第二十五話 ユズと、九巡目
あ け お め(真帆義心桜は嘘つき)
関係ないけど、読みやすさ優先で地の文の改行を多めにしました。
でもまだ目が滑るんだよな。あの作品もあの作品もあの作品も、なんでこんなに読みやすいんだ……?
樋上柚月はすごい人間だと、彼は思う。
元より著しく自己評価が低い彼だが、珍しく自分を含めた相対評価ではなく、絶対評価でユズを尊敬していた。
ユズは、平たい言い方をしてしまえば所謂『目立つ方』ではなかった。
そもそもユズのクラスメイトは、彼も含めてアクの強い人物ばかり。
しかし、そんな環境の中でもユズは、むしろ異端とも呼べるほど普通の人間だった。
でも、それは、大きな勘違いだったのだ。
ユズは、他人のために命を張れる人間だ。
それを、好きだからやっていることだと、ユズは言う。
実際に、そうではあるのだろう。
牢獄迷宮とやらで自分の新しい一面に気付いたらしいユズは、地上に戻ってからも戦いのことになると、それはもう生き生きとしている。なんだか遠くへ行ってしまった感覚だ。
でも、それだけじゃない。元より他人を救うことができる人間なのだと、ユズ本人よりも知っている。
でなければ、あの日。
この世界に閉じ込められた、あの日。
彼も含め、誰もが他人のことなど考える余裕などなかった、あの日。
あんな顔など、できたものか。
ユズは、こんな彼を助けようとしてくれた。こんな彼を信じていてくれた。こんな彼を許してくれた。
そして、こんな彼に託してくれた。
ならば、何がなんでも、使命を全うせねばならない。
なのに。
なのになのになのになのになのになのになのになのになのになのに。
「クッソがァ……!」
鈴木有吾のことが誰よりも嫌いな鈴木有吾は、魔王ヴィランを前に敗北しようとしていた。
鈴木有吾は、基本的に才能にあふれた人間だ。
成績優秀、スポーツ万能。多少威圧感を与えるとはいえ容姿も整っている。
それは、この世界においても、変わることはなかった。
怪物の如く高いステータス。五属性の広い魔法適正と、膨大な魔力量。
そして、それらの成長性。
今やその実力はユズの師であるニンカすらも越えており、じきにラゼやレトにも並ばんとする勢いである。
間違いなく、異世界人最強。
だが、そんな彼にも大きく欠けているものがある。
それが、ファンタジーへの造形と、自己評価である。
後者は生まれつきの感性だが、前者に関しては、原因のようなものがなかったわけではない。
有吾は、ほとんどゲームという文化に触れてこなかったのである。
厳しい両親のもとでゲームを禁止されて育ったとか、そういうことでもない。
幼少期に『学校で流行っているから』とでもねだってみれば、誕生日かクリスマスには買い与えてくれるような普通の親である。
有吾自身もゲームを嫌っているわけでもない。友人の家で触れた時にも、『なんだか面白いなあ』くらいには思っていた。ただ、それ以上に惹かれなかっただけ。
RPGのようなゲームを一切やってこなかったのも、ファンタジー小説などを読んだことがないのも、本当にただ意識せずに引き起こされた偶然である。
それらがなくとも彼は彼なりに人生を楽しんでいたし、多少友人との話題の選択肢が減るだけで、特段困ったことなどなかった。
しかし、その弊害はあったのだ。
彼の十数年の人生をかけて、ゆっくりと彼の脳内からファンタジーの才能を奪っていった。
脳の柔軟性を、じわじわと劣化させていたのだ。
そして、この世界にやってきて、その弊害が災禍を生む。
「『風像』、『光像』ゥ!」
