act.20 「魔虫」
「うぉおおおおおおおおっっ!!! 」
ブォンッ!!
ジュウベエは叫び声をあげながら、袈裟懸けに刀を振りぬいた。切っ先から風が走っていく。
怒りに任せ、ありったけの力を込めて繰り出された風の斬撃は、次の瞬間一本の巨大な竜巻となって敵を包み込んだ。
無数のカマイタチに切り裂かれながら、敵の身体が宙に巻き上げられていくのが、後方に控えていた二人にもハッキリ見える。
あまりの威力に二人とも息をのむ。
「とんでもねぇな! ジュウベエの奴!! 」
キィザが竜巻の余波で吹き飛ばされないよう、踏ん張りながら叫ぶ。それに応えるようにスケクローが呆れたような声で呟いた。
「はは……。災害級ってやつだね、こまでくると」
カマイタチ吹き荒れる竜巻の中で、魔獣たちの身体が情け容赦なく切り裂かれてゆく。たちまちのうちに細かな破片となった身体と、その体液がそこら中にぶちまけられていく。
ジュウベエは竜巻のすぐ側で、雨のように降る魔獣の破片と紫色の体液に汚れるのもかまわず、その場に立って見上げていた。
ベチャ!
ジュウベエの頬に魔獣の体液と異なる、赤い液体がかかった。人の血だった。そう、魔獣によって殺された二人の、亡骸から流れ出た血である。拭った手にこびりついたその血を見て、ジュウベエはハッとした。
「……!! 止まってくれ! 風よ!! 」
懇願するようにジュウベエは竜巻に向け手を伸ばす。
フッと、嘘のような早さで竜巻が消え去った。
舞い上がっていた全てのものが地上へと落下していく。
殺された二人の身体、そしていまぶちまけられた魔獣の破片と体液。それらで、この周辺は惨憺たる光景に変わった。
「!! ……すまねぇ…… 」
ついさっきまでジュウベエの中で猛り狂っていた怒りが、急速に萎んでいくのを感じた。
サキカゼの者の遺骸を、魔獣の体液で汚してしまったことをジュウベエは悔いたのである。悔恨と悲しみ、そして恥。
真っ赤に燃えるような怒り一色だったジュウベエの心が、一気に冷めて淀んだ水のような色に変わっていた。
「救えなかったうえに、これじゃぁ…… 」
ぎゅっと刀の柄を握りしめ、うなだれて地面を見つめるしかジュウベエにはできなかった。
十秒ほどそうしていて、とにかく一度皆の元に戻らねばと考えを切り替えようとしたとき、不意に何かが動く気配を察した。
「……!? 」
気配があった方に、ジュウベエは素早く視線を向け身構える。
「まだ、生きてやがるとはな…… 」
五体中、四体の魔獣がバラバラになって死んでいた。
だが一体だけ、身体の随所が千切れかけ致命的なダメージを受けながらも、辛うじてバラバラにならずに原形を保っているものがいたのだ。
そいつは、身体の至る所から紫色の体液を噴き出させているにも関わらず、それでもまだ女の頭部を大事そうに抱えているのであった。
「テメェ……!!それを……その娘を放しやがれぇえええっ!! 」
再びジュウベエの怒りが一瞬で沸点を超え、呼応するように暴風が身体の周りに渦をまく。
魔獣は後ずさりながらも、なお女の頭部を放すことをせず、逆にジュウベエを威嚇する。そのいかにも強力そうな左右に割れた「顎」を、ガチガチと打ち鳴らしているのである。
ここへきて、ようやくジュウベエは自分の敵の姿をハッキリ確認するに至った。
「なんなんだ、テメェは……!!? 」
一見して似ているのは蟻。しかし、その大きさは良く知っているそれとは比較にならないほど大きい。
体長2メートル前後はある。頭部・胸部・腹柄節・腹部の四部分に身体が分かれ、胸部から左右に三対六本の足が出ているのも同じ。
頭部のみ白。それ以外は全身黒い色をしている。
頭部の白い部分は、仮面を被っているような形状で、本物の蟻にある触覚や目がついていない。代わりに巨大な「一つ目」が紫色の塗料で描かれている。
月光に照らされると、一つ目が不気味に光り、その白い頭部のだけが浮かんでいるようにも見える。
さらに異様なのはその足。そう、最初は足だと思ったのだが、よく見ると違いがすぐにわかった。六本すべてが人間の腕の形をしているのである。
たくましい大男の肩から先をもぎ取って、無理やりくっつけたような感じ。地面に接している手の平や指も、まさしく人間のそれである。
魔獣、いやむしろ【魔虫】とでも呼ぶ方がしっくりくるかも知れない。とにかくおぞましく不気味な異形の化け物。
ジュウベエは、もはや我慢がならなかった。そんな化け物に、いつまでも一族の者の亡骸を触れさせていたくなかったのである。
「うおおおおおおっ!! 」
気合一閃。
横薙ぎに振り払ったジュウベエの一撃が、魔虫の身体を上下に分断していた。
その勢いで、娘の亡骸が宙に放り出された。
もはやジュウベエはそれを直視することは出来なかったが、風が娘を優しく受け止め、そっと男の亡骸の横へと運んでくれていた。




