act.29 「私は、あなたの母だもの」
「ジュウベエ!? しっかりなさい、ジュウベエ!! 」
ジュウベエの元へたどり着くなり、リノは、力なく地面にうずくまっていた息子の身体を抱き起した。
「うっ…… 」
辛うじてリノの呼び掛けに反応はしたが、意識が朦朧としている。
顔色は蒼白で額に大粒の汗。首筋に手を当てると、脈は弱々しく体温も低い。ジュウベエが苦痛に耐えながら身体を酷使し、限界まで力を振り絞っていたことは明らかだった。
「あなったって人は…… 。そうまでして、ハクトを守ろうとしてくれたのね」
リノは思わず、自らの目頭が熱くなるのを感じた。フッと目をつむる。なんとも、この義理の息子が誇らしく愛おしい。
(この子は、まさしくあの人の息子。私が産めなかったことが、悔しいくらいの…… 。バカね、私は。今はそんなこと、どうだっていい! )
愚にもつかないことを考えてしまった自分を、リノは一瞬で戒めた。そしてジュウベエの肩を強く揺すりながら、リノは必死に呼び掛け、叱咤した。
「起きなさいジュウベエ!! 皆、まだ闘っているわ。あなたの父・シンザも、強敵を相手に苦戦している。ここで寝そべっていることが、貴方の為すべきことなの!? 」
厳しい言葉を投げ掛けながら、リノは持てる回復術式の全てを並行起動し始めていた。大小複数の術式陣が輝き、ジュウベエに癒しの力を与えてゆく。
いかに彼女が一族で最も術式に長けていると言えど、これはもはや「賢者」と呼ばれる実力者の領域である。当然、これだけの無理をすればリノの負担も大きい。体力、精神力は勿論のこと、その生命力をも削って彼女はジュウベエを回復させていた。
彼女もまた、自分の限界を超えて闘っていたのである。
「目覚めよ! 務めを果たせ!! 次代頭領、サキカゼ・ジュウベエとして、相応しい働きをなさい!! 」
そうリノは叫んだ。
と同時に、癒しの風がジュウベエの全身を包み込む。
彼女の施した回復術式によって、瞬く間にジュウベエの傷は跡形もなく癒えたのだった。だがしかし、それでもまだジュウベエの意識は夢現の境界を彷徨っている。
(…… もう一押し。あと少しで、この子は目覚める。ここで私の力を全て使ってでも……! )
再び術式を起動させながら、リノはジュウベエに激励の言葉を投げ掛けようとした。だが、不意に、彼女の胸に激痛が走る。胸を押さえ、激しく咳き込むリノ。
「くっ……! 」
負荷が掛かりすぎたのだ。苦しい。声を出すことは勿論、呼吸もままならない。リノは自らの胸を押さえながら、なお、それでもジュウベエに力を与えようとした。
(私は……それでも……あなたの母親だもの……!! )
残された力の全てを振り絞って、リノはジュウベエを強く抱きしめた。
「お……ね……がい。起き……て…………!! 」
―― ドクン!
力強いジュウベエの鼓動が、リノの身体に伝わった。
「ジュウ……ベエ……!! 」
不意にリノの細い肩を、ジュウベエの熱い掌が包み込む。
「母さんすまねえ。随分と寝坊しちまってたみたいだ……!! 」
ハッキリと意識が戻り、いつもの生気あふれた瞳の色に戻ったジュウベエが、リノの顔を見上げて言った。
リノは蒼白な顔に、優しい微笑みを浮かべて応える。
「おはよう。ジュウベエ」
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「なっ……!? 」
目の前で起こった出来事が咄嗟に理解できず、シンザは思わず術式の詠唱を中断し、仮面の女を見上げていた。
月を背に、闇夜の空に舞い上がりながら女は嗤っている。
その下では、斬撃をまともに喰らった魔虫が、その身体を凶暴な風の渦にズタズタに打ち千切られ、大量の体液をぶちまけながらバラバラに崩れていた。
―― そう。風の渦に呑み込まれる直前、女は足元から突如として現れた魔虫を踏み台にし、上空へ跳んだのだった。
(地面の下に潜ませていた? いや違う。掘り起こされたような跡がない。なら、いったいあの化け物をどこから…… ? )
フワリと浮かんでいた女の身体が、やがて下降を始める。すかさずシンザは、女の着地点へ目掛け、刀を振り抜き斬撃を送り込む。そしてその斬撃を追うようにして、自身も駆けた。
―― ズサッ。
女が砂の上に着地する。
と、同時に。
シンザの撃ち込んだ斬撃が届く。だが、申し訳程度に繰り出された攻撃では、魔虫鞭のひと薙ぎによって、あえなく掻き消されるのみであった。
(よし!!)
だがそれこそ狙い通り。本命は次の一撃であった。シンザは補助術式によって向上した動体加速を最大限に利用し、ガラ空きの女の懐へと滑り込んだ。
(いける! )
低い姿勢から、女の顔面に目掛けて繰り出される「刺突」。
「もらったぁぁっ!! 」
全身のバネを使って、シンザが刃を突き上げる。しかし女は、その攻撃を難なくかわした。シンザの刀が虚しく宙を突く。
一瞬にして形勢逆転。今度は、一撃を繰り出したシンザの身体がガラ空きである。
(クソがっ……!! )
シンザの勘が、全力で警告を発していた。途端に全ての時間の流れが遅くなる感覚。まるでスローモーションの映像を見るように、シンザには女の動きがハッキリと見えていた。
攻撃をかわした仮面の女は、月を背にして、ゆっくりと後方へと跳んでいた。
「……!? 」
シンザは、信じられないものを目にし、まさしく言葉を失った。
女の真下。
月光に照らされ出来た女の影が、唐突に膨れ上がった。そしてその表面がボコボコと泡立つように隆起したかと思うと……
「ぐわあああああああああああっ!! 」
次の瞬間。シンザは何匹もの魔虫に一斉に襲い掛かられていた。
―― そう。女の影の中から、魔虫たちが這い出てきたのである。