風属性魔法で追い風を生み出し、加速する。そして光属性魔法を剣に纏い、振りかぶる。
だが、ヴィランは背中から展開した闇魔法の触手でそれを防御した。
「光属性を含めた二属性に適正持ちか……やはり勇者ラゼの弟子、優秀だな」
ヴィランが勘違いを口にする。
先にも示した通り、有吾は火・水・風・土・光属性の五属性に対して適性を持つ秀才である。
ならば、何故ヴィランは二属性しか適性がないと推測したのか。
答えは単純、風属性と光属性しか使っていないから。
――――正確に言おう、風属性と光属性しか使えないから、である。
彼の身体は、五属性の魔法適性を確かに持っている。
しかし、言うなれば彼の脳が適性を持っていない。
自分が火を放ち、水を操り、土を生み出すイメージが出来ないのだ。
今使える二属性の習得も困難を極めていた。
飛行できる風属性と魔族へのダメージソースとなる光属性に最優先事項を絞り、魔法のスペシャリストであるラゼが一月みっちり教え込んでようやくまともに使えるようにしたのだ。
それも、有吾の固有スキルによる補助ありき。
ここで、彼に大きく欠けているものの二つ目が効いてくる。
彼は、異常なまでに責任感が強い。それは、異常なまでに低い自己評価によるもの。
自分を低く見積もっているからこそ、自分がもっと優秀であればもっと何かが上手くいったのではないかと思わずにはいられないのだ。
有吾は自分を低く見積もる。故に、自分が成功している姿を想像できない。
魔法という技術は、想像力が屋台骨。有吾には果てしなく厳しい。
優秀な魔法使いになれると言われても、そんな自分を二重の意味で想像できないのだ。
故に、有吾と同様、ステータスと魔法適正共に優秀な菊池玲奈に比べて、彼の戦闘は近接に偏っている。
彼のイマジネーション不足による被害は、近接戦闘の方がまだマシなのだ。
むしろ被害を受けてなお最強の座が揺るがないのだから、本当に隔絶した才能である。
しかし、相手もまた、才に恵まれた者。
「にも関わらず接近戦が得手か。ステータスだけなら、俺とも並ぶほどだな」
有吾が振るう光の剣を、ヴィランは剣と触手でいなし続ける。
考察の通り、有吾とヴィランのステータスにそれほど差はない。
しかし、圧倒的な技量の座が、そこには横たわっていた。
魔法よりはマシとはいえ、近接戦闘においても想像力の欠如は響いている。
高校で習った剣道では才能が爆発していたのだが、スポーツとして行っていたようでは、この場において話にならない。
どう剣を振れば効果的か、感覚で分からないのだ。
「……強いな。想像以上だ」
「ざッけンじゃァねェ。敗北なンざ何の価値もねェ」
心からの魔王の賛辞は、しかし有吾には正しく届かなかった。
自分への苛立ちをぶつけるかのように、語気が荒くなる。
何度も言ったように、鈴木有吾の自己評価は歪んでいる。
そもそもこの世界に来て、戦い始めて一月にも関わらず、魔族最高峰の魔王と戦えている時点で大金星なのだ。
…………それだけで大金星なところを、有吾はヴィランに何撃も与えている。
無傷ならいざ知らず、魔族の中でも上から数えた方が圧倒的に早い実力者のHPをかなり削っているのだ。
確かに戦い続けたら、先に有吾が倒れるのかもしれない。
しかし、ステータスと光属性のダメージ補正だけで、触手を跳ね除け、剣を押し除け、魔王に太刀を与えている。
間違いなく人類最高峰。正真正銘の怪物だ。
しかし、彼はそれに気付かない。
あるのは、恩人の願いすらも叶えられない無力感だけだ。
「俺のせいでェ、俺のせいで苦しンでる奴がいるンだァ! ここでテメェに負けりゃァ、俺ァそいつに顔向けできねェンだよォ!」
