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千年地獄の呪われ王  作者: 第八のコジカ
第1章 「風の宿命」
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act.34 「リノの執念 」

 

 月を背に身体をのけ反らせ、まるで「金属」が含まれたような嗤い声を響かせる仮面の女。



「キィッヒャァアハハハハハハハハ――――ッ!!」



 狂ったような。


 叫びのような。


 それでいて激しい怒気をも含んだ嗤い声。



()っ!……なんだってんだ? 」



 鼓膜をつんざかれ、思わず手を当てて耳を塞ぐジュウベエ。


 女は左右に大きく両手を広げ、天を仰ぎ激しく身体を震わせている。その背中からは魔虫鞭が四方へと伸び、ウネウネと宙を泳いでいた。


 どうやらそれらは全て女の背中から直接生えているらしく、そしてさらに一体、また一体と、続けて新たなものが伸び出てきているのが分かる。



「おいおい。中身が全部、あのミミズみたいなのってんじゃないだろうな」



 刀を握り直しながら軽口を叩くジュウベエだったが、変わりゆく女の姿から本能的に「危険度の高さ」を見て取てとっていた。その背筋にスッと冷たいものが走る。


 ついに女の背で魔虫鞭は八体にまで増え、そうしてようやく女は嗤うのをやめた。


 ――無音の間。


 身体の裏側から月光を受け、禍々しく浮かび上るそのシルエットは、先程までとは全く違った異形の化け物のそれであった。静かに、しかし忙しなく蠢く魔虫鞭たち。



「よお! それで脱皮は終わりか? 」



 油断なく刀を構え、変わり果てた女の姿を見据えながら、ジュウベエが声を張り上げる。


 その問い掛けに、天を仰ぐ顔をゆっくりジュウベエの方へと向け直し、女が応える。



「脱皮ぃ?」



 嗤い声だけではなかった。どういうわけか女の声には「金属的」で耳障りな音が含まれるようになっている。その声の不快さに思わず顔をしかめるジュウベエ。



「違うのか?しかし姿だけじゃなく、声まで化け物じみちまったな」


「化け物……? 」



 小首をかしげて確認するようにジュウベエの言葉を繰り返す女。



「なんだ、なんだ? 言ったこと繰り返して山彦か? それともオウム? ったく、虫で化け物で山彦なオウムって……結局なんだか、わからねえだろが! 」



 女が身体を揺らして嗤う。



「お、ウケた?」


「……まったく、クルクルとよく回るお口だこと…… 」


「へっ。よく言われらぁ。あ、人呼んで、口から生まれたサキカゼ・ジュウ……うおっ!? 」



 ジュウベエが言い終わるよりも早く、魔虫鞭の一本が硬い先端の棘でもって打ち据えようと飛び掛かってくる。


 危うく顔面に喰らうところだったが、寸前のところでこれをかわしたジュウベエ。



「危ねえな!」


「父子でか。その勘の良さ、まったく忌々しいぃぁああ!! 」



 女の叫び声に呼応して残りの七本も動き出す。それぞれに違う軌道を描きながらジュウベエに向かい硬い先端の棘を凄まじい勢いで飛ばしてくる。


 縦横無尽に意志を持って動き回るその姿は、まるで伝説の八首の大蛇を思わせた。



「風よ!! 」



 守護の風で攻撃をいなしながら、ジュウベエは女との距離を取る。


 一カ所に留まっていては、立て続けに飛んでくる魔虫鞭の格好の的になってしまう。右へ左へときに空中へ、素早く身体を動かしながら駆けまわるジュウベエ。



「逃げ回ってるばっかじゃ……なっ!! 」



 息つく暇も与えられない連撃の間を縫って、空中に飛び上がったジュウベエが、カマイタチの斬撃を女に向けて数発放つ。


 しかしその斬撃は女の元にたどり着くことなく、魔虫鞭の素早い動きによって空中で薙ぎ払われ、掻き消されてしまう。そして返す刀でジュウベエに攻撃。


 あたかも攻守一体の自動迎撃システム。これでは容易に女の元へ近づくことすらままならない。


 事実仮面の女は魔虫鞭の壁の向こう、余裕綽々と言った様子でこちらを見ている。


 その女の態度を目にし、ジュウベエは持ち前の負けん気を掻き立てられた。



「まだまだまだまだぁっ!! 」



 風に乗り動き回るスピードを上げながら、ジュウベエは休むことなく斬撃を繰り出し続ける。



 ++++++++++++++++++++



 ジュウベエの闘いがその苛烈さを増し始めた頃、リノもようやくシンザの元へとたどり着こうとしていた。



(待っていて、あなた。すぐに私が…… )



 すでに自らの体力、精神力を共に限界を超えて酷使しているのは分かっている。



(救ってみせる。そのための私の力だもの! )



