act.27 「良い女」
「いいわね、ハクト。その時がきたらお願い」
「うん。わかったわ母さま」
リノとハクトが、互いに真剣な表情で頷き合う。
そしてリノは駆け出し、ハクトは岩場の陰で術式の詠唱を始めた。
ジュウベエの元に駆けていく途中で、夫の闘っている姿が目の端に入った。
(あなた……! )
思わずリノは、駆けながら補助術式の高速詠唱を始めていた。
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「魔虫鞭・無尽連撃。その本当の恐ろしさ…… たっぷり味わわせてあげる! 」
「やってみな。どんな攻撃も通さねぇ風の結界だ。斬撃塵旋風!」
連続して鳴り響く甲高い金属音。舞い上がる砂煙。闘いの規模が、一気に2段階ほど引き上げられた。
魔虫鞭が凄まじいスピードで暴れまわり、縦横無尽な攻撃を仕掛けてくる。しかしそのことごとくを研ぎ澄まされた風の斬撃が迎え撃つ。
互いの僅かな隙をうかがおうと、二人は攻撃を繰り出しながら素早く動き回る。鞭の連撃と風の斬撃が激しく交錯して火花を散らした。
一見すると互角。だが ――
(ちぃとばかり、キツイか)
本能のまま暴れまわる魔虫鞭には、疲労も緊張もない。対して生身の人間であるこちらは、時間が経つほどに体力も精神力も削られてゆく。
(ジリ貧てやつだな、ここままだと……)
冷たい汗がシンザの頬をつたう。豊富な闘いの経験が、早く次の手を打てと警告してくる。
(わかってんだよ。急かすんじゃねぇ! ……おっと!? )
ガキィン!! ―― 飛ぶ斬撃をすり抜けて、鞭の一撃がシンザの刀と直接交わった。その後を追うようにして女が身体ごと突っ込んでくる。
(体当たり!? いや違う。左手!! )
いつの間にか女は左手に短剣を握っていた。突進の勢いに任せて、シンザのどてっ腹にそれを突き立てようというのだ。
「……させるかぁ! 」
身体を捻って短剣の一撃をかわすシンザ。
すれ違いざま、内心の焦りを見透かすように女が嗤う。
「頑張って。まだまだ私を楽しませて」
「……! このアマ!! 」
せめてもの反撃にと、回し蹴りを繰り出すシンザ。しかし女はこれを難なくかわし、大きくジャンプして再び間合いをとった。
一連の攻防で女は呼吸を全く乱していない。対するシンザは肩で息をしている。
「ハァハァ…… 色々いやらしい女だよ、お前さんは」
「お好きでしょ? 」
妖艶な肢体をなぞりながら女がおどける。
「ハァハァ言ってるもの」
「けっ。ただ年ってだけだ。それに…… 」
刀を構え直しながらシンザが続ける。呼吸を整えるための時間稼ぎである。
「それに、お前さんみたいなのは、好みじゃねえ。若い時さんざ手を出して懲りてる」
「やっぱり刺されそうになった? 」
女が短剣をヒラヒラと玩びながら言った。
「しょっちゅう」
「お盛んだったのね」
「そのお陰で、今は落ち着いた愛妻家だ」
「あら素敵。でも要するに…… 若い女は持て余しちゃうのよね? オジサンは」
「言うねぇ。……だが年食ってる分、手練手管ってのもあるんだぜ」
「事の最中に会話で繋ぐ……とか?」
「お見通しかい」
荒い呼吸に上下していたシンザの肩が、平静に戻っている。呼吸は整った。刀を握る掌に再び力をこめる。
そんなシンザを見つつ、女が大げさな溜息をついてみせた。
「今更だろうけど教えてあげる。女はね、男の見栄を守るために色々と見ないふりをしてあげてるの。たとえ処女でも、だいたいのことはお見通しなのよ」
「耳の痛い話だ。男はいつも、手の平の上ってわけか」
言い返しながら、油断なく刀を構え、腰を落とした姿勢でゆっくりと右回りに歩き出すシンザ。少しずつ、女との間合いを詰めてゆく。
その動きに合わせ、女も構え直しながら話を続ける。
「長く楽しむために、女は努力しているのよ。動くばっかりの男たちと違って」
「そうかい。いい勉強になったよ。じゃぁ、年寄りからも一つ助言だ」
「あら、なぁに? 」
ピタリと足を止めるシンザ。
そしてニヤリと笑って言い放った。
「本当にいい女ってのは、そういう諸々全部抱きとめ迎え入れて、自分の内で男を楽しませるもんだ」
「…… 」
「そうして自分も『愉しむ』。女の悦びってのは、深いところにあるんだろ? そこに達するためには、テメェの心が冷めてちゃ話にならねぇ。男が見栄を張る? 当たり前だ。男から見栄をとっちまったらただのゴミだ。その見栄ひとつ守るために努力しなきゃいけないなんざぁ…… 」
刀を担ぐように構え、攻撃直前の姿勢となるシンザ。そして〆の一言。
「お前さん、女としてまだまだ二流だよ」
容赦なくそう言い放った。
「女として二流」。その侮蔑の言葉を聴くと同時に、女の髪が逆立つ。シンザの侮辱に少なからず逆上したのだ。
そして再び魔虫鞭での攻撃を繰り出そうと、腕に力を込めたその時 ――
「風よ、我が愛する者にその大いなる加護を!! 」
出し抜けに、女の背後からリノの声が響いた。
「!?」
驚き、思わず振り返る女。三十メートルほど先で、リノが立ち止まり、かざした手の前に複数の術式陣を展開させているのが見えた。
「助かったぜ、リノ! 」
待ってましたとばかりにシンザが叫ぶ。
「連続術式!。体力回復! 防御力向上! 動体加速! ……あなた、負けないで!! 」
そう、全てはこの為の時間稼ぎ。
リノがジュウベエの元へ駆け寄る途上、こちらの状況を察して、即座にサポート術式の詠唱に入っていたのを、シンザは気付いていたのである。
術式を放ち、またすぐさまジュウベエの元へと駆け出すリノ。その後ろ姿に向かってシンザが応える。
「お前のお陰で百人力だ!! 」
「くっ! ……このぉ!! 」
女が初めて垣間見せた苛立ち。
その怒りの攻撃が繰り出されるよりも一瞬早く、青い輝きと共に加護の風がシンザの身体を包み込んだ。
魔虫鞭の一撃が虚しく空を斬る。
先程までと比べ物にならない移動速度で、一足飛びにシンザが女の間合いに入っていき、一撃を叩きつける。
辛うじて短剣でそれを受け止める女。
刃と刃が交わった刹那。シンザは余裕たっぷりといった表情……つまりドヤ顔をして女に囁いた。
「な? とびっきりに良い女ってのは、ウチのカミさんみたいなのを指すんだ」
突進の勢いに押され、女が派手に吹き飛ばされた。