有吾が吠え、翔ける。生傷が痛み、全身が悲鳴を上げる。
だが有吾は、自分の身体からの危険信号をすべて無視した。
たとえ自分がここで死のうとも、目の前の敵はここで倒す。
今度こそ、命をかけて、皆を守る。
自分可愛さにユズを巻き込んだあの日の自分と、決別するのだ。
両腕を高く振り上げる。決死の攻撃には似合わない、隙だらけの大振りだ。
魔王はその隙を、おそらく突ける。だが、あえて真正面から受けた。
剣と剣が交わり、甲高い金属質な音を立てて火花を散らす。
ヴィランを押し潰すように振り下ろされた剣撃が、足元の地面にヒビ割れをつくる。
魔王の表情が苦しげに歪んだ。
技量で勝っているとはいえ、ステータスは同等。であれば、攻撃の正面衝突は、魔王といえどかなりの負担を強いるのは当然。
だが、受け切った。
隙を見せてまで放った有吾の一撃は、今ここで無力化される。
「『光像』ゥッ!」
しかし、有吾自身は、決して無力ではない。
彼にとっての詠唱を叫び、光属性魔法を発動させる。
その瞬間、有吾の身体が内側の奥底から発光し出した。
「…………正気か?」
「あァ!?」
その意図を瞬時に察したヴィランが呟く。だが、有吾はそれを怒鳴り飛ばした。
戦い方が下手な、彼なりに頭を捻って思いついた打開策。
避けられるならば、避けられない攻撃を。防がれるなら、防がれない攻撃をすればいい。
至近距離で、全方位に、超火力を叩き込む。
有吾は、魔法の使い方が下手だ。器用に全方位に魔法陣を展開し、魔法を放つことなど出来ない。
だから、自分の中で魔法を全力で炸裂させることが、彼に出来る精一杯。
――――即ち、自爆である。
有吾の潤沢な魔力から繰り出される光が、彼の身体を内側から食い尽くす。
内臓が、骨が、繊維が、眼球が、圧倒的なダメージに機能を失っていく。
当然だ。自分の身体のみ攻撃しないような調整など、彼に出来るはずもない。
自分の身体を犠牲にしてでも、決して逃げ場のない攻撃を魔王に叩き込むことを選んだ。
目も眩む閃光。その光源と化した有吾を中心に、球状のの光線が広がっていく。
ヴィランは咄嗟に退避しようとするが、時既に遅し。不可避の光が、使用者もろとも敵を焼く。
光の白が視界を支配して、徐々に景色が色を取り戻す。
鈴木有吾は、生きていた。
高いステータス、そして人間には効力の薄い光属性魔法であった故である。
五感も僅かながら機能を保っていた。黒ずんでぼやけているが、視界も確保されている。
故に、未だ立つ魔王を、彼は視認してしまった。
「……肝を冷やした」
魔王ヴィランは咄嗟に闇属性魔法の触手を展開し続け、自爆の防御に充てていた。
その甲斐あって、ヴィランはほぼ無傷。結果的に、自らを焼き尽くした有吾の方が大きい損失を被ることになった。
しかし、絶え間なく襲いかかる光を防御するために膨大な魔力を消費したヴィランは、現時点ではもう触手を展開することはできない。
常時展開の魔法は相当な魔力を食うため、魔力の大きく減らした今、触手を維持できないのだ。
「…………ゥ」
その言葉に有吾は悪態をつこうとするが、最早口を開く余力すら危うい。
それどころか、為すべきことを為せなかった絶望感に、意識が遠のいていく。
――――その瞬間。
「有吾っ!」
声が、聞こえた気がした。
その姿は見えない。視界が悪いとかではなく、単純に背後から聞こえた声だろう。
しかし、声の主が誰かは、有吾にはよく分かる。
彼を絶望の闇へと落とす、希望の光に満ちた声。
…………あァ、俺ッて奴ァ、どこまでも。
