act.32 「初迎合」
仮面の女は、突如として起こった予期せぬ出来事に、自らの目を疑った。
リノに向け一斉に飛び掛かった魔虫たち。
それらが全て、突然巻き起こった竜巻に呑まれ、ズタズタに斬り刻まれた揚句、吹き飛ばされた。
「……!? 」
まさか、あの女がこんな術式を?と色めき立ったが、すぐにそうではないと分かる。かき消えた竜巻の中心に、リノを守るようにして立つジュウベエの姿をみとめたからだ。
(そうか。何やらコソコソしているとは思ったが、あの男を回復させていたのか)
仮面の下で女の表情が険しさを増す。
(まったく忌々しいといったらない。このシンザといい、あの男といい、私の邪魔をする。そんなにあのリノとかいう女が大事か。私を二流呼ばわりする原因となったあの女。あんな年増女のいったいどこが、私よりも優れているというのだ)
そんなことを考えていると、だしぬけに女の足元で声がした。
「へっ、ザマァみろってんだ…… 」
「……あら、まだ起きていたのね」
息も絶え絶えではあるが、ジュウベエの起こした力強い風にあてられ、シンザは閉じかかった瞼をどうにかこじ開け、意識を保っていたのらしい。続けて女に憎まれ口を叩く。
「……どうだ? 一流の女の実力ってのが分かったろ? 」
「今のは、あの若い男の力じゃない」
「そうさ。だからだよ」
「言ってる意味が分からないのだけど? 」
女が小さな溜息を吐きながらそういうと、シンザも鼻を鳴らしてそれに応じた。
「鈍いねぇ。つまり、一流の女ってのは、自分で自分を守る必要なんかないってことさ」
「力がないことの言い訳」
「違うね。いらねぇんだ。良い女の周りには、いつだって勝手に守りに来る男が集まるんだよ」
「あぁ……そう。……そうねぇ。さすがだわ」
シンザの言葉を聴きながら、女は再び心の中にドス黒いモノが満ちていくのを感じた。だがいまは努めてそこから突き上げてきそうな衝動を抑え込む。新たに出てきた相手のことと、いまの状況を理解すべく頭を回転させる必要があったからだ。
(あれは……そう。たしかこいつらの息子。あの最も風に愛されるなどという……。たしかに厄介。だけど…… )
女はジュウベエの脇で力なく座り込んでいるリノの姿を見てほくそ笑む。
(どうやら、あの男を救うために随分と力を使ってしまったようね。これでもう、鬱陶しい真似も出来ないでしょう。……男に守られるのが一流? そんなもの、犬でもできる)
ジュウベエの相手をするのは確かに厄介だが、それよりもリノを疲弊させられたことの方が戦況としては有利。
そして確かにジュウベエは強いのだろうが、まだ若い。闘いは力の強弱ではなく、駆け引きの妙で決まる。シンザに比べれば若い男ひとり簡単にねじ伏せられる……女はそう目算した。
そこまで思い至って、女には余裕が出た。シンザの方に向き直り、見下ろしながら問いかける。
「アレは、あなたたちご自慢の息子さん? 」
「ご自慢の息子」という言葉を聴き、シンザがいくぶん自嘲気味身に笑いながら答えた。
「どうしようもねぇ……バカ息子だよ」
「へぇ。あなたたちに似て、さぞかし生意気なんでしょうね」
「ああ。生意気ってことにかけちゃ折り紙付きだ。きっとアンタのお気に召すさ」
「そう。ゆっくりとお話ししてみたいものね」
そう言った女の足元で影が膨らみ、また新たにまた十体ほどの魔虫が這い出てくる。だがこれまでのものとは少し形状が違う。六本足の前二本が、鋭い鎌のような形状をしている。これまでのものを汎用型とすれば、今度のは攻撃特化型といった様相だ。
魔虫たちは自らの鎌を誇示するように構えながら、ダラダラとその口から分泌物を垂れ流している。殺すことに、壊すことに飢えている、とにかく早くやらせろ!という本能の叫びが聴こえてくるようであった。
そんな魔虫らの姿を満足げに眺めながら、女は命令を下した。
「……この子たちを乗り越えてここまで来れたなら、仲良くしてあげようかしら。……おいき!! お前たち!! 」
女の言葉で、一斉に魔虫たちがジュウベエに向かって走り出した。
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こちらに向かってくる魔虫ら、そしてその向こうに立つ仮面女の姿を見て、ジュウベエは乾いた唇を舌でペロリと舐めながら刀を握り直した。