 ―― 愛する者たちに癒しを。その執念ともいうべき想いがリノを突き動かしていた。


 あるだけのコタラの実は全て口の中に放り込み、咀嚼し飲み込んだ。口いっぱいに広がる独特な苦みは、慣れぬ者なら吐き出さずにはいられないような強烈さである。


 それにグッと耐えて、わずかばかりでも魔力を回復させることに努めた。コタラの苦味は、朦朧とする意識にとっても良い「気付け」となってくれた。


 術式を唱えながら一歩、また一歩と覚束ない足取りながらも歩み、やがてハッキリとシンザの状態が見える距離まで近付くと、彼女は矢も楯もたまらず駆け出していた。



「あなた!! 」



 横たわるシンザの脇に飛び込むように駆け寄り、その傷口の痛々しさに思わず目を見張った。



「……ようリノ。無事でなにより…… 」



 リノの呼び掛けに、息も絶え絶えに応じるシンザ。リノは内心その弱々しい声に愕然とする。普段のシンザであれば、弱い言葉は勿論、こんな苦し気な様子を見せることなど絶対にないからだ。



(つまり、この人はそれだけ……!!)



 すぐさま準備してきた術式陣をシンザの傷口へと向け発動させる。



「頑張って。いますぐ治す」


「手間ぁ、かける……」


「喋らないで。呼吸を楽に」



 青い光を放って回復術式が癒しの風を放出する。それはいくらかシンザの脇腹の傷を回復させたようにも見えたが、パックリと大きく開いた傷口全てを回復させるには到底たりなかった。


 つまりそれだけシンザの傷は深く大きく、リノの魔力は弱く小さくなっているということだった。



「そんな……。いいえ、もう一度! 」



 リノは諦めない。すぐさま術式の詠唱を始める。しかし、またもや胸に痛みが走る。無理を重ねている分、その痛みは先程よりも酷くなっていた。


 それでも歯を食いしばりながら詠唱を続ける彼女の姿は、健気というよりも鬼気迫るものがあった。



「癒しの風よ……かのものに、そのち……うっ!! 」



 詠唱が終わろうかというとき、急激に喉の奥からせり上がってくるものを感じ、堪えきれずリノは嘔吐した。


 ふっ、と完成しかけていた術式陣が消えてゆく。


 激しく咳き込み、血の混じった唾液を地面へと吐き出しながら、リノはまたすぐさまシンザの傷口に手を向け術式の詠唱を始めようとする。


 そんなリノの手を、シンザは遮二無二に自らの手を伸ばし掴んだ。



「……やめろ!! リノ。お前まで……くたばっちまう」


「いいえ……やめないわ。風よ…… 」


「もういい!! 俺なら大丈夫だ!! 」


「大丈夫じゃない!!」



 必死にリノを止めようと声を張ったシンザ。

 そのシンザの声すら掻き消す大きさで叫ぶリノ。


 シンザの手をほどき、その手を自分の手で大切そうに握り直してリノは言う。



「大丈夫なわけ、ないじゃない…… 」


「リノ…… 」


「愛してるわ、あなた。私は逃げない。だから、あなたも諦めないで」



 リノはシンザの顔を真っすぐに見詰めた。


 彼女は必死に見開いた瞳を潤ませていたが、けして涙はこぼすまいと耐えていた。いや、零さないと決めていた。泣くくらいなら、その力すらもシンザを救う力に変えたい、本気でそう願っていたからだ。


 その意気に押され、そして励まされ、シンザは答える。



「……わかった。頼む。だが、お前も一緒に助からなきゃ…… 」


「もちろんよ。家族皆で、生きて帰るの。必ず!! 」


「強えなぁ、母ちゃんは…」



 そう言いながらシンザは目をつむる。



「……絶対に救ってみせる! もう二度と、私の目の前で愛する者を死なせはしない!!」



 リノはそう宣言して、ゆっくりとシンザの手を置き、もう一度最初から術式陣を組み直し始めた。



(あぁ、そうか。リノ。お前、前の旦那のこと、ずっと引きずってんだな…… )



 シンザの脳裏に、リノがここまで必死になる理由が思い浮かんだ。

 リノは、かつて前の夫を救えなかったことで、ずっと自分を責め続けていたのだ。



(アンタも罪作りな男だぜ。こんな良い女にここまでの重荷を背負わせやがって……バカヤロウが)



 シンザは、顔を見たこともないリノのかつての夫に心の中で悪態をついた。

 必死に術式を詠唱するリノの声が、シンザには優しい子守唄のように聴こえる。



(……だが、寝ちまうわけにはいかねぇ。こんな良い女に、これ以上の重荷を背負わせるわけには、いかねえからな……!! )



 シンザは心を強くもち直すべく、力いっぱい両の拳を握りしめたのであった。

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