「――――ゅ、ズ」
そして、鈴木有吾の意識は途切れた。
●
全身に火傷に似た傷を負い、地に伏す有吾に駆け寄る。
「有吾! 大丈夫か!?」
大丈夫だった。
俺も魔物相手なら、たくさんの命を奪ってきた。
その経験から言って、今の有吾からは死の空気を感じない。
重症に見えるが、普通に眠っているくらいの感覚だ。生命力強すぎて逆に怖えよ。
無論それでも早めに対処するに越したことはないんだけど、俺のポーション使い切っちゃったんだよね。
有吾本人のポーションは余っているかもだが、本人の意識がないとインベントリを開けない。どうしたものか。
「……加勢か」
魔王ヴィランが剣を俺に向ける。その切先と視線を交わすように、俺はヴィランへと向き直った。
何で俺が、ここまでして戦場を駆け回り、魔王軍幹部と相対し続けているのか。理由は二つある。
一つはとてもシンプルな理由。そして、もう一つは新たに増えた厄介な理由。
炎魔姫フラメリから受けた呪術、感情の暴走を止めるためである。
殺し合いに反応して肥大化する俺の欲求を抑えるためには、殺し合いに満足する他にない。
……結論から言えば、もう呪いの影響は治っている。
エクステラ戦でレトさんと大暴れできたのがデカい。あの辺りから、かなり自制がきくようになった。
それこそエクステラのような、強い上に俺のことを本気でブチ殺そうとしてくる修羅がまた現れたら話は別だが、殺意で呪いが復活することは基本しばらくはない気がする。
直近の戦闘ではそこまでテンション上がってないしな。委員長や佐倉、もしかしたら江口あたりくらいから、俺が呪われて首から電撃マフラーマンになったことを知らないんじゃないか?
だから、目的の一つは既に達成している。
自分で言うのも何だが、今回の俺は我ながら結構働いている。
不安要素である感情の暴走も一旦は解決したことだし、もうそろそろ休んでもいいんじゃねえかとも正直思う。
ダメージもだけど、何より疲労感がやべえんだ。なんかさっきから洞窟みたいな幻覚が見えるときがあるんだけど、これ普通に考えてブッ倒れる一歩手前じゃね?
だが、そんな状態にまで陥ってでも、この場に来ないという選択肢はなかった。
有吾とヴィランの対面は、俺が描いた図だ。
ラゼが魔王シュカに集中できるように、誰かがヴィランを足止めする必要があった。
レトはエクステラと戦う気だし、ニンカはミラに拘束されていた。
故に、俺らの中で最も強い有吾を俺が選出したのだ。
その上、強者を無理やり押し付けておきながら、俺は有吾のことを今の今まで後回しにしていた。
あいつの強さを信頼していた――――なんてのは綺麗事だ。俺はあいつの強さに甘えたのだ。
その結果がこれだ。
俺がこの場に辿り着いた時には、既に有吾は満身創痍。それだけが、俺が引き起こした事実だ。
ならば、俺が助けてやるのは当然だ。俺では絶対に魔王ヴィランに勝てないけど、あいつの今の負傷は、俺が要因となっているのだから。
そうでなければ、それでも魔王ヴィランとは俺が戦うべきだったのだ。
俺では絶対に、魔王ヴィランに勝てないとしても。
「よぉ、魔王。こいつ、殺して行かねえのかよ」
何故なら。
「まあ、そりゃそうか。テメエら最初から、俺らを殺す気なんてないんだもんな」
「…………!」
人類に仇なす魔王が、殺意を持っていない。
「……何の話だ」
「んな誤魔化し要らねえよ。見りゃ分かる」
面倒だから説明を省く。
わずかな動揺を隠すように低い声で尋ねるヴィランだが、神殿でやり合った俺には確信があった。
だが、ヴィランは繕いを続ける。