「……アイツか、このクソッタレな虫共の親玉は!」
今夜起こった最悪な出来事の数々、その全ての原因を作った輩。
ジュウベエは無惨に殺された一族の者達や、傷つけられたハクトの姿を思い出し、腹の底から煮え滾るような怒りが湧き上がってくるのを感じた。
そんなジュウベエの怒りに呼応して、周囲を巡っていた風が荒々しさを増す。
「気を付けてジュウベエ。私もすぐに行く」
そう言いながらリノは服のポケットから小さな包みを取り出し、中に入っていた木の実を口に含んでいた。コタラの木の実。とんでもなく苦いが、少なからず失われた魔力を取り戻させてくれる魔力回復の妙薬だ。
「母さん」
「大丈夫。まだやれる」
そう言いながら、リノは立ち上がった。
「いいえ、ここでやらなかったら、私は自分を許せない」
依然として顔色は青く苦し気ではあるが、その瞳と立ち姿は毅然とした想いに満ちている。
ジュウベエはこれ以上リノに無理をさせたくなかったが、闘う意志をみなぎらせたその表情をみてしまったら、休んでいろとも言えなかった。
こうなったら自分に出来るのは、一刻も早く敵を倒すことだけだけだ。早く。出来るだけ早く!ジュウベエの周囲を巡る風が、途端にその速度を増す。
「焦ってはダメ」
そんなジュウベエの内心を見透かして、諭すようにリノは言う。
「冷静に状況をとらえなさい。あの人が、勇猛でならしたサキカゼの長シンザが動けずにいる。つまりは、それだけ恐ろしい相手だということなの、あの女は」
ジュウベエは振り返ってリノを見た。彼女の視線は、女の足元に倒れているシンザに向けて一心に注がれている。本当はきっと今すぐにでも親父の元に飛んで行って、助けたいだろうに。
しかしリノはその気持ちをグッとこらえ、この最悪な状況を確実に切り抜けるためには、どう考えどう行動すべきなのか?その身をもって示しているのだ。そんな彼女の姿を見て、ジュウベエは自らの心と風を落ち着かせながら短く答える。
「わかった」
そうして改めて女の方に向き直り、迫りくる魔虫らを警戒しながら、その向こうにいる仮面女の姿を注意深く見てリノに問う。
「あの女のことで分かることは?」
「自分の影から魔虫を呼び出せる。そして変幻自在に動く鞭を使う。多分アレも魔虫の類ね」
「虫、虫、虫。女ってのは、虫が嫌いなんじゃなかったっけ?」
「私は苦手」
「でもあの女は……。あぁ、あの女も、実は虫なのか」
「ふふ。かも知れないわね」
そう小さく笑いながらリノは、他愛ない冗談が言えるくらいには落ち着いたジュウベエの様子を確認して安心した。これでようやく、この息子がいつも通りの力を発揮させられるまでに回復させられたのだ。
身体の傷だけでなく、心の在り方まで回復させる。リノが後方支援のスペシャリストであることの真価が、ここにあった。
そんな頼もしい母の手助けに感謝しつつ、ジュウベエはいよいよ闘う士気を高めた。
「ジュウベエ」
「あぁ。もう大丈夫だ。ありがとう母さん」
「父さまを……あの人を助けてあげて。お願い……! 」
そう口にしたリノの声は、少しだけ震えていた。
胸いっぱいに満ち満ちた黒い水のような不安。それを漏らさぬように、感じられることのないように。ただただ、ジュウベエが平常心で闘いに臨めるよう尽くす。その一念を貫き通してきたリノが、最後の最後、たった一滴だけこぼした「不安」。
だからこそ、ジュウベエにはリノの気持ちが痛いほど伝わった。そしてそれを、そういった不安の全てを受け止め、全てを覆して、目の前のこの人を安心させることが、自分の今なすべきことだと強く思った。
その想いに呼応した風が、力強くだけどもけして乱れることなくジュウベエの周囲を駆け巡る。
「じゃあ、行ってくる!!」
言うと同時に、ジュウベエは風にのって駆け出した。
まさしく飛ぶが如く、疾風の如く。
リノはそんなジュウベエを見送りながら、自身もシンザを救うべく術式を唱えながら歩きだす。
その途上、敵に気付かれぬようにチラリと岩陰のハクトに目をやる。
まさにその時、どうにか十枚目の術式陣を積み重ね、見事に垂直構造術式を完成させたハクトの誇らしげな表情がリノの目に飛び込んだ。
