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千年地獄の呪われ王  作者: 第八のコジカ
第1章 「風の宿命」
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act.30 「ハクトの闘い。シンザの危機」


 ―― シンザが。リノが。そしてジュウベエが。



 それぞれに死力を尽くして闘っていたとき、ハクトもまた自分の役割を果たそうと必死に闘っていた。


 

 岩場の影に身を潜めつつ、母リノがジュウベエの元へと駆け出した直後から、ひたすら同じ術式の詠唱を何度も何度も繰り返していたのである。



 父が闘っている方角からは、断続的に凄まじい攻防が繰り広げられているであろう「音」が響いてきていた。

 

 

 父は無事か?

 母は兄の元へたどり着けたのか?

 そして兄は……。



 ここに居たのでは、周囲の状況をまるで見ることが出来ない。


 ひとつの不安が次の不安を連鎖的に呼び、幾度となくハクトの頭に嫌な想像が浮かんでは消えた。


 駆け出したかった。今すぐにでも、ジュウベエの元へと飛んで行きたいと想った。


 しかしそれでもハクトはよく耐え、目の前の「役割」に懸命に集中していた。

 


「風よ。風よ。風よ。地より生じ、天へと至る風よ。我は求め願うなり。その強き流れのなかに我らを招き入れんことを…… 」



 目をつむり、集中して正音詠唱をするハクト。彼女の目の前には、青く輝く術式陣の「タワー」が展開されている。



 これは術式を「多重構造化」する高度な技術で、いまハクトがやっているのは、その中でも初歩の「垂直構造展開」と呼ばれるものだった。


 同じ術式陣を積み重ねることで、その効果や威力をより大きなものへと変化させる。


 その数が多いほど大きな力を生むが、その分難易度も高くなってゆく。垂直構造展開はシンプルではあるが、崩れやすくもある。


 積み木を積むのは単純なことだが、高く積もうとするほどにバランスをとるのが難しくなる、それと理屈は一緒である。



 ハクトのかざした手の前で、術式陣の輝きが強くなる。



「……その加護をもって我らを導き給え。共に流れ、共に空へと至らしめんことを! 」



 詠唱の最後の一文 ― 鍵言葉 ― を残して組み上げられた術式陣。



 ハクトの目の前に積み重ねられた術式陣の数は五つ。そして今、詠唱し終えたばかりの六つ目の術式陣を慎重にその上に重ねていた。



「よし。これで六つ目! …… あと四つ!! 」



 リノから重ねるように指示された術式陣の数は「十」。いまのハクトにとっては、達成できるかどうか微妙なラインである。少なくとも、これまでに成功させた事は無い。


 しかし、いまの状況ではどうしても最低限その数が必要だと、リノは言っていた。



「やるったら、やるの! 私だって兄さまを……皆を助けるんだから!! 」



 弱音を吐いている場合じゃない。いつまでも、ただ守られるだけの自分なんて嫌だ。私だって、兄さまの役に立って見せる。そう自分を奮い立たせ、ハクトは新たな術式陣の詠唱に意識を集中し始めた。


 

 ―― 幸か不幸か。このとき、シンザの絶叫はハクトの耳に届いていなかった。



++++++++++++++++++++



「うおおおおっ!! 」


 

 突如として影の中から湧き出てきた、三匹の魔虫たちに喰らい付かれ、体勢を崩したシンザは為すすべなく地面に引き摺り倒されていた。

 


 余りの勢いに受け身もままならず、シンザは後頭部をしたたかに打ち付けた。下が砂なのは幸いだったが、ダメージは少なくなかった上に一瞬意識が飛びかけた。



 それゆえ、次の攻撃への対応が遅れたのが致命的だった。



「ぐあぁっ!? 」


 

 右脇腹に鋭く重い痛み。一匹の魔虫がその強力な顎で喰らい付いていた。瞬く間にシンザの肋骨が数本砕け、肉が千切られ血が噴き出す。



 その瞬間をシンザはハッキリと見ていたが、ここで戦意を喪失せず耐えられたのは、長年の経験と覚悟の深さの賜物だった。



 さらに追い掛けるようにして、左腕上部と左右両足の太腿にも万力で締め上げるような激痛が走る。他の二匹がそれぞれ、シンザの手足をもぎ取らんばかりの力でもって掴んでいた。



 骨の軋む、ミシミシという音が聴こえてくるようである。このままにさせれば、あと数秒もしないうちに、肋骨と同じように手足の骨を砕き折られることが容易に想像できた。

 


「うがあああああっ!! クソがっ!! 放しやがれぇええっ!! 」



 リノの補助術式の効果が継続していたこと、そして刀を握る右腕は自由だったことが、せめてもの救いとなった。


 

 シンザは残された全ての力を右手の刀に集中させ、なりふり構わず一心不乱に振り抜いた。



―― ブォンッ!!



