act.33 「舌戦」
「おい! 親父!! まだ、くたばっちゃいねえよな!? まさかもう死んだとかいうなよ。勝手に死んだら、俺がぶっ殺すからな!! 」
仮面の女を見据えたまま、ジュウベエは地面に転がるシンザに向かって大声で乱暴な言葉を投げつけた。
ジュウベエなりの父・シンザへの叱咤激励である。言ってる内容はムチャクチャだが。
「死んでたら……ぶっ殺せねぇだろうが……このバカが」
かすれた声で、それでもけして弱々しさを感じさせないように語気を強めながら、まっとうなツッコミを入れるシンザ。
「ま、そりゃそーーだ。とにかく生きてるんならそれでいい」
「当たり前だ。……こんなかすり傷くらいで死にゃしねえよ」
そう強がるシンザの脇腹はどす黒く血で染まっている。
それを横目でチラリと確かめながらジュウベエは危険を感じていた。
―― どう考えてもヤバイ。チンタラやってる時間はねえ。
もってせいぜい30分。今の疲弊したリノの回復術式では、あの傷は癒しきれない。落ち着いてちゃんとした治療を承けさせなくては、冗談ではなく本当にシンザが逝ってしまう。
ジュウベエは警戒しつつも女から目を離し、シンザに向き直って優しく言った。
「待ってろ。すぐ母さんが来るからよ」
「……ザマァねぇ」
「若い女に鼻の下のばしてーーって、ケツでも抓ってもらえ」
「ガキが!……生意気言ってんじゃ……ねぇ……ぐっ……!」
苦し気に咳き込むシンザ。その後に続くヒューヒューと音を鳴らさずにはできない呼吸。そんな父親の弱り切った姿を見て、ジュウベエは思わずカリッ!と音を立てて歯を食いしばった。
父の姿に幻滅したのではない。
どんな姿であろうと、シンザはジュウベエにとって憧れの父であり、一族の頭領である。
その父が、いま地面に引き摺り倒され、血塗れでボロ雑巾のように痛めつけられた姿をしている。
つまりは己の「憧れ」が、踏みにじられ滅茶苦茶に蹂躙された、ということだ。
……あの女に!!
周囲を取り巻く風が荒々しく騒ぎ出す。
ジュウベエは再び女と視線を交えた。しかし、先ほどとは比べ物にならないほど強く激しい怒りを込めて。
仮面の女はそんなジュウベエの熱い視線を受けて、まるでからかうように腰をくねらせなまめかしい肢体を見せつけた。
さらにカッ!と頭に血が上るのがジュウベエ自身ハッキリと意識された。しかし同時に、頭の中にはリノの言葉も反芻されていた。
(焦ってはダメ。冷静に状況をとらえなさい)
―― ああ、そうだな。分かってるよ、母さん。ジュウベエは頭の中のリノに向かってそう答え、一度目をつむった。
荒々しく乱れた風が、また力強くも流暢な流れに戻り、ジュウベエの周囲を駆け巡る。
スッと目を開き、改めて闘いに臨む気持ちを集中させたジュウベエが、女に向かって断言する。
「親の仇たぁ、まさにコレだな。女だからって、容赦しねえぞ……!」
「あらあら!ずいぶんな孝行息子さんなのね」
余裕たっぷりの言い回しで女は言い、ケラケラと笑う。
「お父さんとの今生の別れは、もういいのね?」
そして言いながら歩きだす。
「あぁ、悪かったな。美人さんを待たせちまって」
ジュウベエもそれに合わせる。
互いにゆっくりと反時計回りに円を描くように歩く。一歩、また一歩。歩くたびにその円は小さくなっていく。
いずれ円の中心で二人はぶつかる。その時こそ、再び命のやり取りが始まる。
歩きながらジュウベエが言う。
「……しかし、アンタなんでそんな趣味の悪い仮面被ってんだ? 」
「あら失礼ね。とってもお洒落で素敵と言い直しなさい」
「やだね。全力で拒否」
「この面には、とっても素敵で偉大な力が込められているのよ」
「へぇ。そうは見えねぇな」
「それはアナタが愚かだからよ」
「バカには分かんねえことってか。しかし、そんな仮面被ってるんじゃあ、アンタが美人もかどうかもわかったもんじゃねえな。さっき母さんと言ってたんだよ。アンタが実は虫なんじゃねえのか? ってな」
女がピタリと足を止める。ジュウベエは歩みをとめずなおも続ける。
「だからよ、二人で言ってたんだ。おおかたその仮面の下のツラ、虫みてえな気持ち悪ぃ顔してんじゃねえかってな」
安い挑発である。だが、安ければ安いほど、女の気持ちを逆なでするには充分な効果があった。そこにリノが、仮面の女を「二流」と貶める女が関わっていたからだ。
女は怒りで全身の肌が粟立つような感覚を味わいながら、それでも努めて余裕たっぷりに振舞った。
ここで安い挑発にやり返せば、まさしく二流であるのは間違いなかったからである。
「うふふ。あらそう。さぁ、いつまでも喋ってないでかかっていらっしゃい。お姉さんが、遊んで・あ・げ・る」
地面に大の字になっているシンザが、思わず吹き出し小さく笑った。
一連のやりとりにおける女の心の機微を、なんとなく感じとってしまったがゆえのおかしさだった。
シンザの小さな笑いにピクリと反応する女。
そこへジュウベエが畳みかける。
「言われなくてもやってやるよ、虫女。ウチの母さん、虫苦手だからさ。サッサとひねりつぶさせてもらうわ!! 」
「ひねりつぶす? 私を? 」
女は仮面の下で酷薄な笑みを浮かべくつくつと嗤う。
「まったく、アナタたちときたら……親子揃って本当にイライラさせられるったらないわぁぁああああああっ!! 」
―― 挑発完了。前哨戦の舌戦を制したのはジュウベエ。
女は手に持った短剣をジュウベエに向かって力任せに投げつけた。クルクルと縦に回転しながら飛んでくるそれを難なくかわすジュウベエ。
かわすと同時に、こちらも刀を振りかぶって女の懐へと飛び込もうとする。
しかしそれはかなわず、ジュウベエは唐突に繰り出された女の別の攻撃を防ぐのに精一杯となり、あえなく吹き飛ばされる。
吹き飛ばされた場所で立ち上がり見ればーー。
女の背中、マントの下からウネウネと触手のように四本の魔虫鞭が伸びている。ジュウベエが受けたのは、これらの鞭の四連撃であった。
どうやら本気を出して禍々しさを増したらしい女の姿を目にし、ジュウベエは吐き捨てるように言い放った。
「やっぱり、虫じゃねえかっ!! 」
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