが報われっる思いのしたリノは、にっこりと微笑んだ。
ジュウベエに向けた時はとまた別の微笑み。それは「母」ではなく「妻」として、愛する男への微笑みと言えた。
「……さて。じゃあ今度は、俺が働く番だ」
フッと、魔虫の巨体が月明かりを遮り、二人の上に影を落とした。もはや、その巨大な腕が、十分に二人に届く距離である。
「……!! 」
その脅威の大きさに、蒼白だったリノの顔色から更に血の気が消えていった。
シンザはいま出来うる限りの素早さでもって立ち上がり、刀を握り、構えをとる。
しかし、いくら回復したとはいえ、立っているのもやっとの有様。シンザがまともに闘える状態ではないことは明白であった。
(いけない!! )
リノは、咄嗟に自分の胸元に手を差し込み、そこに隠したあるものを掴む。
(ここでコレを……でもそれじゃ……)
あたかも、人が小虫にそうするように。
一撃の元に、自分たち二人を叩き潰そうと、巨大魔虫はゆっくりその腕を頭上に振り上げた。
(でも……仕方ないのね……!! )
リノが胸元から、隠したそれを引き出そうと決めたその時――
ビュォォオオオオン!!
という力強い響きと共に、どこからともなく風の斬撃が飛来し、魔虫の腕を吹き飛ばした。
シンザとリノは思わず背後に振り返る。
そこには例の二人組―― キィザとスケクロー ――が刀を振り抜いた姿勢で立っていた。