(偉いわハクト。よく頑張った……! )
大声で褒めたたえてやりたい愛娘の頑張り。しかし、そんな気持ちは微塵も表には出さずにリノは歩き続ける。
(あとは、タイミングさえ見誤らなければ大丈夫。そして、そのきっかけは私が作る! )
疲労や苦しさを忘れたかのように、リノの歩調は力強くなる。
その先でジュウベエが叫びながら敵陣へと至っていた。
「どけどけ!邪魔だぁっ!!」
迫りくる魔虫の群れの元へ瞬く間に斬り込み、一陣の刃風となったジュウベエは縦横無尽に刀をふるった。斬り上げ、横薙ぎ、袈裟懸ける。一太刀浴びせるたび、その刃を追って鋭く凶暴な風が吹き荒れた。
魔虫らも自らの足、その鋭い刃を振り回し攻撃を繰り出してくる。凄まじい速さと力強さである。だが、それらはことごとくジュウベエを取り巻く守護の風によって逸らされ、ジュウベエの元には届かない。
まさに一方的。
魔虫らはジュウベエの繰り出す斬撃と凶風の猛攻になすすべなく、あるいは斬られ、あるいは吹き飛ばされて、絶命した。あとに残ったのはバラバラになった魔虫の破片と、紫の体液だけである。
時間にすればおよそ5秒。
その短い間にジュウベエは十体全ての魔虫を斬り伏せ、さらに止まることなく駆け抜ける。そして目指す先、なにひとつ邪魔するものなく、ようやく仮面の女の姿をハッキリと見据えた。
距離およそ二十メートル。
ジュウベエと仮面の女。二人の視線が交錯する。女はまだ動こうとしない。
と、次の瞬間。ジュウベエは高々と飛び上がった。それを追って、女が顔を上げる。
空中で刀を振りかぶり、その刀身にこれまでよりもさらに凶暴な風を纏わせながら、ジュウベエが叫ぶ。
「待ぁたぁせぇたなぁあああっっ!!」
そして急転直下。落下の勢い全てを利用して女に斬りかかる。
叫びながら主人に向かって迫りくる敵を迎撃しようと、魔虫鞭がその硬い棘を差し向け、凄まじい勢いでもって空中のジュウベエのところへ飛んでくる。
硬い金属同士がぶつかりあう衝撃音と派手に散る火花。
ジュウベエの鼻先わずか10センチ。
見事に鞭の先端を刃でとらえていたジュウベエ。
「うおおおおおおおっ!! 」
刀で棘を縦に真っ二つに斬り裂きながら、なおもそのまま一直線に伸び切った魔虫鞭をつたうようにそて鞭を割り裂き落下してゆく。
あと一メートル。
ジュウベエの刃が女の元に届く直前、女は後ろに跳んだ。素早く手首を返し、巧みに魔虫鞭をジュウベエの刀に絡ませ、鞭の柄を投げ捨てる。
それによって、わずかに女から逸らされた太刀筋。
空を斬って地面に叩きつけられる、ジュウベエの刀。凄まじい風圧で周囲の砂を吹き上げるが、かえってそれが煙幕のように双方の視界を塞ぐ。
その一瞬の隙を突いて、女が短剣をジュウベエの首筋に目掛けて振り下ろしてくる。
しかしそれは守護の風が許さず、女の短剣はジュウベエの元へ至らぬようにと吹き流された。意に添わず女の一撃も空を斬った。
ところへジュウベエが、鞭の残骸を振りほどき、身体を横回転させながら、遠心力をたっぷりのせた横薙ぎの一閃を、女の胴目掛けて走らせる。
女もその驚異的な身体能力で身体を捻じりながら飛びあがる。空中で頭を下にして短剣を両手で握り直し、ジュウベエの一撃を受け止める。強い風が女の髪を玩ぶようにして吹き抜けた。
初迎合。ここへきて、ようやく初めてジュウベエの刀と女の短剣が斬り結んだ。
互いまでの距離わずか五十センチという近さで、挨拶代わりの刃を交えながら、刹那の間にジュウベエと女は目と目で激しい気持ちをぶつけ合う。
「ぜってぇ、ぶっ飛ばす!! 」
「やれるものなら、やってご覧なさいな!! 」
―― ガァキィンッ!!
ひと際大きな音を立てて、互いの刃が振り抜かれた。そして、その勢いで同時に互いの身体を引き離す。
大きく跳び、着地し、そして振り返って相手を見据える。
―― こうして、ジュウベエと仮面の女との、直接の対決が始まった。
最後まで読んでいただいてありがとうございます!!
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皆さんのお力で『千年地獄の呪われ王』を育ててやってください(^^)/