「馬鹿げた仮定だ。まさか俺がただの道楽で、貴様らを襲撃したとでも言うつもりか?」
「だから、お前らはそうなんだろ。魔王シュカたちは違うかもだけどよ」
今度こそ、ヴィランが驚愕に目を見開いた。
そう。魔王ヴィランとその部下は、俺たちを殺す気がない。
だが、魔王シュカとその部下は別だ。普通に人類の敵として、俺らを殺すことも視野に入れている。
そもそも俺が巡った戦場の順番は、多少の前後はあれど基本は殺意の大きい順だ。
フラメリ、セレン、ハピア、ミラとシュカの部下が続き、逆にヴィランの部下であるソフィ、アンリ、サティスが纏めて後になったあたり納得しかない。
同族を殺されてお冠だったソフィですら、エクステラのデカ殺意を退かさなければ発見できなかったのだ。そりゃ確定だろう。
神殿の崩落からの一連の流れは、推定フラメリとミラが起こしたこと。どちらもシュカ陣営。
そして、恐らくヴィランは神殿をブッ壊そうとしていることを知らされていない。シュカ陣営の独断だ。
今回の魔王連合による襲撃は、恐らくラゼと同じく神と対面し、俺たち異世界人のことを知るシュカが『誘う側』だろう。
あくまで想像に過ぎないが、ヴィランは今回の襲撃を『俺たちを殺さない』という条件で呑み、シュカは一旦連合を締結させ、土壇場でそれをガン無視した、とかだろうか。
正直『せめて足並み揃えてから来いよ』と言い放ちたくなるが、それ以上に言いたいことを優先させる。
「じゃあ逆に聞くけどよ。道楽じゃねえって言うなら、お前ら、何しに来やがったんだ?」
俺の目の前にいるのは、魔王だ。
人間と魔族が敵対する世界、その戦いの代表とも呼べる存在。勇者と対になる称号。
それを持ちながら、人間の俺たちを殺す気はないときたもんだ。
当然厄介なのはシュカ陣営の方だ。俺たちの命を奪う可能性がある。
俺だって人間だ。友達を傷付けようとする奴には、無条件に怒りを覚える。
だが、まだシュカ陣営の方が理解できる。
奴らにとっちゃ俺らは敵。弱いうちに殺そうとするのは、思考に筋が通っている。
だが、目の前のコイツはどうだ?
「お前らが来なきゃ……シュカとその配下だけなら、まだ無事だった奴もいるだろう」
今回の件で、現状死人は出ていない。だが、ゼロにできたのは死人だけだ。
重傷を負った奴がいる。心をメチャクチャにされた奴もいる。
目の前の魔王が不明な理由で来なければ、そいつらも救えた可能性があったのだ。
明快な理由があって殺そうとしてくるシュカたちよりも、不快感は強い。
「……俺の目的は勇者だけだ」
とはいえ、俺の問いにまともに取り合う理由も、ヴィランにはない。
故にまともに答えが返ってくることはないと思っていたのだが、意外にもヴィランは口火を切った。
目的は勇者、つまりラゼだけ?
まあそうだろうね。神殿でも俺たちガン無視してラゼ狙おうとしてたし。忘れてねえからな。
「俺にとっては、それ以外の人間は殺す理由のない存在だ。むしろ、戦闘に強制的に参加させられているのならば、お前らは救ってやってもいいと考えている」
「あ?」
唐突に俺の脳が理解を拒んだ。
この野郎、今何て言いやがった?
「つまり、あれか? 俺らはラゼに自由を奪われて、戦うこと強要されてると。そう言いたいわけか?」
「……その可能性もあると、考えている」
…………はっはっは。なるほどねえ〜。側から見たらそう見えるわけか。
まあ俺らはこの世界に来た時点で、ラゼの拠点の神殿に送られてきたわけなんだし、強制っちゃ強制か?
あっはっはっはっは、魔王って意外とお優しいんだなあ〜!