 鋭い風が砂煙を上げながら渦を巻き、シンザもろともに魔虫を包み込む。シンザ得意の細く研ぎ澄まされた斬撃とは異なる、荒々しい嵐のような一撃。



 しかしどうにかその一太刀の元、三体の魔虫は斬り払われた。



 魔虫の体液と巻き上げた砂とでを全身を汚しながら、地面に大の字になっているシンザ。


「はぁ……はぁ……冗談じゃねぇぞ、クソったれが…… 」



 苦し気な呼吸を繰り返しながら、シンザは悪態をついた。



 先の荒っぽい攻撃で、シンザは自らの皮膚にもかなりの数の切り傷を刻んでいた。そして本体と切り離したものの、未だシンザの身体を掴んで離さない魔虫の腕(足)の下では、骨にヒビが入っているのは間違いない。


 そしてなにより脇腹からの夥しい出血。このまま放置すれば、確実に命にかかわる傷。

 

 

 誰がどう見ても満身創痍であった。



(…… マズイな。こいつぁ、本格的にマズイ)



 どうにか首だけを持ち上げ、シンザは女の姿を探す。



「うふ。うふふふふふふふ…… 」



 嬉しさのあまり堪えきれず漏らした、といった女の笑い声が、足元の方角から聴こえてきた。かすむ視界の中、シンザの眼はゆっくりとこちらに歩いてくる仮面の女の姿をとらえていた。



「おかげんは、いかがかしら? 」



 シンザの足元に立ち、見下ろしながら女は言った。



「……見りゃ分かんだろ。絶好調だ、バカヤロウ」


「勿論、そうよねぇ」



 嘲った口調で応じながらも、女はシンザの僅かな動きを見逃さなかった。



 ―― パンッ!! と乾いた音が響く。



 女が握る魔虫鞭の先端、その硬い棘がシンザの右手首を打ち据えた。



「ぐっ!! 」


「あら、ごめんなさい。虫がたかってるように見えたものだから」  



 刃に集まりかけていた風が、たちまち霧散してゆく。女の不意を突くつもりが易々と見破られた揚句、唯一無傷だった右手まで潰されてしまった。だが、それでも刀だけは手放さなかったシンザの胆力は流石と言うべきであった。



 「イタチの最後っ屁」ではないが、せめて一矢と思った一撃はあっさりと見破られた。ここからしばらくは耐えるしかない時間が続く。ならせめて心だけは……心だけでも攻め気を無くさぬようにせねばならない。



「……そいつぁ、どうも。どうにもさっきから、あちこち虫に喰われて痒いと思ってたところなんだよ」



 その胆力をもって、シンザは精一杯の見栄を張った。



「あら大変。痒いところがあるなら言って。掻いてあげるから」


「そりゃ、有難いね」


「……どこが痒いのかしら?」



 仮面の下で、女が酷薄な笑みを浮かべる。こう問えば、見栄を張るシンザがどう答えるか? 女には手に取るように分かっていた。



「……そうだな。脇腹のあたりが、ちぃとばかり痒いね」



 予想通り。バカだ愚かだ、という感想を通り越して、女はシンザを憐れとさえ思った。



 ――所詮、男は下らないことに命をはって、それで悦に入るしか出来ないのね。



 魔虫鞭を握るその手に、女は少しだけ力を加えた。主の意をくみ取ったその生ける鞭は巧みに力加減をしつつ、しかし何度もシンザの血塗れの脇腹を打った。打つたびに、シンザの脇腹から血が噴き出した。


 

 しかしシンザは叫ばない。勿論、その打撃を防ぎもしない ―― いや、正確には防ぐ力も残っていなかっただけ ―― 。とにかく、ただじっと耐えた。やがて攻撃がやんだ。



「いかが? 」


「……悪くはないね。だが、ま、やっぱり二流かね。惜しいとこだがね」



 ザワザワ、と女の肌が粟立つ。またしても言うか、この私を二流だと!



 女はつい先程受けた屈辱を思い出し、どうにかしてその復讐がしたくてならなかった。だがどうにも、この男の肉体をいくら痛めつけたところで埒が明かないことは分かった。



 ―― となれば。



「……そう。二流。ならば、一流のやり方というものを見てみたいものね」



 そう言いながら、女は視線をリノが居る方角へと向けた。



「……!! 」



 シンザは心の中で一万回の舌打ちをした。



(しまった。余計なことを…… )



「手ほどき願いたいものだわ。一流の女のやり方ってやつを……! 」



 仮面の女の影から、魔虫たちが次々と湧き出てくる。それらはみな、リノのいる方へと向かっていく。



「さぁ、勉強させて頂こうかしら」



 女の声にはハッキリとした怒気が感じられた。

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