act.17 「魔獣」
―― 目をつむり、岩の上にのびるように転がっていたジュウベエが、突然、ガバッと身体を起こした。
―― 笑顔でリノと共に踊っていたシンザが、スッと真顔になって、その動きをとめた。
「「 風が、消えた……? 」」
二人がそう口にしたのは同時であった。「やんだ」のではなく「消えた」というのも同じ。
それはつまり、自然なことではない何かがあるという直感で、ジュウベエは傍らにいる風精霊からの報せで、シンザは長年の自身の経験から、周囲に起こりつつある異変を鋭く感じ取っていた。
((なんだ……? とてつもなく、嫌な感じがしやがる……))
無性に胸がざわつき始め、瞬く間に全身に緊張が駆け巡った。明らかに危険が迫っている感じ。しかも、相当にヤバイ感じの危険。
シンザの表情がみるみる険しくなっていき、すぐ側にいたリノにも、何か良くないことが起こりつつあるのだということが伝わった。
リノは不安げに周囲の闇に目をやりながらシンザの腕に取りすがった。
「……あなた」
「あぁ。ちぃとハシャギ過ぎて、ヘマやらかしちまったらしい」
「……! 」
「おい! ジュウベエ!! 気付いてるよな? 」
ジュウベエは、風の力を借りて、まるで飛ぶかのような素早さで、手近な岩場を上の方へと駆け登りながら、シンザの問いかけに「あったりめぇだ! 」と短く応じた。
シンザが声を掛ける一瞬前に、自らの判断で動き出していたのである。少しでも高い場所から周囲を見渡そうというのだ。
「兄さま!? 」
再びジュウベエの元に駆け寄ってきたハクトが、不安気にジュウベエを見上げる。
「お前は下に居ろ! 」
「でも! 」
「心配すんな。怖いのは、俺が全部吹っ飛ばす! 」
その言葉に、ハクトは顔をパッと明るく輝かせながら、手を胸の前で組み、こっくりとうなづいた。
シンザは息子の素早い対応にニヤリとしながらも、いまだ甘いひと時に浸っている周りの若い衆らに、ありったけの危機意識をのせた怒鳴り声をあげた。
「テメェら!! いつまで乳繰り合ってやがる!! 色ボケしてる場合じゃねぇぞ!! 」
唐突に響いた、頭領の鬼気迫る怒鳴り声。
ただならぬ緊張感を、耳穴から無理やり捻じ込まれた若い衆らは、まるで、その声に直接脳ミソを掴まれたが如く「ハッ!? 」となり、それまでいちゃついていたパートナーから反射的に身体を離していた。
遅ればせながらも多くの者達が、風の消えたこと、周囲にただならぬ気配が漂い始めていることを感じた。
途端に、場の緊張感が高まっていき、各々が自らの刀を手にするため動き始める。そんな若い衆らに、シンザはまだ足りぬとばかりに声を張り上げた。
「備えろ! 動け! 気を最大限に張れ!! テメェの大事なモン守りたけりゃ、なすべきを、なせ!! 」
頭領のその言葉に若い衆らは皆、自分のパートナーの不安げな顔をチラリと見て、より一層に緊張感を高くした。
他の者がようやく動き始めた頃、岩場の一番高い場所まで登ったジュウベエは、そこから360度、周囲の闇の向こう全体に注意を飛ばしていた。
そして、闇に蠢くものたちの、そのいかにもヤバイ雰囲気を感じ取り、額に冷たい汗を流していた。
シンザが下から声を張り上げ、ジュウベエに問い掛けた。
「何が見える!? 」
「何も!! ……だが、いやがる。しかも、尋常じゃねぇ数だ!! 」
「どっちだ!? まさかと思うが……」
「そのまさか、だよ。囲まれてる! 」
「!! 」
闇の中。まだ直接その姿は見えないが、ジュウベエにはハッキリと感じられていた。
幾百、いや下手すれば千にも届こうという気配の数。それぞれが禍々しい気を放ちながら蠢いている。人ではない。さりとて昼間に狩ったような獣でもない。この感じは――
「間違いねぇ。【魔獣】だ…… 」
そう小さく呟いた。