「ははっ、やっぱり主従って似るもんなんだな」
その瞬間、俺の脳裏に浮かんだのは、まったく反りが合わない闘争オーガ。
同族嫌悪な気もするし全然違う気もするアイツも相当苛立たせてくれたが、ヴィランに関してはその比じゃない。
「ブチのめしてやるァ!」
完膚なきまでにボコボコにしてやらないと、気が済まなかった。
勇者ラゼについて、魔王ヴィランがどこまで伝えられているのかは知らない。
だが、知っているにしろ知らないにしろ、その侮辱は許せない。
神々と邂逅し、世界の真実を知り、不条理な戦いを止めるべく戦っているラゼに向けていい言葉じゃない。
外の世界から連れ去られた俺たちを引き取ったのは、確かに戦力増強のためでもあったのだろう。
しかし、ラゼは俺たちに戦いを頼むことはあっても、強制することは一度もなかった。
ラゼは、自分たちの世界の住民だけでなく、余所者の俺たちも守ろうとしてくれたのだ。
だから俺たちは、自らラゼに協力することを選び、自分たちの意思で戦いに赴いている。
それでもラゼは、自らを責め、悔やみ、心を痛めているのだ。
その苦しみは計り知れない。俺たちでさえもだ。
そんなラゼを、どこの王かもしれないような奴に貶められたとあれば。
俺は、ラゼが発露させない怒りと憎しみに代わり、敵を殴る。
「ら゛あァァァァッ!」
奇声とともに唐突に戦闘に移行した俺を――――いや、俺の頭上を見て、ヴィランが僅かな驚愕を見せる。
だが、焦った様子はない。そりゃそうだろう。
今の俺は弱い。散々消耗しているうえに、理由はともかくヴィランに殺意が全く籠っていないせいで、欠片も調子が上がらない。
だが、知ったこっちゃない。こいつに最低でも一発入れないと、気が済まない。
ああ認めるさ――――魔王ヴィランはラゼの仲間として引き入れるべきなんだろう。
過剰に勇者に執着しているとはいえ、人間に敵愾心を持たないヴィランは、人間と魔族の戦いを止めたいラゼがまさに求める人材だ。
単純に戦力にもなるし、魔王を引き入れられればその部下もついてくる可能性だってあってお得だ。
ぶっちゃけた話、人間への関心の薄さを知ってしまえば、ラゼと同じ境遇の筈の魔王シュカよりも有望株だと言えよう。
だが、それは後だ。
コイツはラゼを貶めた。泣き叫ぶまで殴ってやる。
ラゼのために、絶対に命は奪らない。つーか俺じゃぁ奪れない。
だが、殺す気で行く。神殺しへの勧誘とかは、一切合切そのあとにやればいい。
俺が激情に任せて拳を振り上げるのと対照的に、ヴィランは極めて冷静に剣を振るう。
雰囲気だけで分かる。完全に見切られている。
ヴィランは俺を殺しはしない。
多分俺がヴィランを殺そうとしない限り――――いや、殺せそうにならない限り、その条件が変わることはない。
だが、最悪四肢を斬り落とすくらいのことはするだろう。命を奪わず相手を沈黙させる方法などいくらでもある。
――――そんなもの、ノーダメージだ。
そんなことよりも、やるべきこと。
その澄まし顔に一撃を叩き込んでやる。殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴るなぐるなぐるなぐるなぐるなぐなぐなぐなぐなぐぐぐぐぐぐ
「――――ダメだよ愛弟子」
瞬間、走る俺の首根っこを引っ掴む存在が、俺をただ一人『愛弟子』と呼ぶ存在が乱入する。
唐突に減速した俺も驚いたし、剣が空を切ったヴィランも同様だ。
だが、そんなものは当然であるかのような態度のニンカだけは、俺にニッと笑顔を向けた。
「私が止めてなきゃまた大怪我してたよ、愛弟子」
「どいてろ、ニンカ」
俺がそう答えると、ニンカはびっくりしたような顔をする。
ヴィランは俺の相手だ。止めたことにすら苛立ちながら、俺は言葉を続ける。
「あいつは俺がブチのめさなきゃなんねえんだよ。邪魔するんだったら…………」
「愛弟子!」
喝を入れるような声。ぎょっとした俺の頭上を、ニンカは指差した。
「落ち着け。なんかすごいことになってるから」
「あ? …………うわっ」
