act.22 「幻惑術式」
大小無数の魔虫に取り囲まれ、それぞれに女衆を守りながら戦うサキカゼの戦士たち。
その魔虫らの中にあって、ひときわ大きい5メートル級の魔虫。
ハクトはまさしくその魔虫の腕に捕らえられているのであった。
手に握った小太刀で応戦しようとするも、腰の辺りを強烈な握力で締め付けられているらしく、その痛みと苦しみに耐えるので精一杯という状態だった。
「俺の妹を、放しやがれぇえええっ!! 」
ジュウベエは風を纏わせた刀に力を込め、駆けてきた勢いそのままに横薙ぎの一刀で魔虫を斬り払おうと間合いを詰める。
だが、小賢しくも魔虫は、ハクトを盾にするようにしてジュウベエの方に突き出してきたのだった。
「くっ!?」
あわや渾身の一撃を繰り出そうという直前で、ジュウベエは踏みとどまった。
動きを止めたジュウベエ目掛け、魔虫があいてる腕を振り下ろして攻撃を繰り出す。凄まじい勢いで振り下ろされる巨腕の一撃を、横っとびに転がってかわすジュウベエ。
転がりながら、魔虫の隙を探しつつすぐさま体勢を立て直す。
起き上がりと同時に今一度間合いを詰めようと飛び込むが、またしても魔虫はハクトを前に突き出してジュウベエの攻撃を封じてきた。
勢いをつけすぎたジュウベエが、無理やり突進を止めたことで姿勢を崩す。そこへ横殴りに打ち込んできた魔虫の一撃が飛んできて、激しい衝撃にジュウベエは吹っ飛ばされた。
「ぐぁっ!! 」
「兄さま!! 」
横っ飛びに10メートルほど吹き飛ばされるジュウベエ。あわや岩に身体が叩きつけられる直前、強い風が吹いて、ジュウベエの身体を空中で抱きとめるようにして守ってくれた。そしてそのまま、ふわりと優しく地面に着地させる。
「ありがとよ」とジュウベエは呟き、その場にしゃがみ込む。と、同時に口から吐血。
「かはっ……!? 」
魔虫の一撃を被弾する直前、膝と刀の柄とで固めた防御が間に合ったおかげで、どうにか致命傷はまぬがれたいた。
しかし、すぐに動けない程度にはダメージを喰らわされてしまった。苦悶の表情を浮かべながらもどうにか顔を上げるジュウベエ。
「クソがぁ……ハクトを放しやがれっ!!」
立ち上がろうとするも、ダメージが足にきていて思うように踏ん張れない。
その好機を魔虫は見逃さなかった。相変わらず用心深くハクトをジュウベエに差し向けに掴んだまま、攻撃を加えようと巨腕を振りかぶって近付いてくる。
「兄さま、逃げてぇぇ……!」
ハクトが魔虫の腕の中で必死にもがく。自身も苦しいが、大好きな兄の危険を目の前にして我が身の痛み苦しみなど何ほどでもない。
どうにか身体をよじり、小太刀を逆さに両手で握る。そしてその切っ先を魔虫の腕、手首のあたりに思いっきり突き刺した。
「この!このぉっ……!! 」
何度も繰り返して突き刺すハクト。
さすがの魔虫にも痛覚はあるらしく、不意に走った鋭い痛みに思わずハクトを掴む腕の力を緩めた。
締め付けられていた圧迫感からわずかに解放され、せき止められていた空気が一気に少女の肺へと流れ込む。思わず咳き込むハクト。
そのために動きが遅れ、千載一遇の逃げ出すチャンスを逸してしまった。
「ああああああああぁっ!!」
ハクトを掴む腕に、いま一度力を込める魔虫。
さきの不意打ちに懲りた分だけ、締め上げる力を強めていた。みるみるハクトの顔が苦悶に歪んでいく。あまりの苦しさに握っていた小太刀を放してしまう。
「くっ……ハクト!! 」
ミシミシと肋骨のあたり骨が軋む音が聞こえてきそうだった。たまらず苦しみの声をあげ続けるハクト。その痛々しい妹の叫びが、兄の身体の奥底から、動く力を引き摺り出した。
「クソ虫がぁ! 俺の……妹を放せって……言ってんだろうがぁあああっ!! 」
気合で己を奮い立たせ、足に力を込め踏ん張り立つジュウベエ。
それと同時に、力強い風がジュウベエを励まし助けるように、また守護するようにして周りを巡り始める。
そして手に握る刃の周りには、周りに吹くのとは対照的な鋭い風。荒々しく、激しい攻め気を感じさせる風が渦となり刀身をとりまく。
だが、この魔虫はその身の巨体さに似合わず、狡猾な頭をもってた。
ハクトが単なる「盾」としてでなく「人質」としての価値があることに気付いていたのだ。魔虫はギリギリと締め上げ続けているハクトの身体を、またもジュウベエに向かって突き出してくる。
「小賢しいまねしやがって……上等だ。いますぐバラバラにしてやる!! 」
ジュウベエが攻撃の準備をしようと腰を落とす。それに合わせて周囲の風が激しさを増した。
だが魔虫はその動きを抑えるように次の一手をうってくる。
―― なんと! 空いているもう二本の腕でを使い、一本はハクトの両足を、もう一本は彼女の頭を握ったのである。
「きゃぁぁっ!! 」
「……!! 」
四本の腕で頭・胴・足を掴まれ、もはや身じろぐことも出来ぬハクト。その妹の窮地を眼前に突き付けられ、ジュウベエも迂闊に身じろぎできなくなっていた。
魔虫の手には温度がない。
さりとて冷たいという訳ではないが、とにかく生理的嫌悪感を掻き立ててくる異様な感触である。その我慢ならない気持ち悪さに加え、締め上げてくる力にまるで容赦がない。
みるみるうちにハクトの目尻に涙が浮かんでくる。
そんな妹の姿を見せられ、それでもすぐさま救う事の出来ない自身の不甲斐無さに歯噛みするジュウベエ。
噛み切った唇の端から血がしたたり落ちる。噛みつきそうなほど鋭い視線だが、それをいくら浴びせかけようと魔虫は一向に怯むことはない。
そして、その状態をまるで楽しむとでもいったように、魔虫はさらなる動きを見せた。
「いやっ! ……やめてぇ……」
あろうことか魔虫は、ハクトの頭と足を上下に引っ張り出したのである。
まるで子供が人形の首をもぎ取るかのように。全身を強張らせ、動けぬでも必死に足掻こうとするハクト。
だがこのままでは、いずれ身体が引き千切られてしまうのは火を見るよりも明らかだった。
ジュウベエの脳裏に、あの無残に引き千切られ殺された男女の姿が浮かぶ。
このままでは、ハクトもあの二人と同じように…………!!
そう思った瞬間、まるでバチバチと音を立てて、脳の回路が焼き切れるような感覚がジュウベエの頭に走った。
―― 飛び出せ!! 敵を斬り刻め!! ハクトを救え!!
心が爆発していた。
しかし衝動に駆られて跳びかかろうとしたジュウベエよりも一瞬早く、いつの間にか側に来ていたリノが、魔虫に向けて幻惑の術式を発動させたのであった。
「風よ。我らの敵を惑わす力を! 幻惑術式!! 」
リノのその力強い言葉と共に、幻惑的な「匂い」のする風が魔虫を包み込んでゆく。




