act.24 「女王蟻」
「私の可愛い魔虫たちをこんなにして……あなたたち、とても酷い人」
妙に艶めかしい感のある女の声。
低いトーンで、ひどくゆったりとしたその話し方。
シンザとリノが振り返ると、そこには闇と同じ色のフード付きマントを身に纏った、一見して怪しげな風貌の女。
まず、仮面を被っている時点で怪しい。その仮面に描かれているのが、魔虫共の顔に描かれていたものと同じ「紫の一つ目」だというのだから、なお怪しい。
「……あなた」
「あぁ。どうやら真打ちのお出ましらしいな」
二人は即座に女の方に向き直り、険しい視線を送りつつ、素早く相手を観察した。
「フフ…… 」
女は、そんな二人の視線を受け止めて小さく笑った。
―― シンザと変わりないほどの長身。またそのマントの間から見える身体つきは肉感的で妖艶。服装もことさらそのボディラインを強調したものを選んでいるのだろう。
肌に吸い付くような黒いボディスーツは胸元が大きく開いている。豊満なその胸の縁と、太ももの付け根の周りに施されたレースは桃色で、差し色としてマントの裏地の薄い紫によく映えていた。
髪は腰まで届く長さで、鈍く光る虫襖色をしている。その長髪を一つにまとめて編み下ろしにしてあり、終わりの箇所に赤いリボンが結んである。
素顔が仮面によって隠されているため定かではないが、おそらくは二十代後半の美人と言って差し支えない女 ――おおよそ、そんな風に見て取れた。
「そんなにジロジロと見られたら……恥ずかしいわ」
女は胸と股間に手をやり、隠す仕草をしながら呟いた。誘うような口調である。そして胸にあてていた片手を動かし、仮面の上からシンザに向け投げキッスをしておどけてみせた。
「!」
反射的に反応したリノが、シンザと自分たちの周りに上昇気流の風を起こした。
瞬間的な風の防御壁である。得体の知れない攻撃を警戒したのが半分、そしてもう半分は女としての警戒からだった。
「心配すんな。下らねえ色仕掛けに、鼻の下伸ばすような真似、しやしねぇよ」
リノは女を見据えたまま、シンザの腕に手を掛けた。思いがけず起こしたリノの反応を見て、シンザは内心でリノを愛おしく思っていた。
「あら。妬けるわ。あなたたち、愛し合ってるのね」
「おっと。こりゃ恥ずかしいところを見られちまったな」
「そんなことない。男と女が愛し合うって素敵なことよ」
「そりゃどうも。そう言うアンタも、随分と男共が喜びそうな格好してるじゃねぇか」
女はシンザの無遠慮な物言いにクスリと笑った。
「ええ、そうね。でもこの身体は、男の欲望に捧げるためのものではないの。どちらかと言うと、私自身の欲望のために使うものなの」
「……だろうな」
シンザは、女の身体がただ男の官能を刺激するために磨かれたものではなく、もっと実用的で血生臭い事柄に向けて鍛えられたものであることを察していた。
ゆったりと構えているが、その実一分の隙も見い出せないほどに油断ない立ち姿。そこから魔虫どもと同じような、妙に感情の無い、ただ「仕事」として相手を仕留めようとする淡々とした殺気が発せられていたからである。
これはもう、怪しいというのを通り越して確定的。
――この女は「敵」。しかも、魔虫よりももっと危険な……。
二人はそう直感していた。女を見詰める視線が更に険しさを増してゆく。
「品定めは、終わったのかしら? 」
「だいたいはな」
シンザは抱いていたハクトをリノに託し、その女から二人を護るようにして立った。リノはその後ろでハクトの頭を強く抱きかかえ、何が起こってもいいようにと身構えた。
「術式で後方支援する」
「助かる。だが、まずはハクトの治癒を済ませてやってくれ。……それと、もしもの時のためにあのバカも動けるようにしておいてくれ」
シンザは、離れたところにうずくまるジュウベエにチラリと視線を送って言った。
「分ったわ。気を付けて」
「ああ」
シンザは刀を抜き、女の前に進み出た。
「面ぁ、隠してるやつに聴くだけ野暮なんだろうが、お前の名は?」
「『女王蟻』とでも言っておくわ」
ゆっくりと刀を構え、シンザは続ける。女は動かない。
「なるほどねぇ。魔虫たち、って言ってたな。じゃぁ聴くまでもなく、この化け物共は女王様の仕業だよな」
「ええ、そうね」
「目的は? 」
「皆殺し」
「物騒な明快さだ。……で? 」
「うん? 」
女は小首を傾げた。
「その女王様の、飼い主は誰だ。お前の後ろに黒幕ってのが居るだろ? 」
女の醸す殺気が、少し強さを増した。
「……フフ。勘が良いのね」
「考えりゃ分かるこった。大抵悪だくみの絵を描いてる奴は、表にノコノコ出てきやしねぇもんだからな」
「確かに。それならこういった場合、真相を聴き出したいあなたが、次に取るべき行動ももう決まってるのよね? 」
「そうだな。適当に傷めつけて口割らせるってのがお約束だが……お前みたいなのが相手だと骨が折れそうだ」
「骨が折れるだけなら、いいのだけど……ね!!」
言い終わりに女が僅かに動いた。
「痛っ……!!」
咄嗟に反応したシンザ。だが完璧にはそれを避けきれず、左頬の肉をいくらか抉られた。
「あらあら。本当に勘がいいのね」
女は隠し持っていた「鞭」を巧みに操りながら、さも楽し気な声で笑った。