ふと頭上に目を向けると、大きく迸る赤黒い電撃が目に入った。
まるでマフラーのようにはためくそれは、俺が呪いに侵食されていることを示している。
つまるところ、感情が増幅されている証拠だ。
殺意ならここまでの道程でほぼ解消されたが、これはそうじゃない。
今度は、俺の怒りの感情が増幅されていたのだ。
それを意識するだけで、自分の内側で煮えたぎるような憎しみが、少し軽くなるのを感じた。
落ち着きを取り戻すように周囲に目を向けると、倒れ伏す有吾が目に入った。
その瞬間、俺は怒りに呑まれて有吾のことすら一瞬忘れていたことに気付く。
マジかよ、やっぱり呪いだな。偶然俺にはメリットしかない呪いだと思ってたけど、呑まれれば普通に周囲が見えなくなる。何とかしないとな。
「悪い師匠、冷静じゃなかった」
「いーよ。それでさ」
ご乱心だった俺を軽く許したニンカは、わざわざ待ってくれている敵へと向き直る。
「魔王ヴィランと、ついでにユウゴはまとめて私に任せなよ」
「んなっ!?」
想像の更に一段階上の答えに、俺は思わず声をあげる。
「一人でか? 無茶じゃね?」
「まあ、そうかもね」
何でもないことかのように自分の実力不足を認めたニンカだが、続く言葉には力が籠っていた。
「でも、もう皆ボロボロで手が足りないんだよ。どっかで無理して、帳尻を合わせなきゃいけない。そんで、それはまだ疲れてない私が適任じゃん」
「それはそうだが……そうか?」
どうして魔王軍幹部と事を構えて疲れてないのかはさておき、どのみち誰かしらの魔王の足止めは必要不可欠なのだ。
だから問題はそこではない。
「有吾の方は流石に無謀だろ。というか負傷的に放置は危ねえ」
「私の分のポーションあげたから大丈夫だよ。眠ってはいるけど峠は越してる」
なるほど……いやちょっと待て、もしかしてこいつ、一切回復しないで二回戦に突入しようとしてんのか? もうそれスタミナとかいう問題じゃねえじゃん。
いや、どうあれ有吾を庇いながら魔王と戦わなきゃいけないことに変わりない。
いくらヴィランが殺す気じゃないとはいえ、あまりにもニンカが危険だ。
「やっぱダメだ。絶対に看過出来ん。せめて有吾は俺が」
「あっちの方角に一際大きい木があってね。そこにラゼとシュカを誘導してる――――」
「了解だ。ここは任せたぞ!」
「愛弟子のそういうところ、嫌いじゃないけど正直どうかと思うよ」
…………ハッ! 俺は一体何を!?
早速ニンカが指差す方向へと走り出そうとするが、ギリギリで踏み留まる。
いやあ、これもフラメリとかいう奴のせいなんすよ。そいつの呪いが感情をね……。
「いいっていいって、行ってあげなよ。こんなに長引いてるなら、どちらにしろ二人で大人しく話し合いなんて無理だよ」
「そうかもだが……実際大丈夫なのかよ」
「愚問だねえ。私を誰だと思っているのさ?」
「ぶっちゃけよく知らん」
実のところ、俺たちはメイドたちが何者なのかをよく知らない。
メイドじゃなくてもリルティアのことは女神のモノマネ芸人くらいにしか思っていないし、つーかなんならラゼのこともよく知らねーな。
苦笑したニンカは、再び向き直る。
目線の先には、律儀に待っていた男。
「話し合いは終わったか?」
「優しいね。わざわざ待ってくれるなんて」
「そうでもない。俺も出方を伺っていたのでな」
俺の時とは違い、張り詰めた緊迫感に包まれたヴィランが、油断なく剣を構える。
恐らく、ヴィランの言い分は本当だろう。それほどまでに、ニンカを警戒していたのだ。
「……師匠」
「行きなよ。そして教えてあげる」
準備運動のように軽く跳ね、関節を鳴らす。
その姿は、まるで疲労を感じさせない戦士のようで。
「君の師匠は、すごい奴なんだってことをさ!」
たった今、本来起きるはずだったマッチアップが開幕した。
次回は、ニンカVS魔王ヴィランの様子を全カット編集版でお送り致します。
⭐︎どいてろ、ニンカ
師匠呼びしているのに内心で呼び捨てとかややこしいことしてるから、こういう時にボロが出るんやぞ。




