act.19 「キィザとスケクローの判断」
白刃を閃かせながら空を駆けるジュウベエ。
その姿は、あたかも鋭い爪をもつ猛禽類が、獲物に向かって飛んでいるかのようであった。
風が、渦となってジュウベエの身体を取り巻いている。激しいが、不安定でもある。それはそのままジュウベエの心の状態を表していた。
(一人は死んでいた。なら、せめてもう一人だけでも…… )
ジュウベエは怒りに激しながらも、なんとか一人だけでも救いたいと思っていた。しかし、状況から察するに、もう一人もすでに生きてはいないだろう。
だけどもし、できることなら……という儚い願いが、ジュウベエの心をかき乱して風を不安定にさせていたのである。
―ストッ。すべり落ちるような滑らかさで、目的の場所に着地したジュウベエ。
片膝を地についたまま、目だけを動かして鋭い視線を素早く周囲に巡らせた。やはり気配はハッキリ感じられるものの、闇の向こうでは魔獣の姿を見ることができない。
先程の二人の身体も、すでに闇の中へと曳き込まれた後だった。地面には、ただ引き摺った跡が残っているだけである。
(引き摺った二本の跡。どっちも抵抗した感じがないってことは……おそらく、もう一人も……)
生きているかも知れないと願った、もう一人の末路に思いを至してジュウベエは全身が総毛立つのを感じた。
その場でゆっくりと立ち上がり、「シュゥゥゥーッ」と音を立てながら深い息を吐き出す。怒りで我を忘れそうになるのを、辛うじて耐えていた。
柄を両手で力強く握り、刀を構え目を閉じて意識を集中させた。纏っていた風を全て刀身へと集めていく。やがて刀が小刻みに震えだし、今にも暴れ出しそうな風が刃の周りで渦巻き始めた。
準備はできた。どんな化け物が出てこようと、一撃でバラバラに斬り刻む。サキカゼの者に手を出したからには、誰であろうとそいつには死をもって償わせる。
再び開かれたジュウベエの瞳は、激情をその奥に潜ませ、前面に酷薄な復讐者を思わせる色を浮かべていた。
ジュウベエは、ゆっくり用心深い足取りで、引き摺った跡が続いている闇の方へと歩きだした。
そのジュウベエの後ろ姿に向かって、キィザとスケクローが走りながら必死に大声で呼び掛けている。
「ストップ!ストーップ!!ジュウベエやめろ!! 」
「待って待って待って待ってー!! 」
しかし、ジュウベエは止まらない。
「あ、ヤバイ。ありゃ相当キレてると見た」
「うん。俺らの声、届いてるけど聴いてないね」
立ち止まった二人は、やれやれといった感じで顔を見合わせた。
「どうしよ。引き返しちゃう? 」
「そーしちゃう?だってこれー、カ・ク・ジ・ツ・に危ないパターンだもんねー」
「だよなぁ……」
「だよねぇー……」
「「あーーっはっはっはっはっは!! 」」
二人は声を揃え、同じように腰に手をあてて、乾いた笑い声をあげた。そしてそのまま笑って来た道を引き返そうとしたが……
「「…………ハァーッッッ!!」」
また揃って身体を折り曲げ、若干キレ気味に勢いのある溜息を吐き出した。そしてスパッ! とそれぞれ刀を抜き放ち、ジュウベエの方へと向き直った。
「できないなぁ」
「できないねぇー」
「ああいう時のアイツって、だいたい無茶苦茶だからな」
「自分のことでもお構いなーし、だもんね」
「放っておくとなぁ……」
「うん。下手すると、ケガで済まないこと、やるよねー」
「ハクトちゃん泣くよなぁ」
「泣くだろうねー。ま、萌えブタとしては美少女の泣き顔も好物ではあるわけで、そこはそれ、こちらもブヒブヒ鳴かせていただくわけだけれども。とはいえ、やっぱり笑ってこその美少女。美少女の笑顔プライスレス。それを守るためなら、秘奥義といえど使わざるを得ない」
「うん、ごめん。なんで急に流暢に語ったのか分からないけども。っていうか、秘奥義ってなに?」
「まー、とにかくさー、放ってはおけないよね」
「……。ま、そういうこったな」
「「付き合うしか、ないわけだ」」
そう声を揃えると、二人はジュウベエを援護すべく正音詠唱を始め、自らの刀に風の力を集め始めた。事態はすぐに動く。いや、ジュウベエが動かす。その時、すぐに対応できるようにしておかなくてはならない。
正直なところ、二人ともさっきからワケが分からぬまま動いているのだが、さすがにジュウベエのあの背中を見ては、ハラをくくらざるを得なかった。
キィザ、スケクローの二人が正音詠唱を始めたと同時に、ジュウベエは明かりの届かぬ闇の中に足を踏み入れた。
しばらくはほとんど何も見えない状態だったが、それでも闇に目が慣れてくると、うっすらと周りの状態が分かるようになってきた。
――いる。
すぐ側に、およそ五人。いや、五体と言った方がいいだろう。魔獣の姿はいまだ見えぬものの、気配から察するに、その大きさや動きは人型のそれがにじませるものではない。
いかに魔獣といえども、やはりその形状は自然の造形を模したものが多い。しかし、人とも獣とも違うこの感じは……
――虫?
そう。当てはめるとすれば虫。その中でも、足数の少ない地を這いタイプのものだ。例えば蟻。しかし、その大きさは本来のそれとは比較にならない。
闇の向こうから感じるのは、どう小さく見積もっても、人間の2~3倍はある大きさだった。
まったくの不意に、月光が射した。雲の切れ目から光が零れたのである。
「テメェらぁああああああああ!!」
その光に照らし出されたモノを見て、ジュウベエは思わず叫んでいた。
不気味な仮面で頭部を覆った、五体の巨大な蟻に似た化け物。その化け物共が、バラバラに引き千切られた人間のパーツを、嬉しそうに掲げながら闇に蠢いていた。
叫びながら、ジュウベエはありったけの風の斬撃を化け物共に向かって繰り出していた。




