act.26 「鞭の正体」
「さぁ、お望み通りに。この子の力を見せてあげるわ! 」
女の声を合図にして、足元でのたうち回っていた鞭が、あたかも「意を決した」ようにシンザに襲い掛かる。棘の先端が、一直線でシンザの顔面目掛けて飛んできた。
(また直線……いや、違う!?)
女が仮面の下で、ニタリと笑う。
五分の見切りで紙一重にかわそうとしたシンザの、その僅かな動きを追うようにして、鞭が軌道を内向きに変化させた。
衝突寸前、もはや鼻先。
0.1秒後、硬い棘の塊がシンザの顔面を射貫くところまで迫っている。
(なめるなっ!! )
だがシンザは、顔を高速で横に回しつつ更には身体をのけ反らせてこれをかわした。
寸前のところで、辛くもこの変化には対応できた。だが、この鞭の不可解でトリッキーな動きは、これで終わりではなかった。
鼻先1mmを棘の塊が通過してゆく。
限界までのけぞり、もはやこれ以上は体捌きでかわし切れない姿勢のシンザ。身体を動かせぬ分を補うように、眼球を全速力で動かして棘の行方を追った。
視界の端で捉えた棘は、再びあり得ない軌道を描いて先端の向きを変えた。独りでにUターンしたのである。
それはまるで、蛇が唐突に鎌首の向きを変えるかのような動きだった。
(そう来るのかよ!?)
迫る攻撃を今度こそかわしきれぬと判断したシンザは、体勢を崩しながらもそれを迎え撃とうとする。
「うおぉぉぉぉっ!! 」
シンザは叫び、がむしゃらに刀を振った。
―― キィンッ!! と弾ける音と同時に刀に手応えがあった。どうにか当てた。いや、当たったといった方が正しいかも知れない。
鞭の先端は一旦は弾かれ動きを止めたものの、またすぐさまのたうち回るような動きで女の足元に戻った。
シンザは後ろに一回転して距離をとりつつ、すぐさま起き上がって体勢を整えた。初撃と、そして今の一連の攻防を経てシンザはついに確信していた。
(間違いねぇな。アレは鞭なんかじゃねぇ…… )
ここまでの一連を動かずに見ていた女が、突然ゆっくりと手を叩いてシンザを賞賛した。
「やっぱりすごいのね。あなた。まるで触れさせないなんて」
「……ま、今のは、だいぶと危なかったがな」
衣服についた砂埃を払いながらシンザは答えた。
「やっぱり、お得意の勘なのかしら? 」
「いや、れっきとした実力ってやつだな。洞察力ってのか」
「あら素敵」
「そうかい。じゃ、素敵ついでに答え合わせだ。その鞭、いや、そいつは、魔虫だな? 」
「……ご明察」
鞭、いや魔虫が女に絡まりつくようにのたうち動く。そして唐突に先端の棘が、パッカリと四等分に割れ開いた。まるで花の蕾が咲くように。外側に反るようにめくれ上がったそれは、どうやら魔虫の口らしかった。
「ハリガネムシを元に呪いを集めた子なの。フフ……可愛いでしょ? 」
「お前さんとは、趣味が合わねえらしい」
「あら残念。んー……でもそれじゃ、あんまり長く付き合わせるのも悪いかしら? 」
「そうだな。こっちも色々忙しい身でね。ボチボチ招かれざる客ってのには、ご退散願いたいね」
そう言いながら、シンザは身構え、術式の高速詠唱を開始した。風が刃に集い始める。
「……そうね。わかったわ。それじゃぁ、手土産を頂いてなるべく早くにお暇するわ」
「…… 」
小首を傾げ、考えるそぶりを見せる女。絡みついていた魔虫の鞭が、また慌ただしくのたうち回り始める。
「そうねぇ……あなたのその首、なんてのがいいかしら!? 」
女の言葉尻に合わせて、両者は動いた。
魔虫の鞭が予測不能な連撃を繰り出す。しかし、それに見事に呼応するようにシンザも細く鋭く引き絞った、斬撃の鞭とでも言うべき攻撃を繰り出し、ことごとくを迎撃していく。
両者の周囲で目にも止まらぬ速さで攻防が繰り広げられ、ただキィン!キィン!キィン! という短く甲高い音だけが鳴り響いていた。




